第5話 ~希望の光は遠い親戚~
やったあ! 読みが当たったわ!
これから毎週ギル様を見られるなんて……
ギル様の灰色の瞳が一瞬こちらを向き、ぱちりと目が合った気がする……が、すぐにふいと逸らされた……気もした。彼はそのまま一番前の席にすっと座る。
はあ……
生徒が着席し少し経つと、ワイアット教授が教室へ入ってきた。一つに束ねた細くサラサラした長髪と、知的だが温かい、眼鏡の奥の細い目が特徴的な紳士だ。
……先生、相変わらずお若いわ。
彼は元々首都の皇法学園に在籍していた優秀な教師であり研究者だが、父オーレンと共にこの学園の創立に携わってからは、此処でずっと教鞭を執っている。何度か屋敷に訪ねて来たこともあり、ユリナとも顔見知りだ。
ワイアットは後方のユリナに気付き一瞬驚いた顔をするも、すぐに微笑んだ。
授業が終わる頃にはさっきまでの興奮は何処へやら。皇女の品位も忘れ、ユリナは教科書にがっくりと顔を埋めた。
なんで私、こんな難しい授業を選んじゃったんだろう……とても単位を取れる気がしない。
「……ユリナ・バロン皇女殿下」
顔を上げると、見知らぬ男性が前に立っていた。焦茶のふわふわの髪に琥珀色のくりっとした円らな目。背は高いが、まるで子犬を思わせる雰囲気だ。
「はじめまして。私は魔術科三年のコレット・ベリンガムと申します。同じ授業を受けますので、ご挨拶をさせていただきたく参りました」
「ユリナ・バロンと申します。こちらこそよろしくお願い致します」
ユリナが差し出した手を、コレットと名乗る男性はにっこり笑いながら取った。
「少しお話させていただきたいのですが、お隣に失礼しても宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
コレットは品の良い仕草で、彼女の隣に腰掛ける。
「入学式でお顔を拝見した時から、ずっとお話させていただきたかったのです。壇上でのご挨拶、非常に素晴らしく感銘を受けました」
「いえ……今振り返りますと、至らなかった点が沢山ございまして」
「そのようなことはございません。皇女様のお気持ちや、お人柄が真っ直ぐ伝わる素晴らしいご挨拶でした」
「ありがとうございます……」
にこにこと好意的だが、自分の深い部分にまで手を伸ばす様な琥珀色の視線に、ユリナは少したじろいだ。
「実は私は皇女様の遠い親戚なのですよ」
「親戚……?」
彼の苗字を思い出す。『ベリンガム』 ……あっ!
「曾お祖母様の?」
「はい。私は先帝妃様の親戚なのです」
「そうでしたか」
「家は首都にありまして、昨年までは皇法学園に通っていました。どうしてもこちらの学園で学びたく今年度から寮に入り編入したのです。ですから三年とはいえ私も新入生と同じです」
「曾お祖母様のご親戚の方とご一緒出来るなんて、とても嬉しいです」
「私もです。きっとご縁だと思いますので、お友達になっていただけませんか? お互い何か困った時は助け合いましょう」
「はい、よろしくお願い致します」
ユリナの緊張がほぐれていく。
「早速ですが……学園ではユリナ様とお呼びしても宜しいでしょうか? もう友人ですので、敬語もなしで」
「はい、私もその方が嬉しいです。後輩ですし、“様“ も要りませんよ。私もコレット様とお呼びして宜しいでしょうか?」
「はい、もちろんです。先輩ですが新入生の様なものですし、私も “様“ は要りませんよ」
二人はくすくす笑い合った。
「では……ユリナ。授業はどうだった?」
「……さっぱり解らなかったわ。どうしよう」
「さすがワイアット先生。かなりレベルの高い授業だったね。一~二年の必修科目の魔術史や魔術論が基礎にないと意味が解らないだろうし、三年でも成績上位組向けの難易度だったよ」
「はあ……」
コレットの言葉に打ちのめされ、ユリナは再び教科書に沈んだ。
「なんでまだ一年生なのにこれを選んだの?」
それは……
「共存魔術に……興味があったから。でも、きっと単位は無理そうだわ。今更変更出来ないし」
「うーん……じゃあ、僕が勉強を手伝おうか?この授業の前はお昼だから、お弁当でも持って予習して。授業の後も僕は空いているから復習も出来るけど……ユリナは?」
「私も……空いているわ! 一緒に帰る友達が6限まで授業だから、待っている間丁度暇だったの」
「良かった。じゃあ予習復習両方出来るね」
「ありがとう……本当にいいの?」
「もちろん。僕もユリナと一緒に授業受けたいし」
ユリナはコレットの手を両手でがしっと掴むと、呆気に取られる彼を余所にブンブンと振った。
「ありがとう! 本当にありがとう!! お礼にコレットの分もお弁当持って来るわ」
光が見えた気がした。
折角教えてもらうんだもの……単位を落とさない様頑張ろう。
◇
教室へ入ると、ひそひそ囁く声がする。
『皇女様だ』
『一年なのにすごいな』
ふと目をやると、派手な銀髪が後ろの方に座っている。
何故この授業を……? まあ、自分には関係ないが。
さっと視線を逸らし、一番前の席に座った。
流石、サレジア国随一の魔術研究者とも言われるワイアット氏の授業。共存魔術についての文献は大方読み漁ったつもりでいたが、新たな知識や見解に触れることが出来た。
俺は満足して教科書を片付けると、ちらりと後ろへ目をやった。見慣れない男が皇女の前に立ち、何やら話し掛けている。
……またか。何だか分からないモヤっとしたものが込み上げるも、次の授業の為さっさと教室を後にした。
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