第3話面接
「『普通の生活』というのは、どういう生活のことを指すんだろう」
普通の町……賑やかな都市でもなく、のどかな田舎町でもない、このラハティの町へ来てから二週間ほど経つ。
家のない俺とライラは、安宿を選び宿泊していた。
朝でも昼でもない、中途半端な午前中。
「貴様殿、妾にニンゲンの『普通』を訊いて答えが得られるとでも?」
裸のライラが、ベッドの中で俺に抱きつきながら言う。
「こうして、飯を食ってはセックスを繰り返す毎日……それはそれで悪くないが……『普通の生活』ではないというのは、魔王の妾でもわかる」
そのとき、コンコン、と部屋の扉がノックされた。
俺はすぐライラの首輪を触り、姿を黒猫に変える。
「あのー? アルガンさん? いらっしゃいますか?」
アルガン……一瞬誰かと思ったが、仮のファミリーネームだとすぐに思い出した。
あれこれ名前を変えたせいもあり、適当に設定したファミリーネームはいまいち反応しにくい。
「今晩の宿代をいただきに参りました」
「ああ、はい。すぐに――」
手早く服を着て扉を開ける。
宿屋の娘がそこにいた。
俺は彼女に、今後一週間分の代金をまとめて支払った。
「アルガンさんって、お仕事は何をされている方なんですか?」
『普通』の男がやることのひとつに、仕事があった。暗殺以外の俺にできる仕事――。
金を得る術と言ってもいい。
このまま金を使っていれば、じきに底を突く。
ランドルフ王に言えば、資金を出してくれるのだろうが、それは『普通』ではない。
「実は今、仕事を探していて……」
「そうなんですね! だったら、冒険者なんてどうですか? 試験もそれほど難しくないって聞きますし、上手くいけば一攫千金」
「冒険者はちょっと……僕、あんまり体が強くないもんで……」
冒険者が『普通の生活』ではないことくらい、俺でもわかる。
むしろ対極にある仕事と言えるだろう。
娘は、俺の体をあれこれ見て、うんうん、と納得した。
「たしかにアルガンさん、体が細くて華奢ですもんねえ。力仕事も難しいかなぁ……」
暗殺者は、身のこなし、柔軟性、瞬発力が重要だ。
だから余計な筋肉は削ぎ落していた。
「あ! だったら、冒険者ギルドの職員さんなんてどうですか? この前ギルドの近くを通ったときに、求人の貼り紙を見たんです。力仕事もすくなそうですし」
「それだ……!」
それなら、今まで俺がアルメリアたちと旅をしてきた経験も活かせる。
戦闘の知識だってある。素人にアドバイスするのは容易い。
善は急げだ。
俺は娘にお礼を言って、さっそく出かける準備をし、冒険者ギルドを目指す。
この町に来たときから、どこに何があるのかは把握していたので、迷うことはなかった。
「冒険者ギルドへようこそ。今日はクエストですか? それとも、冒険者登録ですか?」
「いえ。今日は、求人の貼り紙を見て来たんですが」
「あ、求人でしたか。支部長ぉー? 求人ですー」
受付嬢はくるんと後ろを振り返り、支部長と呼ばれる者を呼んだ。
奥の部屋から髪の長い女が顔を出すと、俺と目が合う。
「こっちで面接をするから、来て」
受付嬢が「普通の面接だけど頑張ってください」と笑顔で応援してくれた。
『普通の面接』か……なるほど。
『普通』を目指す俺にはぴったりというわけだ。
これはすこし気合いを入れてかからねば。
俺は来るようにと言われた部屋までやってきて、扉をノックをする。
「どうぞ」
言われた通り、中へ入ってすすめられたソファに腰かける。
先ほど支部長と呼ばれた彼女は、アイリス・ネーガンだと自己紹介してくれた。
キリリとした目元が印象的な女だった。
見た感じ、二〇代後半、身長は一六五センチ前後くらいのスリムな美人だ。
俺も自己紹介をする。
「ロラン・アルガン、二五歳です。よろしくお願いします」
年は適当だ。
勇者パーティのメンバー曰く、俺は一〇代にも見えるし、三〇代にも見えるらしい。
それに、俺自身本当の年齢を知らないので、その場その場で適当に設定していた。
だが、だいたい二五歳くらいなのでそう言っている。
アイリス支部長からいくつか質問され、俺はそれにただ答えていた。
冒険者経験は? ――答えはもちろんノー。
スキルは? ――本当のことを初対面の人間には話せないので、適当にごまかした。
冒険者ギルド問わず、その他ギルドでの業務経験は? ――これもノー。
はぁ、とアイリス支部長は呆れたようにため息をついた。
「いい? 人を募集しているといっても、誰でもいいってわけじゃないの。あなたみたいな人が多くて困るのよ、ギルドの仕事をナメてるような人が多くてね」
「そんなつもりはないんですが」
魔王を倒したと言っても信じてもらえそうにない。
それに、俺は誰にも注目されず『普通の生活』というものを送ってみたいだけだ。
だから、ここで過去の実績を語るのは憚られた。
しかし、困った。
俺がこれまでに経験して得た冒険や魔物の知識があると言っても、魔王退治同様、信じてくれないだろう。
「まあいいわ。当ギルドとしては、あなたがどこの誰でも構わない。大切なのは、一芸に秀でていること、それのみよ。それ次第では、採用してあげても構いません」
それならまったく問題ないな。
その一芸とやらは、さっきの質問以上に重要だとアイリス支部長は言う。
「あの、念のために聞きますが、一芸というのは?」
「元冒険者で剣の扱いが得意とか。魔法に詳しかったり、アイテムにすごく詳しかったり、動植物や魔物の知識が豊富だったり――」
小石を親指で弾くと、カン、という甲高い音を立てて窓ガラスにぶつかった。
アイリス支部長が俺から視線をそらし、音のしたほうへ目をむけた。
「……? ――ともかく、クエストを受ける相手は冒険者で、彼らとは受付窓口で対応するの。ときには荒事に対応することだってある。優しそうな顔をしてるけど、そういうのは大丈夫なのかしら」
「冒険者というのが、どういう人たちなのか詳しく知らないんですが……一芸に秀でているという点は大丈夫だと思いますよ」
ふん、と鼻で笑われた。
「ずいぶんな自信じゃない。どうせ、体が柔らかいとか、早着替えができるとか、そういうちょっと頑張れば誰でもできるようなものでしょう?」
「これ、何だかわかりますか?」
俺は布切れを見せた。
黒色で全体的には三角形の、人肌程度には温かい布切れだ。
「? 女性の下着……? あ! ――わ、私の!? あ、あなた! 私の家から、し、下着を盗――」
ヒートアップする彼女を俺は手で制した。
「盗んだのはたしかにそうですが、僕はあなたの住所は知りません。……まだわかりませんか?」
下をむいたアイリス支部長は何かを確認する。
赤かった顔をさらに紅潮させた。
「~~~~っ! い、いつの間に……!? 私、脱がされて……!? わかったわ、魔法ね! それか特殊スキルの類いね!」
「物音がした一瞬、僕から目を離しましたよね? そのときです」
彼我の距離は、三メートルもない至近距離。
物音のほうへ顔をやり、俺から完全に目を離した。
一瞬でも時間があれば、十分仕事ができる。
スキル『影が薄い』を駆使し、完全に俺の存在を認識外とすれば、下着を脱がそうが何をしようが自由だった。もちろん、触り方にもよるが。
スキルを使って下着を脱がせたのははじめてだ。
プロとしての自覚と自負が俺にもあったが、その俺にスキルを使わせるとは……。
手強い。
これが『普通』の面接か――。
「嘘、そんな……たった一瞬で? ありえないわ……。私、脱がされていることすら気づかなかった」
当然だろう。
俺が殺した敵は、死んだことすら気づかないことが多い。
「アイリスさん……ずいぶんと僕の一芸を見下してくれましたよね」
羞恥か怒りか、それともその両方か、アイリス支部長はぷるぷる、と震えながら顔を赤くした。
「……、――えっ、やだ、今度は穿かされてる……!?」
俺から目をそらし、机をずっと見てぷるぷるしているからそうなるのだ。
羞恥や怒りが意識の大半を占めている。
パンツのことは二の次、三の次。
そんな状態の彼女に、気づかれずパンツを穿かせるなど容易い。
「……ということは、私、大事なところを見られてる――――しかも二回も……!?」
唇をぎゅっと噛み締めるアイリス支部長は、しゆううううう、と顔を赤くして湯気を出した。
「……い、いいわよ、認める、認めるわ、あなたの能力……」
「え? あの、声が小さくて聞こえないんですけど」
「認めるわよっ! あなたのことを! 採用してあげてもいい!」
「……『してあげてもいい』?」
「~~~~採用したいっ、ウチにきて! ウチじゃなきゃダメよっ! よそでお仕事なんてしたら許さないんだからっ」
「ありがとうございます。では、明日来ます。ギルド職員として」
これが『普通の面接』か……。
俺でもやればできるものだ。
『普通』への自信を一層深めた俺は、部屋をあとにした。
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