海底の静けさの中で

○六金物マルロクかなもの、6機、取り付け完了しました!」


軍港で作業員が報告する。

○六金物とは、帝国海軍が開発した新兵器の暗号名だ。機密保持のためにこう呼んでいる。

新兵器というと、何か画期的なものなのかと思われるかも知れない。

しかし、実態は……


私が乗る潜水艦の甲板上に6機、巨大な魚雷のようなものが装着された。

これが新兵器だ。


普通の魚雷であれば、発射したらそのまま直進していく。

撃つ方向を誤ったり、敵艦が回避行動をしたりすることで、魚雷は外れてしまうことも多い。


しかし、この魚雷には操縦席があり、潜望鏡も付いている。

小さな潜水艦というわけだ。


潜水艦から発射した後、その魚雷の中に入っている搭乗員が、潜望鏡を見ながら操縦していく。

敵が回避行動をとったとしても、操縦することで進行方向を変えて敵艦の方へと向かい、体当たりする。



和幸くんは質問した。


「魚雷の中に入っている人はどうなるの? 命中する前に脱出するの?」


「入ったままだよ。魚雷と一緒にそのまま爆発する」


「じゃあ、死ぬってこと?」


「そうだよ。これをって言うんだ」


この新兵器の名前は「回天かいてん」。


「天を回らし戦局を逆転させる」という意味を込めて名付けられた。

魚雷に人間が乗り込み、操縦してそのまま敵艦に体当たりする。

搭乗員の命は失われる、いわゆる特攻兵器である。


特攻隊というと、飛行機で敵艦に体当りするイメージがあるが、このように水中での体当たりによる特攻も行われていたのだった。

搭乗員は、海軍航空隊の予科練から募集された。

予科練といえば七つボタンの軍服が有名で、少年たちの憧れの存在であった。


この特攻に、2000名の若者たちが応募し、100名が選抜された。

彼らは新兵器についての詳細を聞かされておらず、着任してから初めて、飛行機による特攻ではなく、人間が搭乗する魚雷による特攻だと聞かされた。


私は潜水艦に回天を6機搭載し、出港した。

潜水艦の乗組員は94人。これに、回天の搭乗員と整備員が加わる。


出港後、私は乗組員たちに今回の目的地を告げた。


「我々は、フィリピンとマリアナ諸島(グアム島などがある場所)を結ぶ海域にて、敵輸送船への攻撃を行う」


回天の搭乗員6名は、死ぬためにこの潜水艦に同乗している。

出撃したら最期、生きては帰れない。

彼らは自分の命を犠牲にして、国を護ろうとしている。


私が出撃命令を出した時、それが彼らの死ぬ時となる。


我々は、パラオ島付近の海域まで到達した。


「敵艦発見、駆逐艦1、輸送船1」


私は命じた。


「魚雷戦用意! 並びに、回天戦用意!」


回天に搭乗員が乗り込んだのを確認し、艦を急速潜航させる。

敵艦までの距離を計算する。

離れているため、ここから魚雷を撃っても当たることはないだろう。

私は回天を出撃させることにした。


「これより、回天による攻撃を行う。1番挺、2番挺、出撃!」


回天は本艦から離れ、敵艦に向かって海中を進んでいく。


飛行機の発進であれば帽子を振って見送ることができるが、回天の場合はそうはいかない。

潜水艦の乗組員たちは、見えない回天に向かって敬礼を行った。

彼らはもう、帰ってくることはない……



数分後、通信員が爆発音を聴取する。

私は潜望鏡で確認したが、敵艦の炎上は確認できなかった。

回天は敵に攻撃されたか、あるいは、自爆したのであろう。



こうして、回天の搭乗員2名の命が失われた。


和幸くんは私の話を、神妙な表情で聞き入っていた。


「特攻の出撃命令を出すのって、つらいね……」


「そうだよ。私が命令を出せば、さっきまで一緒に潜水艦に乗っていた仲間が死ぬんだ」


「……人が乗って体当りする魚雷の名前って、回天って言うんだよね?」


「ああ、そうだよ」


和幸くんは、何か考えていた。

そして、おもむろに口を開いた。


「……明日さ、俺の友達を呼んでくるから、その回天の話、その子にも聞かせてくれないかな?」


「ああ、いいよ。和幸くん、友達いるんじゃないか」


「あはは。秘密にしていたんだけどね」


和幸くんにもお友達がいると聞いて、私は安心した。


そして、翌日、和幸くんはかわいい女の子を連れて神社にやってきた。

セーラー服を着たその子は、私に丁寧に挨拶をすると、次のように言った。


「はじめまして。回天のお話、ぜひ聞かせてください」


「若い女の子が、こんな話を聞いてもショックを受けるだけだと思うよ」


「いいえ、ぜひ聞かせてください!」


私は、和幸くんにこんなにもかわいいお友達がいることを嬉しく思うと同時に、なぜこの子は戦争の話を聞きたがるのだろう、という疑問も沸いてきた。


その目は興味本位というより、なにかの事情があって知りたがっているようにも見えた。


私は、二人に話を聞かせた。

境内の静けさの中で、私の声だけが響いていた。


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