第11話 ~私は災い~
誰も居ない空き教室に入ると、ユリナは兵に外で待つ様指示を出し、扉を閉める。
「やはり……そのようなお姿を見ると、貴女様が皇女殿下であられることを再認識させられますわ。普段は、ごくごく普通のお嬢様に見えるものですから」
レティシアから放たれる棘を含んだ言葉に、ユリナは戸惑う。
「……お話というのは?」
「ああ、魔力のことです」
「魔力?」
「ええ、個人的に興味がありましたの。皇室と魔力との奇妙な関わりに」
「……どのようなことでしょうか?」
「ねえ、皇女様はエメラルドの回復魔力をご存知?」
「エメラルド……? 普通の回復魔力とは異なるのですか?」
「ええ、全く。神の領域に近い回復魔力です。代々ヨラム伯爵家の一部の女児に受け継がれてきた魔力ですが……本当にご存知ありませんか?」
「ヨラム伯爵……」
シェリナの母方の祖母……つまりユリナにとっては母方の曾祖母が、ヨラム伯爵家の令嬢だったという話は聞いたことがある。
「本家は途絶え、平民に嫁いだ娘の子孫が今は皇室にいらっしゃるとか」
……母と自分のことを言っているのだろう。平民の血が混ざっていることをどこか見下したその口調に、ユリナは不快感を覚える。だが皇女として、表に出さぬ様必死に努めた。
「ヨラム家の女児は皆エメラルド色の瞳をしているのですが、稀に黒い瞳の女児がいるそうです。何故だと思います?」
鮮やかな紫色の瞳が、ユリナの黒い瞳をぐっと覗き込む。
「……魔力が弱いからですか?」
「いいえ、その逆です。強すぎる為、災いをもたらさぬ様封印されているのです」
「封印……」
「ああ、そうそう」
レティシアはニヤリと笑いながら、ユリナの銀髪を耳に掛ける。
「こんな風に、アクセサリーなど常に身に着けられる呪具で封印するのですよ。決して外れない様にね」
ユリナは咄嗟に耳朶のピアスを手で覆う。
「災いとは……どのような、エメラルドの回復魔力とは」
「……どんなに強い回復魔力を持っていたとしても、生死に直接作用する治療はご法度。死ぬ運命の者を無理やり生かしたり、また、その逆も然り。これは皇女様もご存知ですわよね?」
「はい」
「エメラルドの回復魔力は……」
レティシアは小声でユリナの耳元に囁く。
「死者をも蘇らせるのです。……そう、朽ち果てた人骨からでもね」
ユリナの身体がカタカタと震え出す。
「それは……そんなことをしたら」
「ええ。禁断の黒魔術になります。この魔力を持つ者は、悪魔に利用され取り込まれることが多く……自身はもちろん、周りにも災いをもたらす恐れがある為、封印されるのです」
ふと脳裏に浮かぶのは、母シェリナの黒い瞳。
昔、彼女は言った。
『私の回復魔力は消えてしまったの。貴女もきっとそうね』
震え続けるユリナを見てふっと笑うと、レティシアは話を続ける。
「皇女様がお生まれになる前に、皇室に起きた黒魔術の事件をご存知? 皇妃様が黒魔術を使って、実の息子……当時の皇太子殿下を殺めてしまった悲惨な事件を」
皇妃が黒魔術を使い、当時の皇太子と共に命を落としたということと、その事件を機に、父オーレンが皇太子に即位したという漠然とした知識しかない。
「その黒魔術に利用されたのが、貴女のお母様の魔力だったとしたら……貴女はどう思う? 黒魔術を使ったのは皇妃様だとして、そもそも貴女のお母様が居なければ、災いは起きなかったとも考えられない?」
ユリナははっと顔を上げると、強い目でレティシアを見据えた。
「貴女は一体何を仰りたいのですか? 何の為に私にこの様な話を?」
「へえ……そういう皇女らしいお
レティシアは小馬鹿にした様に笑うと、扇子を取り出し優雅に扇ぎ始めた。
「単刀直入に言います。ギルバート様を解放して欲しいの」
「……え?」
「貴女方、許嫁なのでしょう?」
「何故それを」
レティシアはかかったとばかりにクッと笑う。
「やはり……皇女方は許嫁同士なのね」
気付いた時には遅く、ユリナは自分の浅はかさにきゅっと唇を結ぶ。
「私は好奇心が旺盛なの。魔力のことは、単なる興味本位で色々調べただけ。彼と貴女とのことは……単なる憶測に過ぎなかったけど、たった今、貴女が教えてくれたわ」
「……レティシア嬢。貴女の意図は分かりかねますが、今までの言動は、シェリナ皇太子妃や皇室に対する不敬とみなしても宜しいでしょうか?」
「不敬? 私は親切心でご忠告申し上げてますのに」
「親切?」
「何故ギルバート様が貴女の許嫁に選ばれたのか……彼の魔力の性質を考えれば、流石に貴女でもお分かりになるのではなくて?」
ギル様の魔力は────地の魔力。
『……君達の相性が良いと考えたからだよ』
父の言葉が頭を過る。
そんな……私の為に、それだけの為にギル様を……
「もしエメラルドの魔力を持つ危険な貴女と、ギルバート様が結婚されたらどうなります? 貴女だけでなく、彼まで悪魔に取り込まれるかもしれないのよ。最悪命を落とすことも……」
ユリナの顔が蒼白になる。
「現に貴女のお父様や周りの方だって、災いと共に暮らしているようなものでしょう」
「災い……」
「そうそう、ヨラム家のご先祖について、もう少し調べましたらね……」
レティシアはユリナの片目を指差して楽しそうに笑う。
「悪魔に取り込まれない様に、自分で片目を突いて、魔力を封印した人もいるらしいですわよ。呪具よりも、一番安全で完全な方法ですもの」
レティシアと別れたユリナは、残りの授業には出ず、その足で真っ直ぐ屋敷へと戻る。
「ユリナ様! 随分お早いお戻りで……お顔のお色が優れませんが、ご気分でも?」
「いいえ、大丈夫です。お父様とお母様はどちらに?」
「執務室でお茶を飲んでいらっしゃると思いますが……」
無表情のまま早足で執務室へ向かうユリナの様子に、ユニの胸に嫌な予感が込み上げた。
「皇女殿下がお見えです」
こんな時間に?
オーレンとシェリナは顔を見合わせるも、現れた娘の白い顔を見るなり、ただならぬ様子に気付く。
「ユリナ、何があった?」
「……お父様、お母様。私にエメラルドの魔力について教えて頂けませんか?」
「ユリナ」
「死者を蘇らせる魔力なのですか? 私にその魔力があるのですか? これで封印されているのですか?」
矢継ぎ早に言うと、髪を上げ、エメラルド色のピアスが輝く耳朶を引っ張る。
「私は……悪魔を呼ぶ災いなのですか!?」
シェリナの手からはいつの間にかカップが落ち、絨毯にじわじわとシミを作っていった。
両親から聞かされた内容は、レティシアから聞かされたものとほぼ同じだった。
新たに知ったことは、皇妃様の黒魔術により母が命を落としかけ、封印の呪具と父のおかげで助かったこと。
そして、その時にエメラルドの魔力を全て失ったことだ。
「……ギルバート様は地の魔力をお持ちだから、私の許嫁に選ばれたのですよね?」
「ああ、そうだ」
地の魔力とは、動を鎮め、不動を揺らす力で、主に精神や魔力のコントロールに使われることが多い。
万一ユリナの魔力が暴走した時に、この魔力で抑え、危険から守ることが出来る。
「私は、私はギル様を巻き込みたくありません。ギル様だけでなく、誰も……自分の身は自分で守ります。たとえこの目を突いてでも」
「ユリナ!!」
シェリナが叫び、泣き崩れる。
「私は生涯誰とも結婚しません。許嫁は解消します」
ユリナが出て行った執務室に、側近のボイ、護衛のセノヴァ、侍女頭のユニ、そして今日ユリナの護衛に当たった兵二名が呼ばれた。
床に崩れたまま、虚ろな目で涙を流し続けるシェリナの肩を、オーレンが抱き寄せる。
「……ユリナに魔力のことを伝えたのは誰だ?」
オーレンの怒気をはらんだ静かな声に、兵が震える。
「……ある女生徒とお部屋に二人きりになり……お話を終えられてから、皇女殿下のご様子がおかしくなられました」
「ボイ……直ちにその者を調べろ。家族、親戚、些細な繋がりまで、全て」
「畏まりました」
理知的で冴えているが、その奥に情の深さや温かさを隠しきれないオーレンの藍色の瞳。
それが今は、ただ猛烈な怒りに燃えていた。
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