第6話 ~うるさい声~
「料理長さん」
小さな皇女が黒い瞳を輝かせながら、キッチンにひょっこりと顔を出す。
「ユリナ様、どうされましたか?」
「お願いがあるのだけど……これから毎週水曜日だけ、お弁当を一人分多く作ってもらえませんか?」
「それは構いませんが……何故ですか?」
「友人がお昼に勉強を教えてくれるの。お礼にと思って……男の人だから、私達のより少し量を多めでお願いしたいのですが」
男の人……料理長は一瞬難しい顔をするも、まあ何かあれば護衛兵から殿下に報告が行くだろうと思い直す。
皇女様は元々社交的な方で、中等部の頃から男女問わずご学友が沢山おられる訳だし。
「畏まりました。水曜日ですね?」
「そう、水曜日。私も早起きしてお手伝いしますね。どうもありがとう」
ほっと愛らしい笑みを浮かべると、皇女様は風の様な速さでキッチンを出て行った。
次の水曜日、ユリナは二人分のお弁当を手にし、共存魔術の教室へと向かった。後ろの席には、既にコレットが教科書を読みながら待っている。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって」
「全然、少し前に来たところ」
「はい、これコレットの分のお弁当」
「ありがとう」
「そういえば好き嫌いを何も聞いてなくて……食べられない物があったらごめんなさいね」
「特に何もないよ。食べることが大好きで」
「そうなの? 良かった」
篭の中には、色とりどりのサンドイッチや、チキンが入っている。
「わあ、すごく美味しそうだね。特にこのフルーツサンド、見た目もすごく綺麗だ」
「嬉しい! それ、私が作ったの。父と母が昔お世話になった宿の女将さん直伝でね。クリームがとても美味しいの」
「皇女様が料理するの?」
コレットが驚いた顔で言う。
「母もお料理が好きで、よく料理長さんとみんなで一緒に作るのよ」
「皇太子妃殿下も……すごく素敵だね」
「ええ。自慢の家族なの」
嬉しそうに笑うユリナに、コレットの顔も自然と綻んだ。
「じゃあ、いただきます」
「どうぞ」
コレットは綺麗な所作でフルーツサンドを口にする。
「……美味しい!」
緊張に見開いていた大きな黒い瞳が、ほっと緩んだ。
「本当?」
「うん! クリームが絶品だね。甘いものが好きで今まで色々なケーキを食べたけど、こんなに美味しいクリームは初めてだよ」
「ありがとう。褒めてもらえて嬉しいな。泡立て方にコツがあるのよ」
「へえ、どうやるの?」
「あのね……」
◇
ギルバートは騒がしい場所を好まない。昼はいつも食堂ではなく、木陰のベンチや人の少ない空き教室を一人で利用していた。
今日もパンを手に空き教室へと向かう。それはこの後受ける予定の共存魔術の教室。校舎の5階端にあり、人が来ないだろうと予想して向かう。
……が、そこには先客がいた。銀髪の皇女と、焦げ茶の髪の男。
確か先週の授業の後に、皇女に何か話し掛けていた奴か。
出て行こうとしたが、二人と目が合ってしまい、いつもの様にすっと逸らしてそのまま一番前に座った。
袋からパンを取り出し、本を開くも……
小鳥みたいな甲高い声、低い耳障りな男の声。何が面白いのか……静かな教室に何度も響く笑い声。
うるさい、うるさい、うるさい!
ガタン!!
ギルバートは勢いよく立ち上がると、鞄に食べかけのパンと本を突っ込み、教室を出て行った。
◇
あっ……ギル様が教室に入って来る。
灰色の瞳がいつもの様に逸らされると、一番前の席に座った。袋から何かを取り出し、口にしている。
ギル様もお昼かな? フルーツサンド……なんて食べないよね。ギル様は甘いもの嫌いだもん。卵サンドはもう食べちゃったしな。
「……それでね」
コレットの声にはっとし、ユリナは慌てて耳を傾ける。
彼の話はとても面白い。首都で流行っていることや皇法学園のこと、御家族の話など。
彼が幼い頃、厳しい家庭教師の先生から逃げる為に、勉強道具を全部担いで屋根に登った話には思わず吹き出してしまった。
「私も悪戯して怒られそうになった時、よく木に登ったの」
「皇女様が!?」
「でも、お父様は背が高いからすぐに見つかってしまって。普段からどの木が見つかりにくいか、探しながら歩いていたんだけど」
ユリナの話にコレットも声を上げて笑う。
ガタン!!
突然ギルバートが大きな音を立てて立ち上がり、教室を出ていく。
「……感じ悪いな」
眉を潜めて言うコレット。
「うるさかったのかも……」
哀しげに顔を歪めるユリナを、コレットはじっと見つめていた。
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