第46話 ~素敵なご縁を~

 

「ああ、後夜祭のドレスどうしようかな」

 おやつを食べながら、モニカが瞳を輝かせる。


「若いんだから、パッと鮮やかな色にしようかな。黄色かオレンジか」

「モニカは顔も華やかだし、どっちも似合いそうね」


 二日間に渡って行われる学園祭は、ランネ学園高等部のメインイベントと言っても過言ではない。

 身分や貧富の差に囚われないこの学園の教育方針が、全面に押し出されている行事だからだ。

 一般教養科は出店、魔術科と武術科はステージと演出、芸術科は装飾など、それぞれ科ごとに担当が分かれ、生徒達は準備の段階から盛り上がっていた。


 中でも一番皆が楽しみにしているのが、二日目の夕方から行われる後夜祭だ。

 広い本堂で行われるそれは立食形式のパーティーで、何と言ってもメインは舞踏会さながらのダンスだ。特に普段こういった華やかな催しに縁遠い平民の生徒にとっては、憧れでもあり、非常に興味深い体験の場であった。

 また意中の生徒に求愛をする場ともなっており、卒業を控えた三年生はこれを機に結ばれる者が多いのも、生徒が待ちわびる理由の一つであった。


「ユリナはどんなドレスにするの?」

「私着ないよ。後夜祭には出ないもん」

「……へ? 何でよ! 中等部の頃からずっと楽しみにしてたじゃない!」

「うん……でもまだ一年生だし。再来年辺りに一度くらい出ればいいわ。今年は裏方に徹したいの。ステージ準備とか記念品とか、色々忙しいんだから」

「皇女が後夜祭に出ないなんて、そんな馬鹿なことないわよ!」

「皇女だからよ。気を遣わせたくないし。みんなが楽しんでくれたらそれでいいわ」


 ユリナはそう言いながら、学園祭の記念品として配るハンカチに、せっせと校章の刺繍を施していく。糸をプツリと切り広げると、満足気に言う。


「よし!あと十枚」

「……なんか最近のユリナ、年取ったお婆さんみたい」

「え?」

 モニカの言葉に手が止まる。


「まだ16なのに全然輝いていない。無理に悟って諦めてさ。自分から逃げている気がする」


 ユリナの胸に鈍い痛みが走る。


「逃げて……」


「どんな恐ろしい魔力があったって、今日明日すぐに何かが起こると決まっている訳じゃないでしょう? いつ起こるかも分からない災難に怯えて、人生を棒に振るなんて勿体ないじゃない」


 震える手で針を置くと、ユリナはぼそっと呟いた。


「……モニカに何が分かるの? 人を本気で愛したこともないくせに。毎晩毎晩、悪夢にうなされる恐怖も知らないくせに。なんのしがらみもなく、自由に夢を追って恋愛も出来るあんたに、そんな風に言われたくない」


「ユリナ……」

「生まれて来なきゃ良かった……こんな災い、この世に要らなかった!」


 パン!!


 乾いた音が室内に響く。

 ひりひり痛む頬を押さえ見上げると、モニカが振り下ろした手をそのままに涙を流していた。


「たとえあんたが私を嫌っても、私はあんたを愛してる。災いだろうがなんだろうが、あんたは大切な妹で親友なんだから」

「モニカ」

「もしまた生まれて来なきゃなんて言ったら、何度だって叩くんだから! 極刑になったって叩くんだから!」


 ユリナは呼吸を荒くし、ひきつけを起こしながら泣きじゃくる。

「ごめ……なさい」


 そしてそのまま、モニカの部屋を飛び出して行った。



 ◇◇◇


「後夜祭、出ないんですか?」


 切れ長の目を丸くし、ギルバートが問う。


「はい。ステージの方が忙しいので。私はまだ一年生ですし」

「……私は今年で最後なんですよ。何の為に、貴女に上着の刺繍をしてもらったと思っているんですか。何の為に、私がわざわざ騒がしい後夜祭に出ると思っているんですか」


 家に来たあの日から、愛や結婚をほのめかすことを言わなくなったギルバート。

 安心していたのに、後夜祭の話をきっかけに突然この様に問われ、ユリナは激しく動揺する。

 何も答えられず、ただ下を向いた。


「他の令嬢に求愛されてしまうかもしれませんよ? それでも良いのですか?」

「……はい。素敵なご縁がありますように」

「そうですか……分かりました。では、貴女の様に頑固ではなく、従順で淑やかな女性と結婚します。きっと、絶対に、幸せにはなれないと思いますが」


 ギルバートは荷物をまとめると、乱暴に鞄に押し込んだ。

「今日の復習はこれで終わりです。では」


 動かないユリナを置いて、教室を出て行った。




 ギルバートはその足で、別棟にある芸術科の教室へ向かう。

 ユリナの時間割表にメモしてあった実習室1ーC……此処か。

 ガヤガヤと騒々しい教室のドアを、なんの躊躇いもなくガチャリと開ける。


「モニカ! 大変! 物凄いイケメンがあんたを呼んでる!」


 物凄いイケメン……?

 そんな知り合いいただろうか。


 モニカは首を傾げながらチークブラシを置くと、廊下を覗く。


 ……あっ!


 そこには、ユリナの想い人が腕を組み立っていた。

 なるほど、確かに一般的には、物凄いイケメンと言われる部類だったわ。


「何か用?」

「……モニカ・ローレンス。君に頼みがある」




 ◇◇◇


 あれからモニカともギル様とも気まずいまま、学園祭を迎えてしまった。


 モニカは何も悪くない……ただ自分の葛藤をぶつけてしまっただけだ。

 ギル様の想いを無下にしていることも分かっている。だけど……


 夕べも見たあの恐ろしい悪夢。

 それはまるで私達の未来を暗示している様で……



「ユリナ様、本当によろしいのですか?」

 声を掛けられはっとする。


「はい、後は私一人で片付けられますから。皆さんは後夜祭に行って下さい」

「すみません、ありがとうございます」


 生徒達が続々と本堂へ向かい出す。

 ……ギル様ももう向こうに居るのかな。

 あの上着を身に着けた素晴らしい彼を、きっと令嬢達は放っておかないだろう。じわりと浮かぶ涙をゴシゴシと擦る。


「皇女様! 大変です!」

 普段モニカに付いている兵が慌てて飛んで来る。


「どうしたの?」

「モニカ様が実習室でお倒れになりまして……」



 モニカ、モニカ!


 ユリナは実習室へ走る。

 成人の儀と同様、貸衣装室兼ヘアメイク会場として使われていたそこは、後夜祭の開場と共に一気に人気ひとけがなくなり静まり返っていた。

 兵に案内された一室を勢いよく開ける。


「モニカ!」


 そこには、黄色いドレスにエプロンを付けたまま、ソファーに倒れ込むモニカが居た。


「モニカ、大丈夫!?」

 駆け寄り、モニカの顔を覗こうと頬を触る。


 ────その瞬間、薄紫色の瞳がパチリと開き、ニヤリと笑いながらユリナを見上げた。


「良かったあ! 来てくれなかったらどうしようかと思っちゃった」


 そう言うとぴょんと起き上がり、つかつかと鏡の前へ出て、自分の髪をいじる。


「ああ、折角セットしたのに崩れちゃったじゃない」

「あの……モニカ?」

「さっ此処に座って。十五分でお姫様に仕上げるわよ……ってもうお姫様か」


 ははっと笑いながら、ユリナの手をぐいと引っ張り、強引に鏡の前に座らせた。

 経緯は不明だが、これからされることが分かってきたユリナは首を振る。


「私……片付け終わったら帰るから、支度は必要ないの」

「あれを見ても?」


 モニカが指差した方、そこには一着の美しいドレスが掛かっている。

 紺色のそれは、シンプルだが、美しく繊細なデザインだ。リボン形の襟が愛らしく、ふんわり膨らんだスカート部分には銀糸のチュールが飴細工の様にかかり、キラキラ光っている。

 横には装飾品や、毛皮のショール、銀色のパンプスまで並んでいた。


「これ、用意したのギルバートよ」


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