外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者

ケンノジ

第1話最後の任務

「ロランを活かす最高の作戦ね!」


 勇者アルメリアは、そう言って疲れた顔に笑みを咲かせた。

 俺たち勇者パーティは、魔王城内を進み、空き倉庫で作戦会議をしていた。


 魔王がいるとされる謁見の間まで、あとすこしというところだった。


 作戦の簡単な概要は、勇者と魔導士、神官、聖騎士――今まで一緒に旅をしてきたみんなが、魔王を引きつける。俺は、『影が薄い』スキルの特性を活かし魔王を仕留める。


 たったそれだけの作戦だった。


「アルメリア、そういうのはおまえの役目だろう」


 勇者のくせに、なんでサポート役に回ろうとしてるんだ。


「いいのよ。これが成功率が一番高そうな作戦なんだし」


 他のみんなも異口同音にその作戦に賛成していた。

 俺が引きつけ役としてはうってつけなんだが……。


「ひいき目なしに、ロランが一番だから」


 個々の戦力でいえば、たしかにそうだろう。その理屈はわかるが……。


 ここに来るまでに、体力も魔力もみんな消耗している。

 疲労が滲んでいるせいもあるのか、悲壮感すらこの場に漂っていた。

 このままでは、誰か死ぬ。


 これでも今まで旅をしてきた仲間だ。

 誰一人として欠けることなく、この旅を終わらせたい。


 いつもは騒がしい休憩時間のはずが、みんな口数がすくない。

 思うところがあるのか、それとも覚悟を決めているのかもしれない。


 席を外させてもらおう。


「ロラン、どこ行くの?」


「ちょっとな」

「ちょっとって……何?」

「トイレだ。ついてくるか?」

「も、もぉ! 早く済ませてきなさいよ! こんなときに緊張感ないんだからっ」


 年頃女子の集団でもある勇者パーティ。


 アルメリアは何を想像したのか、顔を赤くしてしっしと手で俺を追い払う。


「すぐ戻る」


 気配を探り、問題ないことを確認して俺は倉庫をあとにした。

 戻る気なんてないし、もうきっと二度と会うこともないだろう。


 誰も欠けることなく、旅を終わらせる。


 それが、俺の任務だ。

 あのまま魔王と相対すれば、誰かきっと死ぬ。


「……さて、仕事の時間だ」


 魔王城の最上階は、気味が悪いほど静かだった。


 長い長い廊下の先に、豪奢で趣味の悪い大きな扉がある。

 ……あそこか。


 俺はそこにはむかわず、廊下の窓から外に出る。


 二階下ほどにあるテラスへ飛び、静かに着地。


 魔王がいる謁見の間は、建物の構造上、正面からしか入れない。


 仲間たちはそう思っていた。


 だが、手に入れた内部図面を確認すると、俺なら通れるルートがひとつあった。


 尖塔めがけてロープをかけ、音もなく影から影へ移動する。


 正々堂々正面からなんて、勇者のやること。


 俺は、正々堂々不意を討たせてもらうことにする。


 ロープを握ったまま尖塔を壁伝いに走り、勢いをつけて飛ぶ。


 魔王がいる謁見の間――その絶対不可能な侵入ルートの窓に到達した。


 息をすっと吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。


 人差し指に魔力を込めて、窓ガラスを突く。


 強固な魔法結界を一点だけ破り、同時に窓ガラスに穴を開けた。

 面で展開される防御系の結界には、点での攻撃が有効だ。


 かかっていた鍵を解錠し、そっと中に飛び降りた。


 王の椅子の真後ろ。


「面白い客が来た」


 さすが魔王といったところか。俺の来訪は一瞬にして見抜かれた。


 禍々しい魔力を放ちながら席を立つ。俺は魔王と正対した。


 仰々しいマントを羽織り、切れ長の瞳でこっちを見ている。

 燃えるように赤く長い髪に、血のように赤い瞳。


 美しい魔族の女だった。


 言葉はいちいち交わさない。

 俺が動くと同時に、魔王は黒い雷のような魔法を放つ。


 初見の魔法だが、回避に苦労はしなかった。

 見当違いの場所へ撃っているからだ。


 魔王が異変にきづいた。


「ん?」


 だが、威力はさすが。

 魔法結界をあっさり破り、轟音とともに壁を吹っ飛ばしている。


 俺が直撃したら、塵も残らなかっただろう。


 二発目もまったく違う場所へ放った魔王。

 これも見当違いの方角への攻撃だった。


「――またか……!」


 さっきからずっと『影が薄い』スキルのオンとオフを交互に使っている。


 照明のスイッチのように俺はオンとオフを使いこなせた。


 目の前にいたはずなのに消える。かと思えば、やっぱり目の前にいる――。


 これを素早く交互に繰り返すと、混乱してくる。


 視界に捉えようと躍起になればなるほど、ドツボにはまる。

 俺は、一歩も動いてないのに。


 完全に混乱しはじめると、生物はみんなこんなもんだ。


「小賢しい……!」


 魔王が苛立ちはじめた。

 魔力、魔法技術、魔法センス、それらの戦闘力はたしかに群を抜いて強い。

 だが――。


「……魔王、最後に戦ったのはいつだ」


 王はそう易々と戦わない。

 前線に姿を現したという話も聞いたことがない。


 常に敵と戦い感覚を研ぎ澄ませていた俺を相手に、そのブランクは致命的。


 とはいえ、俺のスキルは、英雄にはなれない外れスキル『影が薄い』。


 だが言い換えれば、外れスキルというのは、誰も使わないスキルということ。

 だから外れスキルというのは、誰も対処法がわからないスキルということでもある。


 馬鹿となんとかは使いよう――。


 創意工夫。

 たったそれだけで、外れスキルは、誰も真似できない最強スキルになる。


「俺のスキルはさすがに初見だったか?」


 声に反応した魔王が、振り向きざまに魔力で固めた闇色の長剣で攻撃する。


 スキルをオンにした俺はそこにはもういない。


「チッ、どこに――」

「……目の前だ」


 正面をむいた瞬間、魔王の眉間に短剣を突きつけた。

 子供でも小遣いを貯めれば買える短剣。お値段一七〇〇リン。


 特別な武器なんか要らなかった。

 武器はあくまでも道具に過ぎない。


 自分自身が最大最高の武器である――。

 暗殺者として、それが理想なのだと教え込まれた。


「く……妾の負けを認めよう……。魔王軍を縮小、そののち解散。人間に害をなさぬよう、残党にはキツく言いつける」


 魔王は膝をついた。


「そういう話ではない」


 こいつが本気で魔王軍を解体し、人間に危害を加えないようにしても、魔王という旗印が生きている限り、戦乱の火種を常に抱えているようなもの。


 勇者パーティのお守りと魔王暗殺――それが俺の任務だ。


 放棄することはできない。


「言い残すことがあるのなら聞こう」


 俺が言うと、うなだれていた魔王は、顔を上げた。


 安心したような表情だった。

 背負った重荷がようやく下ろせる、とでも言いたげだ。


 だから、覚悟はしていたのだろう。

 俺は魔王を殺した。


 これで任務完了。


 俺は正面の扉から出ていき、魔王城を一人あとにした。

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