第43話 ~貴女の傍に居る方法~

 

 ギルバートは礼をすると、何も言わずユリナの隣に座る。

 そして袋からパンを取り出すと黙々と食べ始めた。


「あの……」

「貴女は? 昼、食べたんですか?」

「いえ」

「では早く食べて下さい。予習の時間が減りますので」

「予習……って、貴方と?」

「ええ。ある人物に頼まれましたので」


 コレットが代わりを頼んだって言っていたのは、まさか……!


 いまいち状況が飲み込めず呆然としていると、再度急かされる。

「早くして下さい」


 ユリナは慌ててナフキンを広げ、サンドイッチを口に押し込んでいく。もはや味なんて分からない。


「それ……貴女が作ったんですか?」


 彼の視線の先にはユリナの弁当箱。


「あ……このチキンは私が作りました」

「一つ頂けませんか?」


 ……えっ!


 彼は当然の様に、口を開けて待っている。


「あの……」

「手が塞がっているので。ほら、早くして下さい」


 パンなんか置けばいいじゃない……

 何なの、もう。


 ユリナはフォークでチキンを刺すと、ギルバートの口に放り込み、すぐに外方そっぽを向いた。


「……悪くない味ですね」


 咀嚼しごくりと飲み込むと、そう呟く。

 彼の耳が真っ赤になっていることに、ユリナは気付いていなかった。




 昼食後、ギルバートはユリナのノートを開くと、早速進み具合を確認していく。

 顎に手を当てたまま、一切表情を変えない彼を見て、ユリナは不安気に尋ねた。


「今日も実技の振り返りと解釈だと思い、自分で予習してきたのですが……どうでしょう?」

「思ったよりは理解しているみたいですね。では、この二つの魔術が共存に成功する為の論理は?」

「えっと……それは」

「もう後期ですよ。この位すぐに答えて下さい」

「……はい」

「前期の筆記試験は70点、先日の実技試験はC評価。後期の筆記と実技を死ぬ気でやらないと、単位を取れませんよ」

「……分かっています」


 ユリナは少し頬を膨らませる。


「では今から五分で、先程の論理をノートにまとめてください」

「五分!?」

「筆記試験の時はもっと時間がありませんよ。では始め」


 この人……鬼だわ。


 眉間に皺を寄せ、ブツブツ言いながら取り組むユリナを、ギルバートは楽しそうな顔で眺めていた。




 教室に入ると、後方に行こうとするユリナをぐいと引っ張り、一番前に座らせた。


「えっ!」

「出来ない人こそ最前列で受けて下さい。授業中最低一回は挙手して発言するように。いいですね」

「そんなの無理です! 授業では理解しきれなくて、復習でやっとカバーしてるのに」


 ユリナの顔が泣きそうになる。


「もう後期なのにいつまでそんな甘ったれたことを言っているんですか。間違った発言で恥をかきたくないなら、どんどん理解を深めて下さい」


「あれっ! ユリナちゃん。今日から前に座るの?」

 何も知らないウィルがにこやかに現れた。


「ウィルさん……」

「なになに? 僕が教えてあげようか?」


 その笑顔は神様か。ユリナは期待に満ちた目で見上げるも……


「無理だ。酷すぎてウィルの手には負えない」


 酷すぎ……って。


 ショックを受けるユリナの隣へウィルが座ろうとするも、ギルバートがさっと間に入る。


「先生が来るまであと三分程あります。その間にさっき終わらなかった所を片付けて下さい」


 ユリナは恨みがましい目でギルバートを見つめた。


 顔を寄せ合う二人の背中を、コレットは後方の席から柔らかく見守っていた。




 ────地獄の授業と復習を終え、ぐったりしているユリナに、鬼講師が唐突に言った。


「……で、今日の報酬は?」

「報酬?」

「まさか、こんな大変な仕事をタダで引き受けるとでも?」

「そんな! そんなことは……あの、毎週お弁当を作って来るので」

「それは……是非お願いしたいですが、それだけでは労働に見合いません」

「ではどうすれば」


 眉を下げ困り果てたユリナを見て、ギルバートは満足気に笑う。


「毎回私の要望を聞いてもらうのはどうでしょう。そうですね……今日はとりあえず、散歩に付き合って下さい」

「散歩?」


 思わぬ要望に、ユリナはきょとんと彼を見上げ、首を傾げた。




 学園の小道を二人で歩く。

 ユリナは一歩後ろに下がろうとするも、そうするとギルバートが速度を落とす為結局並んでしまう。諦めてそのまま歩くことにした。

 ギルバートはチラッと周りを見る。


「……兵の数が増えましたか?」

「はい、合宿の一件以来、父が心配して」

「そうでしたか」


 冷たい風にぶるっと身体を震わすユリナの肩に、不意に温かいものが掛けられた。


「ギルバート様!」

「風邪でも引かれて、また兵が増えたら鬱陶しいので」


 ギルバートが薄手のシャツ一枚で淡々と言う。

 彼の体温が残る大きな上着が、ユリナを優しく包み込んだ。


「……ありがとうございます」


 カサカサと、鮮やかな落葉を踏みしめながら、ただ歩を進めていく。


「それにしても、貴女は意外と気が強いですよね」

「は?」

「今日も一体何度私を睨んだことか。頑固だし」

「……それは申し訳ありません」


 ユリナはまた頬を膨らます。


「ほら、その顔ですよ。将来貴女と結婚する男性ひとが思いやられます」

「……ご心配には及びません。私は誰とも結婚しませんので」

「誰とも?」

「はい。……面倒ですから」

「そうですか……仕方ない。では私は貴女の護衛にでもなるしかなさそうですね」

「護衛?」

「ええ、私の魔力を一番活かせる仕事は、貴女を守ることですから。私も生涯独身のまま、四六時中貴女の傍に居ることにします」

「冗談は止めて下さい」


 ギルバートは長い足で速度を上げると、ユリナの前に立ち塞がった。


「冗談なんかじゃありません。貴女に結婚願望がないのでしたら、それしか傍に居る方法がないでしょう?」

「何故……」


 ギルバートは盛大なため息を吐く。


「貴女は……あの本の愛読者のくせに鈍いんですね。恋愛スキルが皆無だ」


 あの本? 恋愛スキル?

 全く意味が分からない。



「私は……私は、貴女と結婚したいと言っているんですよ」


 強い風が吹き、二人の間を落ち葉が飛び交った。

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