第41話 ~失われたコントロール~

 

 早朝の静かな学園の練習室には、コレットの姿があった。

 周囲を見回し、誰も居ないことを確認すると、恐る恐る的に手をかざし振り下ろす。


 ダン!!


 中心からは大きく逸れるが、威力はなかなかのものだ。ベリンガム家の風の魔力に間違いない。


 では、こちらはどうだ……


 今度は両手を的にかざす。


 右手から風の矢を繰り出すと同時に、左手で地の魔力を出し揺らしてみる。

 すると矢の威力は先程とは比べ物にならない程増幅し、バキッと大きな音を立てながら、的は真っ二つに割れた。


 こちらは問題ないか……

 むしろ力を増している様に感じる。


 コレットは隣の的へ移動し、再び両手をかざす。


 問題はこっちだ……


 今度は地の魔力で鎮めてみるも、風の矢は何故か逆に威力を増し、先程と同じ様に的を割ってしまった。


 コントロールが……出来ない?


 コレットは慌てて、そのまた隣の的へ移動し、鎮めようと試みる。だが……何度やっても結果は同じだった。

 割れた的にふらりと近付き、手に取ると力任せに床に叩き付ける。


「何故、何故だ!」


 このまま鎮める力が戻らなければ、自分はユリナにとって、完全に不必要な存在になる。

 そして自分が風の魔力を手にした今、ベリンガム家にとってもユリナは不必要な存在となる。

 つまり……政略結婚をする意味がなくなる。


 隠さなければ……そっと自分だけの胸に納めて。

 何とか婚約するまで、結婚するまで、誰にも知られてはいけない。


 コレットは割れた的をゴミ箱に突っ込むと、新しいものをセットし、練習場を後にした。



 ◇


 共存魔術の授業の日。

 予習の為、中庭のベンチで待っているユリナの元へ、コレットは微笑みながら姿を現した。


「コレット」

「やあ」

「良かった……来てくれて」


 先日はオーレンにより婚約は保留とされ、気まずいまま別れたからだ。


「……婚約が延期になったのは残念だけど、今は実技試験のことを優先に考えよう。ユリナの単位がかかっているからね」


 軽い調子で頭をぽんと叩かれ、ユリナはホッとした。


「具合は大丈夫なの?」

「ああ……落ち着いたよ。もう実技練習も出来るから」

「良かった。無理はしないで、身体優先でね。事情があれば、きっとワイアット先生も分かってくださると思うわ」



 優しいな……君は本当に優しいな。

 いっそ、その優しさにすがってみようか。

 そうしたら、僕を突き放すことなど出来ないだろう。


 うだる暑さの中、君を此処で支えたあの日が、もう遠い昔みたいだ。

 季節は変わり、涼やかで心地好い筈の風が、ささくれだった胸を冷たくえぐる。



「……コレット?」

「ごめん、何でもない。……そうだ、まだ風の媒体が決まっていなかったね。どうしようか」

「それなんだけどね、良い案が浮かんだの。結構場所を使うけど……此処なら練習出来るかな」


 ユリナは得意気に笑った。




 ◇◇◇


 実技試験当日。

 観覧席もある屋外の広い練習場には、生徒達が集まっていた。

 自信に溢れる者、緊張した者。その面持ちは様々だ。


 実技試験は今回行われる中間試験と、2月に行われる後期試験の二回ある。

 どちらの評価も単位取得に大きく影響し、万一筆記試験の点が振るわなくても、実技試験の評価次第では大きくカバーすることが出来る。

 筆記に自信のないユリナにとっては、この実技で結果を残すことが必須となるのだ。


「あっ!」


 生徒達が観覧席を見てざわめく。

 ユリナも何事かとそちらへ視線を向けると、最前列の魔術科の講師達に混ざり、一際目立つ人物が座っていた。

 日差しに輝く銀髪と深い藍色の瞳、均整のとれた美しいその姿からは、誰もが息を呑む圧倒的なオーラが溢れている。


 お父様……!


 オーレンを見るなり、自信に満ちた顔でニヤリと笑うギルバートとは反対に、下を向き小刻みに震え出すコレット。

 この違いが、今の二人の立場を物語っていた。



「────試験中は緊急性を要する時以外、受験者以外の者は決して手出しをしてはならない。魔力の強さ、コントロール、独自性などを総合的に見るが、何より互いの魔術を“共存”させる意義をよく理解している者に高い評価を与える。ではペアになり、順番通り始めなさい」


 そう言うと、ワイアットはオーレン皇太子の隣に座った。




 流石、ワイアット教授の授業だけあり、まだ中間試験だというのにハイレベルな実技が繰り広げられる。

 水と氷、炎と光、雷と水など。

 様々な魔力を巧みに共存させていき、観覧席からは拍手が沸き起こる。



 自分達の番が近付くに連れて、ユリナに緊張が走る。

 ……お父様は何故観にいらしたの? 皇太子として? それとも……


 隣を見ると、コレットが真っ青な顔で俯いている。


 コレット……私より緊張している?


 ユリナは咄嗟に彼の大きな手を取ると、紙に包まれた何かを握らせた。


「これは……?」

「口に入れて見て。緊張がほどける魔法」


 耳元にこそっと囁かれ、コレットは紙を開けてみる。中には鮮やかな小さな粒が3つ入っていた。水色を一粒、こっそり口に含むと、優しい花の香りと甘い味が広がる。

 どう? という風に、キラキラした瞳で自分を見上げるユリナに、コレットの胸が愛しさで溢れた。


「……ありがとう。楽になったよ」

「ふふっ、魔法使いだから」


 微笑みながら耳元に囁き合う二人を、元許嫁がじっと見つめていた。



 ギルバートとウィルの番が来た。


 ウィルは緊張でガチガチになりながらも、ギルバートの落ち着いた目を見ながら、練習通り手をかざす。

 すると、仔猫程の大きさの愛らしい炎の小人が現れ、生徒や教師らの間に笑みが溢れる。合宿の時の鳥といい、彼の創るものは人を和ませる。ユリナも思わずくすりと笑った。


 ギルバートがそれに手をかざし地の魔力で揺らしていくと、等身大の騎士になる。

 おおっと歓声が起こる中、今度は続けて鎮めていく。

 繊細なコントロールで部分的に調整し、先日湖の女神で魅せた様に、髪の毛から服の細かい模様までを創っていく。

 まるで本物の人間に見えるそれは、ウィルの手の動きに合わせて、歩いたり帽子をとってお辞儀をする。

 芸術作品の様な魔力に、会場にこの日一番の歓声が沸いた。


 が、まだそれだけでは終わらない。

 ギルバートが力を込めると、それは爪の先程まで小さくなった。ウィルは指の上の騎士を、観覧席の教師らや待機中の生徒の傍まで連れて行き、じっくりと見せながら歩く。驚く程小さいのに、先程等身大だった時と何ら変わりのない精巧な造りに、皆息を呑む。


 一通りアピールし元の場所へ戻ると、二人は並んで同時に指を鳴らす。

 小さな炎の騎士は一瞬ぼっと燃え上がった後、跡形もなく消え去った。


 どっと練習場が揺れる。

 教師らは仕事も忘れエンターテインメントとして楽しみ、生徒らは敵わないという風に首を振った。

 皆、この後でなくて良かったと思いながら……


 その不運な最終ペアは、ユリナとコレットだ。

 ユリナは冷たいコレットの手を握るとにっこり笑う。そして背伸びすると、彼の額の辺りで手をもじゃもじゃと動かした。


「魔法を送ったから大丈夫、ね」

「……うん」


 コレットは温かいユリナの手に力を込めると、顔を上げ、並んで練習場の中心まで歩いて行った。


 礼をした後、ユリナはコレットと距離を取り、観覧席に向かいスッと立つ。

 乗馬用をアレンジしたパンツスタイルに、金糸と銀糸で刺繍したマントといった凛々しい出で立ちの皇女に、ワイアットを始め皆の期待が高まる。


 ユリナは目を瞑り、胸の前で手をクロスさせると、自分へ向かい風の魔力を送っていく。

 柔らかい風は身体を包み、肩まで伸びた銀髪と煌びやかなマントを扇状に広げさせた。

 その美しさに、周囲からほうっとため息が漏れる。


 そんなユリナに見惚れながらも、コレットは手に全神経を集中し、地の魔力で揺らしていく。

 すると徐々に風の力が強まり、ユリナの身体がふわりと宙に浮いた。まるで天女の様に、空へ舞う小柄な皇女。


 まさか自分を風の媒体にするとは……!

 ワイアットの目が輝きを増す。


 コレットは微調整しながら魔力を強め続ける。

 大丈夫だ……大丈夫。練習通りにやれば。


 ユリナの身体はどんどん高く舞い上がり、10メートル程まで持ち上がった。後は足元の風を強め身体を水平にし、空を飛ぶ様に練習場を一周させれば良い。


 コレットが力を送ろうとした時、観覧席の方から鋭い視線を感じた。

 ドクリと全身が震える。


 殿下だ……皇太子殿下が、自分を試している。

 駄目だ、集中しないと……


 あっ!


 ユリナの足元が強風で煽られ、水平どころか頭を下に逆さまになる。

 コレットが必死でコントロールしようと思えば思う程何故か風の威力は増し続け、小さな身体は逆さのまま、竜巻に飛ばされる。


 危ない!!


 ────練習場に悲鳴が響いた。


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