第18話 ~政略結婚に愛は要らない~

 

 ギルバートが皇女を抱いて皇室の馬車に乗る姿は多くの生徒に目撃されており、兵の制止を受けなかったことからも、二人は特別な関係なのではという噂が広まった。


 だが、一方で皇女はコレットと、ギルバートはレティシアと親しいことから、そちらが本命ではという噂もまことしやかに囁かれていた。



 ユリナとギルバートは、共存魔術の授業以外では姿すら見ることもないまま数週間が流れ、間もなく前期の長期休暇を迎えようとしていた。


 この日も授業を終え、ユリナはコレットと中庭で復習に励む。


「ユリナは合宿に行く?」

「お父様のお許しが出れば行きたいかな……でも皇女が一緒だとみんな気を遣って楽しめないよね。せめて兵が居なければいいけど、絶対無理だろうし。コレットは?」

「ユリナが行くなら行きたいな。10月にやる実技の練習も出来るし」


 共存魔術の授業では、長期休暇中に、実技の練習を中心に生徒同士の交流を深める合宿が行われる。

 参加は任意だが、高名なワイアット教授が同行することもあり、ほとんどの生徒が楽しみにしていた。


「……よしっ、じゃあ今からお父上にお許しをもらいに行こうか」

「え!?」


 コレットは荷物をまとめると、ユリナの手をぐいぐい引っ張り馬車置き場へ引っ張って行く。


「コレット!?」


 皇室の紋章が光る馬車まで来ると、御者は特に不審がる様子もなく二人を車内へ招き入れる。今日の護衛担当のセノヴァも素知らぬ振りだ。


「コレット、どういうこと?」

「君の家へ着いてからのお楽しみ。さ、とりあえず今日の復習をしようか」


 訳が分からず呆けるユリナを見て、琥珀色の瞳は楽しそうに踊っている。



 屋敷へ向かい、カラカラと軽快に回り出す車輪。

 ────手を繋いで馬車に乗り込む二人の姿を、灰色の瞳がじっと見つめていたことなど、知る由もなく。




 屋敷に着くと使用人達がずらっと表に待機しており、馬車から降りるコレットに深々と礼をする。


 どうなっているの……?


 広間に入ると、そこには父と母……皇太子夫妻が立っていた。


「ルブラン卿、我が屋敷へようこそ」

 オーレン皇太子の歓迎の言葉に、コレットは丁寧な礼をする。

「皇太子殿下、並びに妃殿下には初めてお目にかかります。ルブラン公爵嫡男、コレット・ベリンガムと申します。本日はお招きいただきましたこと、大変光栄に存じます」


「あの……お父様?」

 状況を飲み込めないユリナが尋ねると、オーレンはくすりと笑う。


「悪かったね。ユリナには内緒にして驚かせようと思ったんだ。実はベリンガム家とは少し前から手紙をやり取りしていて、今日はルブラン卿を屋敷へ招待していたんだよ。祖母上の生家の方に、是非お会いしたくてね」

「そうだったのですか……」


 ちらりとコレットを見ると、悪戯っぽい目をこちらに向けている。




 コレットの朗らかな性格故だろうか。何故か緊張するユリナを余所に、応接室は和やかな雰囲気に包まれていた。

 ユリナとの出会いや普段の関わり、ベリンガム家の家族の話など。皇太子夫妻の問いに、一つ一つ明るく丁寧に答えていく中で、さりげない心配りも忘れない。


 藍色の瞳の奥で彼の人となりを判断したオーレンは、ボイから一通の書類を受け取った。


「ユリナ、実は今日、此処にコレットを呼んだのは理由がある」


 そう言うと、先程の書類をユリナに差し出し反応を待つ。


「お父様……! これは、どういうことですか!?」


 予想通りの反応にオーレンは頷くと、ユリナを落ち着かせる為に、低い声でゆっくりと話し出す。


「君はこの前、自分は生涯誰とも結婚しないと言ったね? 誰も巻き込みたくないと」

「はい、その通りです。私の為に、誰かを危険に曝すことなど出来ません」

「……ならば政略結婚はどうだろう」

「政略……結婚?」

「我が家は、生涯傍で君の身を守ってくれる貴重な地の魔力が欲しい。そしてベリンガム家は、君の風の魔力を欲しているのだ。代々伝わる魔力が途切れてしまうのを、大変危惧されていてね」


 ユリナはコレットの言葉を思い出す。



『兄弟もいないし、このまま風の魔力が途絶えてしまうと思うと……』



「地の魔力だけではない。ベリンガム家はサレジア王家の血を分けた家柄で、貴族界での地位も権力もある。シェリナ……お母様の時は、黒魔術を使ったのが皇妃だった為危険を避けられなかったが、ベリンガム家程の家柄なら外部からはそうそう手出しが出来ない。君はベリンガム家の血を引く皇女だし、降嫁した際は、必ず大切にすると約束してくれた。……どうだろうか?」


 ユリナは少し考えた後、静かに口を開いた。


「コレットと二人で話をさせて下さい」


 ベリンガム家との将来を約束する書類。まだ両家の署名が空欄のそれに、ユリナはぐっと力を込めた。




 二人が中庭へ出た頃には、紫色の夕靄が草木や花を染めていた。

 コレットは澄んだ空気を吸い込みながら、うーんと伸びをする。


「綺麗な庭だね。両殿下も素晴らしい方で……ユリナがいい子に育った理由が分かったよ」


 微笑むコレットにユリナがすかさず問い掛ける。


「……コレットもあの話を知っていたの?」

「勿論。というか、最初からそのつもりで君に近付いたんだ」

「え……?」


「前にも言ったけど、僕の代で風の魔力が途絶えることに、ずっと罪悪感を抱いていてね。ベリンガム家の血を引く皇女が風の魔力を持っていることを知って、君に近付いたんだ。何とか政略結婚に持ち込めれば……と。エメラルドの回復魔力のことは知らなかったけど、こちらにとっては逆に都合が良かった」


 コレットは戸惑うユリナを、真剣な顔で見下ろす。


「誤解されない様にきちんと言っておくね。僕は君を愛していない。もちろん友人として、人間としては大好きだよ。血の繋がりからくる情もある。でもそれは恋愛感情ではない。……君もそうだよね?」


 奥まで探ろうとする視線から、ユリナは目を伏せる。


「僕は君の命を生涯守る。君は子供を産み風の魔力を残す。双方にメリットのある契約として考えればいい。貴族の結婚なんて大体そんなものだし」

「……もし子供が出来なかったら?」

「その時はその時。ベリンガム家もそこまでの運命だったんだよ。でも、君のことは必ず生涯大切にすると誓うよ。我が家は決して、皇族に嘘は吐かない」


 コレットは再び明るく笑うと言った。

「ご両親を安心させてあげることが出来ると思うよ」

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