赤いかんざし

神楽堂

京の都へ

「京の都に行ってくる」


俺はいつものように、売り物のかんざしや髪飾りを行李こうりに入れ、背負った。

都に住む貴族の女性たちを相手に、装飾品を売るのが俺の仕事だ。


与吉よきちさん、気をつけて」


妻のサトが見送ってくれる。

しかし、今回はどことなく様子がおかしかった。


「どうした、サト」


「なんだか、与吉さんにはもう会えなくなるような気がして……」


「サトらしくないな。いつもの行商だよ。髪飾りを全部売ったらまた帰ってくる」


俺はそう言って、サトを抱きしめる。

しかし、実のところ俺自身も、今回の行商に得体の知れない不安を感じていた。

それはなぜなのか、俺には分からなかった。


俺は笠をかぶり、あごの紐を締めた。


「また、会えるよ。心配するな」


「……うん」


心配そうにうつむくサトの様子に、やはり違和感を覚える。


これまでに、京の都への行商は何度も行ってきた。

今回もきっと、大丈夫だろう。

俺はそう言い聞かせ、旅立った。


山道を歩いていると、左の茂みからなにやら物音が聞こえてきた。

俺は身構える。



バサッ!



飛び出してきたのは、イタチだった。


イタチは俺の方を見向きもせずに道を横切ると、右の茂みの中へと消えていった。


「イタチの道切り……か」


同じ道を二度と通らないと言い伝えられているイタチ。

イタチの道切りは、音信不通となる凶兆として忌み嫌われている。

もう、サトには会えないのか?

いや、そんなものは迷信だ。


「京に行くには、この道しかない……」


俺は歩みを続けた。


休憩しようと切り株に腰を下ろしていると、俺と同じように行李こうりを背負った男がやってきた。

身なりから察するに、同業者だろう。

男は声をかけてきた。


「やあ、どちらまで?」


「京の都に行くところです」


「そうですか。私も京に帰るのですよ。旅は道連れ、世は情け。このあたりは山賊も出てきますし、一緒に行きましょう」


男の名は藤次郎とうじろう

京に住む着物の行商人であった。

藤次郎は、地方ですでに着物を売り終え、京の家に帰るところであった。


俺と藤次郎は、京に向かって一緒に歩き始めた。

売るものは違っていても、同じ行商人だ。

お互いの商売の苦労話で盛り上がり、あっという間に意気投合した。


「こんなものを売っているんですよ」


俺は背中の行李を下ろして、中から一つ、かんざしを取り出した。

あれ? このかんざしは……



この赤いかんざしは、サトがいつも付けているものだった。

これは売り物ではない。

なぜ行李に入っているのだろう。


かんざしには、手紙が添えられていた。


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