第5話 黄金の虎

 意外に急ぐ旅らしく、盛将軍はほぼ馬車を停めてくれなかった。

 停めてくれたのは空燕が、「いい加減馬車を停めてください!漏れます。本当に漏れます!」と叫んだ二回のみで、昼飯さえ馬車の中に用意されていた。


 そんなに時間がないなら、なぜ妓楼に?すっきりした空燕は怒りを覚えた。

 だから、馬車を降りたら相手が将軍だろうが、若造に一言物申してやろうと思っていたのだ。思っていたのだが……。


「何この高級宿」

 馬車が停まったのは、その町一番の高級宿で。

「何この部屋」

 空燕が通されたのは、その宿一番の部屋で。

「何この食事!」

 卓に用意されたのは、山河の珍味とこの地方の銘酒だった。空燕の怒りはあっさり吹き飛んだ。


 妓楼に繰り出す盛将軍を見送り、宿で一人酒池肉林を楽しんだ。

 そして、いい気分でいつも通り愛剣の『真叶シェンエイ』を胸に抱き、豪華な臥牀ねどこに横になり目を閉じた。


 酷く重い。凄い重い何かに踏み潰されている。

苦しい。しかしその重い何かは、ふさふさして、温かい。いや、むしろ熱い。


『ちょっと、早く起きなさいよ』


 物凄い良い低音がどこかのあねさんみたいな言葉遣いで言う。何か良く分からなかったふさふさした温かい重みが像を結んだ。……全身もじゃもじゃの親爺だった。


「ギャ~ッ!!」


 空燕は叫びながら目覚めた。しかし、胸の上に何か重い物が乗っていて、首より下を動かせない。


『何よ。いきなり、煩いわね!』


 聞き覚えのある良い低音に目を向ければ、空燕の上に居たのは黄金の虎だった。

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