第40話 ~二人なりの想い~
その夜、寮に戻ったコレットは、ギルバートの部屋を叩いた。
「少し話があるんだ……中に入ってもいいかな?」
薄笑いを浮かべて部屋に入ったコレットは、ドアを閉めるなりギルバートに掴みかかった。
「殿下に何を言った! 卑怯なやり方で人を貶めて、それで満足か」
ギルバートはコレットの剣幕にびくともせず、自分の襟を掴む拳を力一杯振り払った。
「卑怯? 俺は事実を報告したまでだ。ユリナの為に」
「ユリナの為だと? はっ、自分の為だろ」
「ああ、そうさ。俺はユリナを守りたい。お前では役不足なんだよ」
「何だと?」
「卑怯なのはお前の方だろ。鎮める魔力が弱いことを隠し、ユリナを手に入れようとした。もはや政略結婚でも何でもない。ただの詐欺だな」
「……もう一度言ってみろ」
コレットの目が怒りに燃える。
「エメラルドの魔力を抑えられなければ、どんなに危険なことになるか、お前は理解していない」
ギルバートは机からある資料を取り出し、話を続ける。
「……エメラルドの魔力について、ヨラム領に行き自分なりに調べた。近代では流石に非人道的なことはしないが……その昔は濃いエメラルドの瞳を持つ赤子は、その場で殺されることもあったらしい。悪魔の生贄になる前にな」
コレットはごくりと唾を飲む。
「シェリナ皇太子妃は皇妃の黒魔術により、エメラルドの魔力と共に、命を悪魔に吸い取られかけた。皇妃とその息子のルイス前皇太子もその場で命を落としている。オーレン殿下が居なければ、危うく皇室が滅び、一国が傾く所だったかもしれない」
「……我が家は皇室と親戚関係にあるんだ。そんなことは知っている」
「お前はこの間、鎮める魔力は劣っていても、ご立派なベリンガム家がユリナを守ると言ったな? じゃあ、もしお前の両親が悪魔と契約し、ユリナを狙ったらどうする?」
コレットはカッと目を見開き、顔が赤くなる程憤慨する。
「そんなことを家の両親がする訳ないだろう!!」
「何故言い切れる。皇妃の様に、身分や地位のある者が手を出したら、ユリナは簡単に危険に曝される。それが理解出来ないか?」
何も言い返せず、コレットは歯を食い縛る。
「正直、完全に封印が解けた時のエメラルドの魔力は、お前が言う様に未知数だ。だが現時点で、俺の方がお前よりも遥かに魔力を抑えられる可能性がある。本当にユリナを想うなら、ユリナを守る為に手放したらどうだ」
室内には、暫く時計の秒針だけが響く。
ギルバートが差し出した資料をパシッと叩くと、コレットは聞き取れない程、微かな声で問うた。
「……君なら手放せるのか」
「え?」
「君が僕の立場だとして、彼女を手放せるのか?」
ギルバートは一瞬言葉に詰まる。
ユリナを手放せるか……?
それはユリナへの想いと、ユリナの身の安全を天秤にかけることになる。
それであれば……
「手放すよ。お前の方が彼女を守れるなら」
迷いはない。
「綺麗事だ!! 君に僕の気持ちが分かるか!」
「分かる訳ないだろ、他人なんだから。ただ……一つ言えるなら、お前のそれはエゴだな」
鋭い視線が交わされた後、コレットはふっと笑った。
「ああ、エゴで結構だ。そうだ……良いことを思い付いたよ。君をユリナの護衛として、ベリンガム家で雇うのはどうだ?」
「……は?」
突拍子もない提案に、ギルバートの目が丸くなる。
「妻の護衛をさせてやると言ってるんだよ。そうすれば彼女の安全も守れるだろう」
「……ふざけるな」
「至って真面目だよ。君達が傍で想い合うのも許可する。……身体以外はね」
「ふざけるな!!」
今度はギルバートが掴みかかるも、コレットは動じない。
「僕は必ず彼女と結婚する。エゴだろうが何だろうが、絶対に君には渡さない」
◇
ベッドの上で、オーレンはシェリナの胸元に耳を寄せる。薄い寝巻越しに規則正しい心臓の鼓動が聞こえると、ほっと息を吐く。
「そんなに簡単に心臓は止まらないわ。何度も確認しなくても大丈夫よ」
胸元の温もりに頬を赤らめながら、シェリナは柔らかい銀髪を優しく撫でる。
「確認しないと眠れない」
────いや、寝る前にどんなに確認しても、結局気になって何度も目が覚めてしまう。
息に触れ、鼓動を聴き、小さな身体を掻き抱いて眠る。そんな日々が続いていた。
「夜、あまり眠れないんでしょう? 貴方こそヒーリングの魔術を受けた方がいいわ。明日医師の診察を受けて下さい。皇太子妃の命令です、いいですね」
ふんと眉を上げるシェリナに、オーレンはぷっと吹き出す。長い指でその眉を優しくなぞり、元の位置に戻してやりながら答える。
「承知致しました、皇太子妃殿下。お身体に障りますので、もう休みましょう」
照明を落とすと、いつもの様に長い手足を絡めながら妻を抱き寄せる。
初めて床を共にした18の時から、この眠り方はずっと変わらない。
「コレットはどうだった?」
「うん……色々と、難しいな」
「……ギルもコレットもいい子よ」
「うん……分かっている」
「二人とも、二人なりに、ユリナのことを想ってくれているわ」
「うん……そうだね」
「私がユリナの魔力を全部持って行けたらいいのに。そうしたら……」
そこまで言いかけて、シェリナははっと口をつぐむ。
「持って行く? ……どこに?」
オーレンの声が震える。
「……ごめんなさい」
「二度と言うな。そんなこと許さない」
腕に力を入れ、更に強く抱き寄せる。
「ごめんなさい、レン」
シェリナの細い手が、まだ震えるオーレンの背中をトントンと叩き出した。
この世に生を受けた限り、別れは避けられない。それが自然の摂理だ。
だが……もし、もしもシェリナが天に召されたら、自分はきっと上手く
シェリナの元へ逝くことだけを願い、迷子の様に残りの人生を彷徨い続けるだろう。
父が亡くなった後、母もそんな気持ちで生きていたのだろうか。幼い自分の前では決して涙を流さなかった、その胸中を思うと苦しくなる。
エメラルドの魔力……生への執着か。
その恐ろしさを知らなければ、自分も悪魔と取引してでも、愛しい人の蘇りを望んだのだろうか。
背中を叩いていたシェリナの手がハタリと落ちた。慌てて顔を見ると、スヤスヤと小さな寝息を立てている。
それを子守唄に、オーレンも浅い眠りの中に吸い込まれていった。
◇
「わあ」
良く晴れた朝、窓を開けたユリナは、心地好い空気を目一杯吸い込んだ。
ユリナを悩ませていた熱を含んだ大気は消え、北のヘイル国から清々しい風が吹いていた。
カラカラと落ち葉を舞い上げては、庭のあちこちで踊っている。
風……風…………あっ!
実技試験の媒体を思い付き、ユリナはぽんと手を叩いた。
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