第7話 潜入




 ルリアとアレスは宿舎の1室、クリフの私室に来ていた。


 私室と言ってもクリフは見習いの立場の為、ベッドと机以外は物が置けないくらいに狭い部屋だ。

 おまけに日当たりの悪い立地のせいか、少しばかり湿気を感じるような所だった。



「…それにしても狭いわね。クリフあんた、こんな牢屋みたいな部屋でよく2年以上も暮らしてるわね」

「ルリア、声が大きいよ。もし女の子が部屋にいるなんて知られたら…」



 ゴードン司祭の私室を兼ねた研究室も宿舎にある為、3人はクリフの私室で警備が薄くなる深夜まで声を潜め、静かにその時を待っていた。



 そして時計の2つの針は頂点を指した。



「…そろそろ頃合いね」

「おいルリア、マジでやるのかよ?」

「アレス、怖気づいたのなら、この部屋で待っていていいのよ」



 ルリアはアレスに言い放つと、クリフを案内役にさせてゴードンの私室兼研究室へと、静かに歩き出した。

 

 大神殿の周囲は深夜になっても警備が厳重だが、宿舎内は衛兵が数人いる程度だった為、その数人の衛兵の隙を付き3人はゴードンの私室へと辿り着いた。


 しかし当然の如くゴードンの私室には鍵がかかっている。それを知ったルリアは軽く舌打ちをしたが、すぐに懐から細い針金を出すとそれを鍵穴に突っ込んだ。



「…ルリアお前、一体どこでそんな事覚えたんだ?」

「養成施設に入る前はよく夜遅くまで遊んでいたからね。よく父さんに家の鍵を掛けられたのよ」

「あぁ、それでそうやって家の中に入っていたのか」

「そうそう。だから慣れたもんよ。こんなもん」



 そうこうしている内に、ルリアはその手に確かな手応えを感じ、すぐにゴードンの私室のドアを開けてしまった。


「さ、入るわよ」


 心臓の鼓動がどんどん速まるクリフと、どこか落ち着いている様子のルリア。

 アレスはルリアに「アレスが適任でしょ」と言われ、見張り役を押し付けられた。



「…ルリア、やっぱり止めようよ。ゴードン司祭は無関係だよ」 

「何言ってんのよクリフ。こういう時の私は止められないって知ってるでしょ?」

「そ、そうだけど…」



 ルリアはそのまま部屋に侵入し、目に入った大きな本棚の方へと歩いて行く。そしてそこに押し込まれている膨大な書物を調べ出すと、目に留まった1冊の本を手に取った。


「……ちょっとこれ見てよクリフ」

「こ、これは…」

「やっぱり私の推理が当たったようね」



 2人が目にした書物は、アンデッドやそれを操る死霊術師に関する事柄がびっしりと記載された物だった。

 注意深く本棚を見てみると、その本以外にも少なく見積もって10冊以上はある。


 ルリアはそれらの書物を食い入るように見ていたが、やがてそれらの書物を思い切り床に叩き付けた。



「ルリア、音を立てたら駄目だよ!」

「…分かってる。でもあいつが本当に死霊術師に関係しているのなら、私が絶対許さないわ!」

「ルリア落ち着いて。…司祭が敵対する死霊術師について研究していても、おかしくはないだろ?」

「そ、そうだけど…」




 3年前、アレス、クリフ、ルリアの3人が生まれ育った故郷は、アンデッドによる大きな被害を受けた。犠牲者数100名を超える大惨事であった。


 当時アレスとルリアの家族は全員無事であったが、クリフは当時聖騎士団長を務めていた父親オルソンを亡くした。また子供達や若者の犠牲も多く、クリフとルリアは仲の良かった共通の幼馴染も失っている。

 

 クリフはそっとルリアの肩に手を置いた。



「…もう大丈夫よクリフ。落ち着いたわ」

「ルリア、もうそろそろ行こう。誰かに見付かったら大変だよ」



 クリフの声掛けにルリアは沈黙し本棚から離れると、今度はゴードンの机の引き出しを開けて中を物色しだした。

 すると古びた布に包まれていた、1枚の肖像画を見付ける。



「……ちょっとこれ、どういう事?」

「あ、父さんが描かれている!」

「あの怪しいゴードンと、オルソンさんが一緒の肖像画に描かれているなんて、どういう組み合わせよ?」

「うーん、きっと2人は仲が良かったんじゃないかな?」

「そんなのあり得ないでしょ。この国の英雄だったオルソンさんに、あの男が無理やり頼んだのよ。どうせその肖像画を、周りに自慢してたんでしょうね」



──とその時、アレスが慌てて部屋に入って来た。



「2人とも、誰かこっちへ来るぞ! 鍵をかけて静かにするんだ!」



 落ち着き出したクリフの心臓は、再びその鼓動を加速させるのであった。


 

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