第23話 ~見られたくないの~

 

 ワイアットはあることを確認すると、ギルバートを連れて再びレティシアの居る小屋へと戻る。


「レティシア、具合はどうだい?」

 ワイアットの声に、レティシアは手でさっと頬を隠す。


「ギルバートを連れて来たんだ。地の魔力で少し症状を抑えられないかと思ってね」

「……どうぞ」


 扉を開けた瞬間、ワイアットは小屋の中に残る、ある魔力の気配に気付く。


「レティシア、傷を見せなさい」


 黙ったまま下を向くレティシアに、再度厳しい声で言う。

「手を取りなさい」

 仕方なく下ろした彼女の手の下は、元通り綺麗な頬に戻っている。


「……ユリナか?」


 レティシアは何も答えない。


「もう一度訊く。ユリナの魔力か?」

「……分かりません。勝手に手をかざして、何処かへ出て行きました」


 ワイアットの顔色が変わる。


「ユリナの様子は?」

「さあ……気味の悪い瞳をしていましたけど」


 レティシアのその一言で、ワイアットは全てを悟った。


「ユリナの魔力とは……? 何のことですか?」

 ワイアットの表情から、ただならぬ何かを感じたギルバートが尋ねる。


「ああ……そうか。君は知らなかったな」



 小屋の外へ出たワイアットは、ギルバートへ向かい合う。

 ユリナの魔力のことは、非常時以外はオーレン皇太子から口止めされているが、まさしく今がその時。彼の魔力を借りる必要性がある為、打ち明ける決意をした。


「ユリナは皇太子妃殿下から、エメラルドの回復魔力を受け継いでいる。死者をも蘇らせる強力な魔力で、普段は身を守る為、耳の呪具で封印されているが……何かをきっかけに力が暴走することがある」


「その場合はどうなるのですか?」


「身体が思うように動かせなくなったり……悪魔に取り込まれ、最悪命を落とすこともある」




 ワイアットからエメラルドの魔力のことを聞いたギルバートは走り出していた。


 何も……何も知らなかった……


 父の言葉を思い出す。


 

『皇女様との婚姻は、並大抵の覚悟では務まらない。心から信頼し、想い合うことが出来なければ、結果的に皇女様を不幸にすることになる』



 あれはそういう意味だったのか?

 俺がユリナの許嫁に選ばれたのは……


 ギルバートは手をぐっと握り加速した。




 その頃コレットも、切羽詰まったワイアットに呼び出されていた。


「コレット、君はユリナの回復魔力について知っているね?」

「……何かあったのですか?」

「ユリナがレティシアの傷の治療をして何処かへ行ってしまった。ギルバートと一緒に探して、見つけたら地の魔力で抑えて欲しい」


 コレットもまた、走り出していた。



 ◇


「皇女様」

 兵が寄って来るも、ユリナは顔を背け答える。


「大丈夫です……少し一人にして下さい」

「ですが」

「お願いします」


 皇女の強い意思表示に兵は引き下がり、離れた場所から見守る。



 誰にも見られたくない……


 ユリナは湖の畔から移動すると、一本の木の根元へ来た。

 登りやすそうな木。手が動かせたら隠れられるのにな……


 諦めて、幹にぐったりと凭れかかる。

 ふと視界に入ったのは、瑞々しい草の中に転がる、先の尖った木の枝。

 これに目を刺せば、一生楽になれるのだろうか……

 誰かを犠牲にすることも、得体の知れない何かに怯えることもなく。



 ◇


 ユリナはこういう時、一体何処へ行くだろう。

 この鬱蒼とした山の中……


 ギルバートは幼い日の記憶を手繰り寄せる。

 あれはまだ出会って間もない頃────ユリナが家へ来た時のことだった。



『ギル様、かくれんぼしませんか?』

『本を読んでいるのでやりません』

『そうですか……』


 相手は皇女なので、自分より年下でもそう無下には出来ない。ため息を吐きながら、次のページを捲る。


『読み終わったら探しに行くので、適当に隠れていて下さい』

『はい! では隠れて待っていますね。探しに来てね』


 にこにこ笑うと、そのまま何処かへ走って行った。

 子供だな……勝手にやってろ。

 俺はそのまま本へ意識を戻した。


 日が沈みかけた頃、母が部屋へやって来る。


『ギル、皇女様は?』


 そういえば……あれから、あのうるさいのを見ていない。


『何処かへ隠れると言っていましたが』

『どのくらい前ですか?』

『確かおやつの後ですから……三時間くらい経つでしょうか』


 母の顔が一気に青ざめる。


『皇女様!』

『ユリナ様!』

 使用人や兵を総動員して、広い屋敷と庭中の捜索に当たる。


 本当に人騒がせな……また本を読む時間を邪魔された。


 “探しに来てね”


 ……すぐに行ってやれば良かったのだろうか。

 屋敷の中には大きな池や、深い溝もある。もし……

 俺は本を畳むと庭へ飛び出した。


 背の高い木が並ぶ小道を走っていた時、何やらその内の一本からカサカサと音がする。

 鳥か? ふと見上げて……思わず息を呑む。

 高い木の上……8メートル近くはあるだろうか。そこに、見覚えのある派手なピンクの布があった。

 こくりこくりと不規則に揺れる身体に合わせ、その度に木もゆさゆさと揺れている。


 まさか! あそこで寝ているのか!? 背筋がぞっとする。


『ギル?』


 母が、何かを見上げる俺に気付き駆け寄る。その理由わけに気付くと、ひっと声にならない悲鳴を上げ、慌てて……でも静かに兵を呼んだ。

 なるべく木を揺らさない様に、皇女を起こさない様に、慎重に、慎重に兵が登っていく。小さな身体を捕らえ、無事に下に降りた時には皆が安堵した。


『ユリナちゃん!』

 母の腕の中で、皇女はとぼけた顔で目を開けた。よく見ると、顔には涙の跡が残っている。

 泣いていたのか……

 俺と目が合うと、嬉しそうにふにゃりと笑って言った。


『見つかっちゃった』



 今も何処かで泣いている気がする。

 早く……早く見つけてやりたい。




 さっき小屋で感じた魔力と同じ気配が、辺りに漂い始める。


 見つけた……


 あの時とよく似た木。朝日に光る、派手な銀髪。

 探していた姿は上ではなく、下に居た。

 幹に凭れかかり、何処か一点を見つめている。


 カサリ……


 足音に気付きこちらを見上げる瞳。

 真っ白な顔に浮かび上がるその奇妙な色に、身体中を恐怖が駆け巡った。


「ユリナ……」

 彼女は顔を歪めると、身体を倒しうつ伏せになる。


「ユリナ!」


 慌てて抱き起こした身体の冷たさに、息が止まりそうになる。腕はだらりと垂れ下がり、力が入らない様子だ。


「大丈夫か? 何処か苦しいのか!?」

「何処も……少し休んだら戻りますから。このまま一人にして下さい」


 ユリナは目を固く瞑ったまま答える。


 これがエメラルドの魔力か……

 ワイアット教授の言っていた、呪具らしきピアスがぼんやりと光っている。

 ギルバートは明らかに普通じゃないユリナの全身に手をかざし何かを探っていく。

 魔力の波動が一番強い場所……やはりここか。

 閉じられた瞼の上でピタリと手を止める。


「目を開けて下さい」


 ユリナは首を振り、一層固く目を瞑る。


「楽になりますから……目を開けて下さい」

「嫌です。放っておいて下さい」


 この……!

 焦燥感が募り、強い口調で問う。


「何故ですか!?」

「……見られたくないの。気味が悪いから」


 銀色の睫毛から涙が溢れ、白い頬を伝う。

 彼女の苦しみが、小刻みに震える身体を通して、胸を抉りながら流れ込んできた。


「そうですか……分かりました」



 ギルバートはユリナの身体を草の上に下ろす。安心したのか、瞼がふっと和らいだ次の瞬間。

 彼は小さな身体に覆い被さり、冷たい唇に口づけを落とす。


 驚きにパッと見開いたユリナの瞳に、ギルバートは手をかざし、素早く地の魔力を送り込んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る