第34話 ~タイに託した運命~

 

 何する気だ? 余計なことするなよ?

 この年齢としで無職になりたくない!


 父の小言を振り切り、見事聞き出したギルバートの授業日程。

 直近で待ち伏せ出来るのは……明日の四限、魔術応用S。教室2ーD。

 …………よしっ。



 ◇


 翌日。

 授業が終わりぞろぞろ出てくる生徒の中に、頭一つ分飛び出したアッシュブラウンを見つけ、モニカは駆け寄る。


「ちょっと!」


 うるさいな……

 素通りしようとするも、腕をがしっと掴まれる。


「あんたよ! 無視する気?」


 ……俺だったのか?


 茶色い巻き毛に薄紫の吊り目。

 見覚えがある……確かこの女は、ユリナの所の使用人の娘。


「モニカ。モニカ・ローレンス。ユリナのとこの護衛長の娘。どうせあんたのことだから私の顔も名前も覚えていないだろうし、先に自己紹介しとく」


「なになに? あっ、君は確かユリナちゃんの?」


 ギルバートの後ろから、にこにこと愉快そうに出てきたウィル。モニカが眉を吊り上げひと睨みすると、震えながらサッと何処かへ去って行った。


「……何か用か?」

「話がある。付いてきて」


 モニカは人の来ない廊下の角まで、大股で歩いて行く。そして鞄から何かを取り出すと、ギルバートの胸に押し付けた。


「これ、あんたの。一枚だけ救出してきた」


 怪訝な顔でそれを手に取り目を落とすと……ギルバートは、はっと息を呑む。


「これは……もしかして……ユリナが?」

「へえ、ユリナの名前は知ってたんだ」


 当然だろという風に睨まれるも、モニカは意に介さず話を続ける。


「……そうよ。誕生日プレゼントに渡すつもりで作ってた。あんたの礼服の色が分からないから、後で合わせられる様にって、何色も何枚も……訊けばいいって言ったのに、断られるのが怖いって。今までどれだけ冷たくされたてんだか」


 モニカの薄紫の瞳には、次第に涙が溜まっていく。その表情にユリナが重なり、ギルバートの胸は痛んだ。


「ユリナがどんなにあんたのことを想ってたか……。私はね! あんたの中に、あの子の想いが少しも残らないのが悔しいの!」


 想い…………?

 ギルバートは黙ったまま固まる。


「何とか言いなさないよ! いつもいつも澄ました顔して……あんたなんか大嫌い!」

「……想いって、どういう意味だ?」

「は?」

「ユリナの想いって?」


 今度はモニカが固まる。


「あんた……頭いい癖にアホなの!?」

「アホ……」

「ユリナがあんたのことを好きってことに決まってるじゃない! 他に何があるのよ!」

「……好き……ユリナが……俺を?」


 思考回路が追い付かない。学問に於いては俊敏な彼のそれは、こういったことには全く機能を果たさなかった。


「でも……ユリナは俺を愛していないと言った」

「あんたを巻き込みたくないからよ!あんたを犠牲に出来ないって……自分の魔力を知った時から、ずっと苦しんでた」

「……じゃあ彼女は、彼女は、本当は」

「知らない! あとは自分で考えな! その刺繍を見れば分かるでしょっ」


 モニカはぐいと涙を拭いて歩き出す。暫くするとピタリと止まって振り返り、静かに言った。


「……一度だけでも、あの子の想いに真剣に向き合ってあげてよ」



 ◇


 その後のことはよく覚えていない。

 午後の授業も出ずに、ギルバートはいつの間にか寮に戻ってきていた。


 部屋に入り、クローゼットから、成人の儀で着用する予定の礼服を取り出す。

 引っ掛けてあった紺のアスコットタイを抜くと、先程モニカに渡されたものを結んでみる。

 たった一枚、偶然残ったそれは、まるであつらえた様に礼服に馴染んでいた。


 ギルバートはよろめきながら後退ると、ベッドに腰掛け、そのままドサリと仰向けに倒れた。


 ユリナが……俺のことを……本当は……俺のことを……


 殺風景な天井が次第にキラキラと揺らめくも、何故だか分からない。

 灰色の瞳から溢れたそれは、目尻を伝い、温かく流れていった。



 ◇◇◇


 9月28日────


 ギルバートは鏡の前に立つと、覚悟を決めタイを結ぶ。

 窓から差す朝日が、彼の決意を後押しする様に銀の刺繍を輝かせていた。




 礼服やドレスに身を包んだ新成人が、続々とランネ学園の本堂に集まる。

 成人の儀といえば、以前は貴族や裕福な商家の子女がほとんどの敷居が高い儀式だったが、現在は平民であっても参加しやすい様配慮されている。

 正装が用意出来ずとも、各会場で事前に無料で借りられる様になっており、更にここランネ学園では、芸術科美容コースの生徒が、実習も兼ねて女性のヘアメイクを無料で担当していた。

 モニカも今日はヘアメイク要員だ。


 新成人の女性達の髪を忙しくアレンジしていく中で、モニカは先日のことをずっと考えていた。


 アイツ……ぼーっとしてたけど、ちゃんと伝わったのかな?


 モニカがタイに託した、二人の運命はいかに。





「ユリナ!」


 護衛のセノヴァと門に立つユリナを見つけ、コレットが駆け寄る。


「ルブラン卿、新成人おめでとうございます」

「ありがとうございます。皇女殿下」


 丁寧な礼を交わすと、コレットは小さな手を取る。


「本当に来てくれるなんて……嬉しいよ」

「もちろんよ。コレットの晴れ姿、見たかったもの」


 ユリナは背伸びし、焦げ茶のアスコットタイの皺を整える。突如近付いた距離に、コレットの胸はドキリと跳ねた。


「うん……よく似合うわ。とても素敵」


 シャンパンゴールドの華やかな礼服を引き締める、落ち着いた焦げ茶色のアスコットタイ。

 彼の溢れんばかりの喜びが、金の刺繍を一層輝かせていた。



 手を繋ぎ、二人は本堂へ向かう。


「ユリナもそのドレス、すごく似合うね」

「普段はあまり着ない色なんだけど、そのタイに合わせたの。おかしくない?」

「全然、すごく可愛い」


 焦げ茶色のドレスをふわっと広げながら歩く皇女と、同色のタイを結んだ公爵家の令息。

 やっぱりあの二人は……

 周囲では、噂を確信し合う囁き声が飛び交っていた。



 本堂の前に着くと、ある人物の姿に二人の足が止まる。腕を組みながら柱に寄り掛かる彼が纏うのは、黒いシックな礼服に、光沢のある濃いグレーのタイ。

 そこに浮かぶ銀の刺繍は……


 まさか……似てる……立体刺繍を施した箇所も。

 違う、似てるんじゃない。あれは私が作った物だ。自分が刺した物だもの……間違える訳がない。

 でも何故彼の元に……あっ!

 モニカが実習で使うと持って行った一枚を思い出す。

 まさか……モニカが……


 ぐるぐると忙しなく頭を動かすユリナの元へ、ギルバートがあっという間に近付いて来る。


 とりあえず、何か言わなくちゃ……


「ギルバート様、新成人おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 棒立ちで祝いの言葉を述べるユリナに、無表情で返すギルバート。


「……行こう」

 手を引くコレットに慌てて付いて行こうとした時、腰元がぐんと何かに引っ張られ、軽く反り返った。


「似合いませんね」

「……え?」

「このドレス、貴女には全然似合いませんね」


 振り向けば、ギルバートが腰のリボンを掴み、不敵な笑みを浮かべていた。


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