第25話 ~揺らす力、鎮める力~
メイが運んでくれた朝食を摂り休んでいた二人は、9時半を指そうとする時計の針にはっとする。
「実技練習が始まるね。そろそろ行かないと」
「私も見学したいな」
「身体は大丈夫なの?」
ユリナの手に触れれば、先程よりも随分と温かく、緊張がほぐれている。
「うん、もうすっかり。ありがとう」
「……よしっ」
コレットは何の躊躇いもなく、ユリナを抱き抱えようと腰を屈める。
「あっ! 大丈夫! もう歩けるから」
「そう?」
「うん! ほらね!」
ユリナはその場にすっくと立ち、足踏みや軽いジャンプをして見せる。小動物の様なその動きにコレットはぷっと吹き出し、残念そうに言った。
「なあんだ。今度こそユリナを肩車出来るかと思ったのに」
「肩車……」
いつかの会話を思い出し、ユリナも笑う。
良かった……いつもの、私がよく知っているコレットだ。
そう安心したのも束の間、指を深く絡めながら、手を強く握られる。
「……コレット?」
「もう迷子にならない様に」
ドアへ向かい歩き出すコレットの表情は、窓から差す逆光でよく見えなかった。
練習場横の広場には、既に生徒が集まっていた。ユリナの姿を見ると、皆心配そうに寄ってくる。
「ユリナ様!」
「もう大丈夫ですか?」
「はい。朝の仕事が出来なくてごめんなさい」
「とんでもない! リゾット美味しかったです」
和気藹々と話す中、灰色の瞳がこちらを見つめているのに気付く。
あ……そういえば私……彼にお礼も言っていない。
「ユリナ! もう大丈夫なのか?」
こちらへやって来るワイアットの声に、意識が引き戻される。
「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。あの……皆さんの練習を見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
レティシアを傷付けたことを、一切咎めないワイアット。このまま合宿に参加しても良いのか不安だったが、彼はやはり何も言わずに、ユリナの身体だけを心配していた。
「身体が辛くなければ構わないよ。色々な魔力を一度に見られる機会だから、非常に興味深いと思う。しかも貴重な地の魔力持ちが二人も居るからな……私も楽しみだ」
ワイアットのその言葉に、コレットとギルバートは鋭い視線を交わした。
10月の実技試験に向けて、ペアが決まっている者はペアで。そうでないものは互いの魔力を確認する為に、ランダムにペアを組むこととなった。
「人数が一人余るから……ウィル、ギル、コレットは三人で組もう。きっと面白いものが見られるぞ」
ワイアットの顔が、教師から貪欲な研究者のそれに変わっていった。
共存魔術とは、違う性質の魔力を持つパートナーと共に、一つの作品を造り上げる難しい魔術だ。
互いの魔力の程度が均衡していないと、上手くバランスが保てず、どちらかが掻き消されてしまうことが多い。
皆それぞれの魔力を共存させてみてはその程度を測り、釣り合わない場合はペアを替えていく。相性の良いペアは、それぞれ見事な創造物を作っていった。
ついにギルバートら三人の番が来る。
「ではまず、ギルとウィルから行こうか」
ウィルは空中に手をかざし、真っ赤な炎の鳥を出す。大きさは鳩くらいだろうか。
「ウィルらしい創造物だな」
確かに、ぽっちゃりと愛らしい見た目は彼らしく、皆親しみを込めて笑った。
「ではギル、この創造物の魔力を揺らし、可能な限り大きくしてみてくれ」
ギルは頷き、炎の鳩……もとい鳥に手をかざす。
ゴオオオオオ……
鳥の身体が激しく燃え盛り、眩しさに何も見えなくなる。
光が収まり目を開けると……そこには巨大な炎の鳳凰が居た。先程のユーモラスな姿は何処へやら、美しい羽と豊かな長い尾を振る凛々しい佇まいに、皆が息を飲んだ。
「これは見事だ……今が最大限かい?」
ワイアットの言葉にギルバートは魔力をぐっと送るも、これ以上は揺らせない。
「……はい」
「よし、では今度は魔力を鎮め、可能な限り小さくして」
ギルバートがかざしていた手から力を抜くと、鳳凰は瞬く間に小さくなり、元の鳥の姿に戻る。
そこから更にぐっと力を入れるとぐんぐん小さくなり、終いには爪の先程の、蝶よりも小さい炎の小鳥になった。
眼鏡をくいっと持ち上げ、目を凝らしながらそれを見ると、ワイアットは感嘆のため息を吐いた。
「素晴らしいな……では元の大きさに戻して。次はコレット、同じようにやってみて」
コレットも同様、鳩程の鳥に手をかざす。
眩い炎が収まり目を開けると……先程と同じ巨大な炎の鳳凰が居た。だが、全くスケールが違う。
まるで空全体を飲み込む程の大きさと迫力があり、身体中からゴウゴウと炎が唸っている。これに比べると、ギルバートの鳳凰はまるで小鳥に思える。
「素晴らしい! 今が最大限だね?」
「はい」
コレットはギルバートを振り返ると口角を上げる。
「では鎮めて」
どんどん小さくなり、元の姿を遥かに超えて小さな鳥になる。
……が、先程のギルバートのものには全く及ばず、雀程の大きさで止まった。コレットは魔力をぐっと送るも、これ以上は鎮められない。
今度はギルバートが口角を上げた。
「面白いな……二人とも地の魔力だが、性質が違う。コレットは不動を揺らす力、ギルは動を鎮める力に長けている。いや、実に面白いものを見させてもらった」
ワイアットは満足気にうんうんと頷く。
生徒達は初めて目にした貴重な地の魔力に、一斉に拍手を送った。
昼になり、他の生徒が練習場や小屋の掃除に取り組む中、炊事係は昼食作りに入る。
ユリナも無理をしないということを条件に、仕事を許可された。
野菜を切るユリナの横で、ギルバートが鼻に小麦粉を付けながら、慣れない手つきで懸命にパン生地を捏ねている。
何とも言えない公爵家の令息の姿に、ふわっと愛しさが込み上げる。ユリナは思わずハンカチを出して彼の鼻を拭いてしまった。……パチリと目が合い、気まずくなる。
そうだわ。私、さっき彼と……
思わず、形の良い薄い唇に目がいってしまう。
温かくてとても優しいあの感触。今度は確かに夢じゃなかった。
「……身体は辛くないですか?」
「はい……ありがとうございました。ちゃんとお礼も言わずに申し訳ありません」
「構いません。私は魔力を使った所で、別に痛くも痒くもありませんので」
嘘……
ギルバートの額に滲んでいた汗を思い出す。あれだけの魔力を抑えたのだから、彼も多少なりとも苦痛を伴った筈だ。
彼らしい物言いに含まれている優しさを、私は子供の頃から知っている。
ユリナは目を伏せた。
彼は……私の恐ろしい魔力を知って、どう思ったのだろうか。別れて良かったと、ほっとしただろうか。
痛みを逃そうと息を吐き出せば、同時に、固い声が鼓膜を叩いた。
「後で……自由時間に少し話せませんか? 貴女に伺いたいことがあるのです」
視線に気付き、再び彼を見れば、真っ直ぐな灰色の瞳とぶつかる。
そこからは何も読み取れなかった。
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