第2話王城での報告


「――というわけで、魔王はもういない」


 国王の私室。

 魔王を倒した後、俺は依頼主のランドルフ王に報告をしていた。


「おお! おお……! さすがは伝説とまで言われた暗殺者」


 ランドルフ王は、年のころは四〇を少し超えたくらいの、堅物でも阿呆でもない気の良い中年男とでも言えばいいだろうか。


「まさか、史上最強、最悪とまで言われた魔王をこうもあっさりと……」


「報告だけでは、あっさりと聞こえるかもしれんが、アルメリアたちがいなければ、魔王城にすら辿り着けなかっただろう」


 一対一の強さならおそらく俺が一番だろうが、一対多数になると、勇者アルメリアや、魔導士リーナが強い。俺の能力は火力が無さ過ぎる。


 神官のセラフィンは意外と頭がキレるし、聖騎士のエルヴィは、壁役としてみんなを守り、その正義感で道を示してきた。


 みんな、それぞれの特性を活かしたいいチームだったと思う。


「まったく、謙虚な男だ」

「事実だ」

「いや、アルメリアや他の者たちから個々に報告を受けておってな。ヘボパーティで上手くいかなかったが、ロランが合流してからというもの、戦闘能力や連携が飛躍的に向上した、と」


「買い被りすぎだ」

「そんなことはない。現に、不可能とまで言われた魔王討伐をやってのけた。しかも単独で。アルメリアだけでなく、エルヴィ聖騎士、リーナ大魔導士、セラフィン神官……彼女たちが口をそろえて同じことを言っている。ロランがいなければ、魔王城にすら辿り着かなかっただろう、と」


「持ちつ持たれつ……お互い様だろう」


「手柄をまったく主張せんな、おまえは。まあよい、宴の準備をさせる。しばらく城内でゆっくりと過ごすがいい」

「遠慮しておく。あくまでも『魔王を倒したのは勇者アルメリアたち』……そうだろ?」


 俺みたいな日陰者には、世間の光りは眩しすぎる。


「たしかに、当初の依頼ではそう言ったが……」


 ランドルフ王からの依頼は、端的に言えば勇者パーティへの助力と魔王暗殺。

 だが、魔王を倒したのは勇者たちにしてほしい、という要望もあった。


「フェリンド王国、第一王女にして勇者のアルメリア・フェリンド。家柄、能力ともに英雄として祭り上げるにはもってこいの人材だ。そうだろ、お父さん?」

「容姿端麗が抜けているぞ、ロラン」


 そうだったな、と俺はランドルフ王の親バカ発言に苦笑する。

 容姿端麗も同感だ。


 フェリンド王国は、今後世界中の国から注目され、他国への政治的発言力を強めていくだろう。

 それが、魔王暗殺とアルメリアたちのお守りを依頼した理由だと思っていたが……単純に娘のことが心配だったのかもしれない。


「だがな、ロラン。真の大英雄を手ぶらで帰したとあっては、フェリンド王室の名折れというもの。何か望みはないのか? 絶世の美女でもあてがってやれる。金がほしいならいくらでも額を言ってくれ。家がほしいのであればすぐに準備させよう」


「望み……」


 俺は小さい頃の記憶がほとんどない。

 ただ、親代わりの師匠に育てられ、あのスキルを磨いて暗殺者となった。


 本当の名前も知らない。

 ロランという名前は、今回の任務限りの名前だ。


 何を望んでいいのか、さっぱりわからない。


「人の殺し方ならすぐにわかるのに、自分の望みとなるとさっぱりわからん」


 これまで、魔物や人を数えきれないほど殺してきた。

 

「あっ」


 声を上げたランドルフ王が俺に待ったをかける。


「絶世の美女と言ったが、アルメリアはいかんぞ。アルメリアは。まだ一六。嫁に行くような年ではない!」


 一六歳の王女なら、どこかの王子と婚約してても珍しくないと思うが、嫁に出す気はさらさらないんだろう。出さずとも、婿に来たがる男は星の数ほどいるだろうし。


 むむむ、と腕を組んでランドルフ王が唸っている。


「だ……だが、ロラン……おまえがアルメリアを嫁に欲しいと言うのであれば……! このランドルフ、血の涙を流して送り出そうと――」


「いや、アルメリアは要らん」

「要らんのかい!」


 はぁーよかったぁー、と心底安心しているランドルフ王。

 なかなか好感が持てる王様だ。


「だが、要らぬと言われるのも、それはそれでなんかモヤっとする……」


 俺のアルメリア不要発言に納得がいかないらしい。


 アルメリアの名前を聞いて思い出した。

 いつだったか、アルメリアが「普通の生活をしてみたい」と言っていた。


 普通って何だろう、と俺たちは考えたが、誰もわからなかった。

 そもそも、誰も「普通の生活」とやらを送った人間がいなかった。


 俺が知っている生活といえば、山奥で師匠と暮らした修行の日々とこの暗殺稼業の日々だ。

 たぶん、これは普通ではないと思う。


「……普通の生活」

「ん? それがどうかしたか?」

「普通の生活というのを、送ってみたい。暗殺者ではなく、普通の、ただの人間として、ありふれた生活を送ってみたい」


 人や魔物を殺さなくても金がもらえて。

 誰かを騙さなくても安穏としていられて。


 誰かに裏切られる心配をしなくてもよくて。

 家に帰れば温かい食事が食べられて。


 夜になればベッドで眠れるような……そんな生活。


「そんなものでよいのか? 美女数人を囲ってイチャイチャする毎日でもよいのだぞ?」

「ランドルフ王と一緒にするな」

「何を言うか。子作りも私の立派な仕事だぞ」


 冗談ぽくランドルフ王は憤慨してみせた。


「まあよい。『普通』というのも、中々どうして得難いものであることは、私も理解しているつもりだ。その『普通の生活』というものを送る上で、必要なものがあれば準備させよう」


 そもそもの報酬は、望みをすべて叶える、だった。

 当面の生活費が必要だろう、と俺は一〇〇万リンほどの資金を受け取った。


 足りるのか? とランドルフ王は不安そうだった。


「十分だ。助かる。ありがとう」

「何を言うか。こちらこそありがとう」


 俺とランドルフ王はがっしりと握手を交わした。


 かりかり。かりかりかり。

 外で扉をひっかくような音がすると、すこし開いた隙間から黒猫が入ってきた。


「猫……? 野良猫が迷い込んだのか……? いや、首輪をしてるな」


 みゃお、と黒猫はひと鳴きした。

 俺の足下に近づいてきた黒猫の頭を撫でて、喉をくすぐった。


「ロラン、もしまた何かがあれば……」


 俺は首を振って言葉を遮る。


「よせ。俺に依頼する『何か』がないような世の中にするのは、あんたの役目だ」


 ランドルフ王は苦笑した。


「そうだな。では、もう二度と会わないことを祈ろう。とくに、敵として」

「大丈夫だ。『普通の生活』を送るんだから、王様になんて二度と会わない」


 そう言って、俺は王の私室をあとにする。

 黒猫もあとについてくる。


 みゃお、みゃお、と鳴いて、後ろ足で首輪をかきはじめた。


「わかった、わかった」


 魔法具の一種である首輪。

 かなりレアアイテムだったが、持っていてよかった。


 俺が首輪を触って魔力を流すと、黒猫が淡く光り、人の形へと姿を変えた。


「猫の姿というのは、窮屈で仕方ない」


 肩にかかった赤い髪を手でさらりと払った。

 彼女の名前は、ライリーラ・ディアキテプ。


 本名は長いから、ライラと呼べと言われた。


「まあ、それもすぐに慣れるさ」

「妾を……魔王を倒した英雄が、何を望むのかと聞き耳を立てていれば『普通の生活』などと……おかしな男だ」


 くすくす、とライラは笑った。


「そのおかしな男に、一〇分も持たず倒されたつまらん魔王が何を言う」


 首輪は姿を変えられる他に、魔力量が多ければ多いほど力を減少させる反比例の効果があった。

 対魔王専用に、と持っていたアイテムで、ライラにとっては、最悪のアイテムといえるだろう。


 売れば、城が建てられるほどの額になったはずだ。


 あのとき、魔王は死んだ。

 ライラが作った偽の死体をあの謁見の間に残し、俺は魔王城を去った。


『妾の魔法技術の粋を集めて作った傑作だ。魔王軍幹部が生き残っていたとしても、見破れないだろうな!』


 と、ライラは自信満々だった。

 人間側に関しては、魔王を間近で見たことがあるのは俺だけだ。


 そして、永遠に外れることのない首輪をはめた。


 あのとき、魔王という存在は死んだのだ。


「そなたは存外、優しい男であるな」

「おまえを生かしたのは、首輪の使いどころがなかっただけだ。売ったとしても、悪用される可能性があるし、売って得た金も要らない」


 これからは猫として生きるといい。そう言って放り出したのに、ライラは勝手についてきた。


「魔王という首輪を外してくれた貴様殿には、これでも感謝している」


 歌うように言うと、ライラが手を絡めてきた。

 なぜか気に入られてしまった。


「まったく、暗殺者のくせに詰めが甘い。くふふふ」

「ああ、そうだな。だから暗殺稼業は今日から休むんだ」

「それで、これからどこへゆくのだ?」


 わくわく顔のライラが、俺の腕に抱きついて訊いてくる。

 歩きづらいので振り払おうとしたら、がっしりと掴んでいて離れなかった。


 魔法の力がなくなったとはいえ、一般的な女の筋力はあるらしい。


「決まってる。都会でも田舎でもない、『普通の町』に行く」

「また『普通』……妾は、全然トキめかんのだが……」

「おまえをトキめかせるためにやってるんじゃないんだよ」


 不満そうに口を尖らせるライラと俺は、王都の人ごみに紛れた。

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