第47話 ~美し過ぎて~
「……ギル様が?」
「そう。この間実習室に来て、当日ユリナを綺麗にして欲しいって頼まれたの」
ドレスを見つめたまま固まるユリナに、モニカは声を張り上げる。
「あんたが着ないなら私が着ちゃうからね!」
「モニカ」
「なーんて、これユリナにピッタリだから私は入らないわ。ドレスを仕立てたいけどサイズが分からないからって、シェリナ様にこっそり訊いたらしいわよ」
「仕立てた? ギル様が……私の為に?」
「そうらしいわね。アイツ、こんな粋な芸当も出来るんだって、意外と感心したわよ」
ユリナの瞳にみるみる涙が溜まっていく。
「さあ、どうする? 着るの着ないの?」
モニカは膝を曲げると、ユリナに目線を合わせて優しく言った。
「とりあえずさ……愛とか結婚とか何も考えずに、アイツに自分の気持ちを全部ぶつけてみたら? 今まで色々遠慮してたんだし、この際スッキリしちゃいなよ。それでその後に何が残るか、どうしたいか考えたら?」
「モニカ……」
「このドレスは、今までユリナがアイツを想い続けた努力賞だと思って、遠慮なく受け取りな。……さっ、じゃあ始めるよ」
モニカはユリナの涙を手早く拭き鼻をかませると、洋服を剥ぎ、コルセットを締め上からドレスをすっぽりと被せた。
そしてパタパタと頬にパフとチークブラシを叩き整えていく。
「髪も大分伸びたから、何とかアップスタイルに出来るわね。このドレスはデコルテラインを出した方が絶対に綺麗よ」
モニカは喋りながらも器用にサイドを編み、上品なアップスタイルに仕上げた。
黒曜石の髪留めとネックレスを付けると、モニカは感嘆のため息を吐く。
「本当に綺麗……まるで髪そのものが宝石みたい。黒曜石は銀髪の引き立て役ね。アイツ、なかなかセンスがいいわ」
最後に二色の口紅をユリナの唇に当て、うーんと悩む。
「いつもならピンクだけど、今日はこっち」
そう言って選んだ薔薇色の口紅を、筆で丁寧に塗っていった。
────鏡に映った自分はまるで別人で。
何か新しい扉が開けられる気がした。
「いかがでしょうか? 皇女様」
鏡の中のモニカと目が合い、はっとする。
「モニカ……この間はごめんなさい。八つ当たりして酷いことを言ってしまったわ」
「私こそ、ユリナの気持ちをよく考えずに、軽はずみなことを言ってしまったわ。ごめんなさい」
互いにペコリと頭を下げた後、モニカが口を尖らせる。
「……でも私、叩いたのは悪いと思ってないわ。だって生まれなきゃ良かったなんてあんまりだもの。まるで私の人生まで否定されたみたいで哀しかったわ」
「モニカの人生を?」
「そうよ! 生まれた時から私達ずっと一緒に居て、楽しいことも悲しいことも分け合ってきたでしょ? もしユリナが生まれていなかったら、私の人生から半分大切なものが消えてしまうもの」
その言葉に、ユリナの目がじわじわと熱くなる。
モニカは……彼女は……自分以上に自分を愛してくれている。
「モニカ……ごめんなさい……ごめんなさい」
「わーっ、お願い! いい子だから泣かないで! 折角メイクしたんだから」
「うん……モニカ大好き……」
涙が零れぬよう上を向き、ずっと鼻水を啜る。
モニカは、はいはいと笑うと、メイクに気を遣いながら優しく拭いてやった。
「さ、隣であんたの皇子様がお待ちかねよ」
一旦廊下に出て、隣の教室をノックすると、待ち構えていたギルバートが飛び出した。
「お待たせしました」
ふふんと得意気に笑うモニカの後ろ……
そこには自分の贈ったドレスを身に纏う、見慣れぬ女性が立っていた。
暫く凝視し、それがユリナであると漸く確信すると、ギルバートは口を手で覆う。
「ねえちょっと、なんか言ったらどうなのよ」
モニカはユリナをずいっとギルバートの前に押し出す。すると彼は手の中で、籠った声を何とか絞り出した。
「あの……何と言うか……想定外で……吐きそうです」
吐きそう?
モニカはカッと目を吊り上げる。
「あんた! 何てこと言うの!」
「……心臓を、吐きそうです。美し過ぎて」
ギルバートの耳は、火傷でもしたかの様に真っ赤に燃えている。
そして彼の真意を知ったユリナの顔も、共鳴する様に赤く燃えていった。
モニカはやれやれと笑うと、ギルバートに毛皮のショールを預けた。
「これはあんたが掛けてあげてね。じゃあ私は自分の髪を整えてから行くから、お先にどうぞ」
「……あっ! ステージの片付け、どうしよう」
「そんなの、芸術科の子達がとっくに終わらせているわ。皇女様の恋のお手伝いって言ったら、みんな張り切って引き受けてくれたわよ」
「……モニカ、本当にどうもありがとう」
「いいのよ。さ、私も支度したいから早く行って。また後でね」
ユリナをギュッと抱き寄せると、モニカは教室へ入って行った。
ギルバートはユリナの肩にショールを掛けると、腕を差し出し、上ずった声で言う。
「……では行きましょうか」
「はい」
ユリナは手袋に包まれた手を、ときめく鼓動と共にそっとその腕に絡めた。
本堂には既に賑やかな音楽が流れ、生徒達の熱気が溢れている。ワルツが一曲終わり拍手が鳴り止んだ所で、二人は中に入って行く。
入口の扉に立つ華やかな銀髪の女性に、気付いた生徒らがどよめいた。
「皇女様!」
「皇女様だわ」
陶器の様な真っ白な肌に、紺と銀糸のドレスを纏った皇女。
リボンの形に開いた襟元からは整ったデコルテが覗き、シンプルなウエストラインは、ほっそりと華奢な彼女の魅力を強調している。
瞳の色と同じ、シックな黒曜石のネックレスと髪飾りは、照明を浴び輝く銀髪を更に引き立たせていた。
長い睫毛、大きな瞳、薔薇色の小さな唇。
父オーレンの凛とした雰囲気と、母シェリナの柔らかさを醸し出す皇女のオーラに、皆がごくりと息を呑む。
隣に立つのは背の高い、これまた見目麗しい青年。
皇女と同じ紺に銀糸の刺繍が入った華やかな上着に、シックな黒のシャツ、そしてグレーの紋章入りのアスコットタイ。
切れ長の灰色の瞳は隣の皇女だけを見つめ、甘く優しく微笑む。
対の様に美しい二人は、一瞬にして会場の注目を集めていった。
────離れた場所から、二人を鋭く刺す、濃い紫色の双眸があった。
彼女はさっき入口で受け取った皇女の刺繍入りの記念品を取り出すと、ヒラリと足元に落とし、高いヒールでギリギリと踏みつけた。
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