第17話 アレスとクリフ




 漁港から3キロばかり離れた海上に、カルロが率いる海賊団の船はあった。

 カルロは死霊術師の襲撃から身を守る為、あれからずっと海の上で待機せざるをえなかった。


 海賊船の甲板には、1時間交代で見張り役をする海賊たちの姿があり、いつまで続くか分からない海上生活の不満を口にしていた。



「…ったく、今日で2日も経つぜ。せっかく港が近えのによ。まともな飯が食いてえぜ」

「まったくだな。海の上じゃ保存食しか食えねえからな」



 2人の海賊が愚痴をこぼしながらも海上を見張っていると、小さな一艘の船が海賊船に近付いているのに気が付いた。



「…ん、何だあの小舟は? こっちに向かって来やがるぜ」

「女のガキが、1人だけ乗っているみたいだが?」



 海賊船に向かっていく小舟には、1人の女の子──の変装をした少年が乗っていた。少年は何やらブツブツと独り言を言っている。



「やっぱりアレスの言った通り、海賊船に近づけたね。…女の子のふりは恥ずかしかったけど」

「へへ。上手くいったなクリフ。…よし、そろそろ肉体の具現化を頼むぜ、我が主よ」



 小舟を漕いでいた少年──クリフは黙って頷くと、右手の掌を天に向けて呪術の詠唱を始めた。


 すると次第に、クリフの周辺には禍々しく重い空気が漂っていく。



「──不死の王よ、古の盟約により我がしもべの霊魂に、一時の肉体を授けたまえ……」



 すると小舟の上には、慈愛母神マレイヤの紋章がある聖騎士の鎧を纏った、アレスの姿が現れた。

 クリフの呪術の完成により、霊魂だったアレスに肉体が宿った瞬間であった。



 束の間の肉体を手に入れたアレスは、クリフの用意した長弓ロングボウを手にすると、それを見張りの海賊目掛けて打ち放った。


 一射目は狙い違わず海賊の男の胸の中央を捉えた。それを見たもう1人の海賊は大慌てで背を向けて逃げるが、アレスの2射目も海賊の男の背中を深々と貫く。



「…よし。じゃあ、カルロのクソ野郎を今度こそ始末して来るぜ」

「うん、任せたよアレス。…でも、全部君にやらせてしまって、本当に申し訳ない」


「何言ってんだクリフ、これは俺がお前に頼み込んだ事じゃないか。お前には本当に感謝してるぜ」

「アレス、本当にごめん。…やはりこの力は使ってはならない禁呪だよ。死者への冒涜だ」



 クリフは禁呪である死霊術を使って、アレスを操る自分を責め続けていた。



「…クリフ、何度も言わせるな。お前やオルソンさんの能力が、大勢の人の命を救うんだ。もっと胸を張れ!」

「……うん、分かったよアレス。……3年前に僕達の故郷を襲った海賊たちを殺して来てくれ」


「了解した。…いいかクリフ、これは俺達の復讐でもあるが、大勢の人の命を助ける事にもなるんだぞ!」



 クリフは黙って頷くと、小舟を漕いで海賊船に近づけた。そしてアレスは大剣を背中に装備すると、抜群の運動神経で海賊船をよじ登って行くのだった。


 それに対し、異変に気が付いた海賊達は、海賊船をよじ登ってくるアレスを見付けて矢の雨を降らした。そしてその内の3本の矢はアレスの体を突き刺した。

 しかし、アレスはそれを全く気に留めず、スピードを緩める事なく海賊船の甲板に辿り着いてしまうのだった。



「…て、てめえ、矢が何本も刺さっているのに、どうなっていやがる!?」

「ま、まさかこいつは……アンデッド!? 痛みを感じねえのか!?」



 アレスはニヤリと笑みを浮かべる。それを見た海賊達は恐怖するが、幹部の海賊の怒号が飛び全員でアレスに突っ込んで来た。


 アレスは背中の大剣をゆっくり引き抜くと、それを軽々と横に払った。すると海賊達は胸から真っ赤な血を噴き出して、次々とうつ伏せに倒れていく。


 後方に控えていた海賊達は驚愕の表情を浮かべ、アレスに近づく事が出来ずにいる。そこに一瞬で踏み込んだアレスは、凄まじい速さで海賊達の首筋や心臓を、大剣で切り付け突き刺していったのだった。



「…今まで、お前らに苦しめられて来た人の仇だ。地獄で懺悔しやがれ」

 


 アレスは大剣を払って返り血を飛ばすと、船室の中にいるであろうカルロを仕留めるために、そのまま歩を進めたのだった。



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