第9話 大商人ノブレス



───大聖堂の祭壇に置かれた3人目の首。


 それは財界では知らぬ者などいないほどに、その名を轟かせている男だった。


 名はノブレス。一代でこの国随一の大商人になった人物で、海に面したこの国の交易を全て取り仕切るほどの力を持っていた。


 また、慈愛母神マレイヤ敬虔けいけんな信徒としても知られ、大神殿の建設費用に多額の献金をしている事から、その人格を称える司祭や一般市民も多く存在した。



 「…な、何という事だ! 昼間に会ったばかりのノブレス氏が…」



 聖騎士団長ウォルグは聖騎士達に一通りの指示を出し終えると、祭壇の上に置かれた首を見て立ち尽くしてしまった。


 遅れてやって来たリアムス司教も、親交のあったノブレスの変わり果てた姿を見て、苦悶の表情を浮かべる。


 しばらくして、リアムスはウォルグに尋ねた。



「…ゴードン司祭は軟禁されたままか?」

「はい。先程確認を取りましたが、部屋から一歩も出ていないそうです」

「そうか。…ではもう解放しても構わん」

「了解致しました」



 ウォルグは近くの衛兵を呼び寄せると、ゴードン司祭を解放するよう指示を出した。





────時は9時間前に遡る。


 経済界の重鎮ノブレスの屋敷では、武装した私設兵団がその敷地内を固めていた。


 普段もノブレスの身を守る為に、10名前後の私設兵団はいるのだが、この時の兵士の人数は30名以上であり、明らかに普段とは状況が違っていたのだった。



 そんなノブレスの屋敷近くに、20騎の聖騎士団を引き連れた司教リアムスが馬車で近づいていた。リアムスは傍らに、聖騎士団長ウォルグと6聖剣の1人アダムスを置いている。


 司教を乗せた馬車が、ノブレスの屋敷の正門前にたどり着くと、すぐにノブレスの施設兵団がそれを取り囲んだ。



「──我々はノブレス氏と、話し合いに来ただけだ! この門を開けてくれ!」



 ウォルグはそう叫んだが、ノブレスの私設兵団はそれに返答せず、膠着状態が続いた。血の気の多い6聖剣アダムスは馬車から飛び出そうとするが、リアムスが顔を横に降ってそれを制した。


 リアムス達がしばらく辛抱強く待っていると、屋敷の中から使いの男が出て来て、私設兵団の代表格の男に耳打ちする。

 そして私設兵団の男は馬車の近くで叫んだ。



「ノブレス様は、3対3の話し合いなら応じると言っている! それで宜しいか!?」



 馬車内のウォルグとアダムスは、リアムス司教の顔を見た。リアムスがそれに黙って頷くのを見たアダムスが、馬車を降りて私設兵団に返答する。



「了承した! 馬車内にいる3名で話し合いに向かう!」



 リアムス司教はノブレス邸の正門前に聖騎士20名を残し、6聖剣の2人を連れて屋敷の中へと入っていった。



 3対3とはいえ、ノブレスはおそらく応接室の外には幾人もの私設兵を待機させている。


 一見リアムス側が不利といえる交渉であったが、リアムスが連れている2人は6聖剣であり、ウォルグは一騎当千と言われるほどの猛将である。

 リアムスはそこに揺るぎない自信を持っていた。


 しかしそれ以前に「両者が武力衝突する可能性は低い」という予測も、リアムスはしていたのだった。



 やがて両者の話し合いは始まった。




────




「──ノブレスさん、ご存知だとは思いますが、今朝方6聖剣の内の2人が殺されました」

「司教、存じております。何でも祭壇に首が置かれていたそうで…」

「ええ。…それで、まさかとは思いますが」

「私は無関係ですよ司教。そんな事をして私に何のメリットがありましょう?」



 ノブレスが返答すると、気の短いアダムスがテーブルに置かれたティーカップを手に取り、それを部屋の壁に思い切り投げつけた。



「とぼけるんじゃねぇ! 俺の同胞達を殺したのは、お前なんだろうが!?」



 立ち上がったアダムスが吠えると、ノブレスの両脇にいた私設兵が腰にある剣を抜こうとする。



「───やめるんだ。このお2人は6聖剣。お前達のかなう相手ではない」

「…ほう、よく分かってるじゃねえか」



 熱くなるアダムスを、今度はリアムス司教がなだめる。



「アダムス、落ち着きなさい。私達はあくまで話し合いに来たのですからな。お互い熱くなってしまったら、それこそ死霊術師の術中に嵌るようなものです」



 熱を帯びていたアダムスは、リアムスに軽く頭を下げると、再びソファーに腰を落とした。



「司教、私が普段よりも多く私設兵を置いているのは、死霊術師から身を守る為です。そして、こうやって話し合いに応じる事が、私の身の潔白に繋がらないでしょうか?」


「…ええ、もちろん分かっておりますとも。あなたの様な大富豪が、今になって6聖剣を殺す動機もありませんからな」

「分かって頂けて安心しました。これからも神殿への献金は、滞り無く継続させて頂きますゆえ…」

「献金感謝しております。慈愛母神の大きな加護が、あなたにあらん事を」


 

 その後も話し合いは小一時間ほど続いたが、一段落した所でリアムス司教はノブレスの屋敷を出て、20人の聖騎士団を引き連れ大神殿に帰っていった。



───その話し合いから6時間経った後、ノブレス邸ではアンデッドの大群が押し寄せたのだった。

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