第27話 ~意地だったのか~

 

 合宿三日目────

 明日の早朝に発つ為、実質今日が最終日となる。


 午前中はワイアットの指導の元本格的に魔術を練習し、午後には、決まったペアで練習の成果を発表していく。


「昨日は練習出来なくてごめんね」

「全然、大丈夫だよ。本番はまだ先なんだし、気楽にやろう」


 そう微笑むと、今日もコレットは指を絡めながら手を深く繋いでくる。戸惑うユリナを余所に、スタスタと歩き練習場へ向かった。



 肩慣らしの為、的の前に立つユリナ。手をかざすものの、レティシアを傷付けたあの恐怖が甦り身震いする。

 コレットはその様子に気付くと、震える肩に手を置いて明るく言った。


「大丈夫、的の前には何もないよ。心配なら西瓜スイカでも置こうか?」

「西瓜?」

「川で冷やしてるやつ。切る手間が省けて一石二鳥でしょ」


 コレットの冗談に緊張がほぐれ、ユリナはくすくすと笑った。

「ありがとう、やってみるね」

「うん」


 何も考えず、的に当てることだけに集中する。


「はっ!」

 放たれた風の矢は、見事に中心を捉えた。


「やった……出来た! 出来たわ、コレット」

「良かった……」

 はしゃぐユリナを咄嗟に抱き締め、華奢な肩につい顔を寄せてしまう。

「コレット!?」


 驚く声に、彼は慌てて身体を離すと、銀髪をぽんぽんと叩く。



「あの……お取り込み中すみませんが……次に使わせていただいてもよろしいでしょうか」


 振り返ると、顔を赤くして申し訳なさそうに頭を掻くウィルと、無表情のギルバートが立っていた。


「ああ、悪い。どうぞ」

 少しも動じず的当ての場所を譲るコレット。ユリナの手をしっかりと繋ぎ、その場を離れていくのを、ギルバートは虚ろな目で見つめていた。



「やっぱりあの二人……そうかな」

「……興味がない。早くやれ」


 何故だか心配そうにこちらを見るウィルに、低い声で言い放つ。

 自分も矢が放てたらスッキリするのに……

 ウィルが放った炎の矢を、ギルバートは地の魔力で揺らし増幅させる。鋭さを増した矢は、頑丈に作られている筈の的を粉々に壊した。





 あの後、ギル様とは炊事係で一緒になったけど、必要最低限の会話しかしていない……

 このまま合宿が終わったら、二度と話すこともないのだろう。


「……どうする?」

 コレットに問い掛けられていることに気付き、ユリナははっとする。


「ごめんなさい、どうしましょうか……葉っぱじゃインパクトないかな。砂はないし」


 風の魔力は他の魔力と異なり、目に見えにくい。二人は魔力を形にする為の媒体を探し歩いていた。

「あっ! あれはどうだろう」

 コレットはユリナをある場所に連れて行った。




 午後になり、ペアの発表が始まった。

 ユリナら二人の番が来ると、皆を湖の畔へ移動させる。


「湖か……これは期待が高まるな。風をどう見せてくれるか、楽しみにしているよ」

 ワイアットの目が光る。


「では……」

 二人は目を合わせ頷く。ユリナは湖の水面に手をかざした。


 ザアアアア……


 風が水を巻き上げ、空中に女神像を形づくった。

 それは太陽の光を浴びて、キラキラと目映く光っている。

「これは美しい!」

 ワイアットの称賛にコレットは満足気に笑うと、それに手をかざし地の魔力を送っていく。


 ドオオオオオ


 地響きの様な音が辺りを包み、凄まじい風が吹いたかと思うと、湖の水が一気に空中に舞い上がった。湖は空(から)になり、すっかり底が見えている。顔を上げると、先程の女神が空中を覆う程巨大になり、悠々とうつ伏せで見下ろしていた。

 その威力の凄まじさに皆声を失う。

 コレットが調整しながら力を抜いていくと、女神は水の竜巻になり湖にザアッと戻っていった。


「素晴らしい……実に素晴らしい! 昨日ウィルと試した時も見事だったが、これは創造物の域を越えている。やはり血の繋がりがあるからだろうか……魔力の呼吸がピッタリ合わないとこうはならない」


 ワイアットは鼻息荒く興奮している。

 盛大な拍手が鳴り止んだ後、


「私にもやらせてください」


 その場に響く低い声。

 皆の視線が一斉に集まった先には、凭れていた木から静かに身体を起こすギルバートが居た。


 ざわつく中ユリナの元へ近付き、湖を指差す。

「さっきのと同じものを作って下さい」


 状況がよく飲み込めないが、とりあえずユリナは先程と同じ女神像を空中に立たせた。

 ギルバートはそれに地の魔力を送り、部分的に調整しながら繊細に鎮めていく。


「おお……これは!」


 ぼやけた輪郭の女神像が、見違える程に精巧な造りに変化していく。髪の毛から睫毛の一本一本、小さな爪や装飾まで。表情もまるで生きているかの様に立体的だ。


「……素晴らしい! こんなに美しく芸術的な創造物は見たことがない! これも魔力の呼吸が合う者同士がなせる技だ。君達は余程相性が良いのだろう」


 ギルバートは力を抜き水を湖に戻すと、礼をしてユリナの元から去っていった。

 手をかざしたままの彼女の瞳に、涙が滲んでいることも知らずに。



 ◇◇◇


 合宿が終わり、帰路につく馬車でギルバートは考える。


『私にもやらせてください』


 何故あんなことをしたのか分からない……

 コレットへの、ユリナへの、最後の意地だったのだろうか。



 長期休暇中の為、寮には戻らずそのまま実家の屋敷に戻った。自室に入ると、合宿の荷物からある物を取り出す。

 それは誕生日にユリナに渡しそびれた小さな包み。ふっと笑うと、迷いなくゴミ箱に突っ込んだ。


 次に机の引き出しを開け、無造作に押し込まれた沢山の包みを取り出す。これらは自分の誕生日に、毎年ユリナから贈られたものだ。

 刺繍入りの布製品ばかりで、ハンカチから始まり……去年と一昨年は何故かブックカバーが続いた。


 一度読んだ本は大抵暗記してしまう為、同じものを読み返すことは殆どない。屋敷の図書館へ押し込み、溢れたものはまとめて寄付している。

 その都度外すのも面倒なので、ブックカバーなど使用したことがないのに……


 いつも受け取るとチラリと覗き、礼だけ言って鞄に入れていた。

 その場でちゃんと開けてやったなら、あの大きな瞳を輝かせてどれだけ喜んだかしれないのに。

 あの男なら……きっと……あんな風に抱き締めて礼を伝えるのだろうか。

 練習場での光景が浮かび、胸が痛む。


 ……今更だな。

 アッシュブラウンの髪をくしゃっと握った。


 処分しようとまとめていた所、いつの間にか立っていた母が血相を変えている。


「……ギル、それをどうするのですか?」

「処分するのです。私にはもう必要ありませんので」

 母は机に飛び込むと、それらを胸にぎゅっと抱き抱えた。

「許しません……そんなことは許しません……!」


 自分と同じ灰色の瞳には涙が溢れていた。

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