91.決死の戦い! 伝説の魔獣《キュマイラ・Ⅳ》 対 おっさん冒険者&最強冒険者パーティ!!!!②


 リアルド教師の魔術――《白銀》の魔術が散らした、輝く銀の欠片が雷電を誘引する様を見るなり同時に、シドは前へと飛び出していた。


 頭上にあの護りがある限り、電撃に打たれることは考えなくていい。

 であるならば、この護りがあるうちに――あの幻想獣キュマイラが次の攻撃に移る前に前衛がその至近へ肉薄し、幻想獣キュマイラの動きを掣肘せいちゅうし、後背の味方を護らなければいけない。


 おとぎ話が語るところによれば――獅子と竜と山羊の頭を持ち、蛇の頭をした尾を生やすといういにしえの幻想獣キュマイラは、火を吐き雷を落とし、鱗と毛皮で身を護る魔獣なのだと伝えられている。

 そのおとぎ話のとおりに、山羊の角は雷を落とした。ならば残る獅子と竜の頭のどちらかが火の吐息ブレスを繰り出してくる。その蓋然性は十分に高い。


「――――――っ!」


 魔法による二重の縛鎖をいとも容易く引きちぎった魔獣、その三対の目が、肉薄するシドの姿を捉えた。

 そのひとつ――獅子の頭を見据え、シドは両手で握った両手剣ツヴァイハンダーを真っ向から振り下ろす。


 がつん――!


 刀身と獅子頭の額が激突し、重い衝撃がてのひらへと返る。


 やはり、斬れない。腕の力で押し戻す勢いを使って後方に退くシドを追い、幻想獣キュマイラの獅子頭が、かっとそのあぎとを剥く。


 武骨な短刀を思わせる、牙の群れ。

 シドは、着地するのとほぼ同時に、その肉を噛み千切らんとする肉食獣の牙――その僅かに奥、唇に隠された歯茎を狙って、横薙ぎに斬りつける。


 ぎゃん、と唸るような苦悶を上げ、幻想獣キュマイラが僅かに退いた。

 降り抜いた刀身には、赤黒い血が付着していた。


(――


 幻想獣キュマイラは傷つけられた怒りをぶつけるように、丸太のような前腕を振るう。

 さすがにその腕は、まともに受ければ膂力の差で叩き伏せられる。後方に跳躍して逃れながら、シドは手ごたえを感じていた。

 僅かな傷だ。しかし、


(口の中は、斬れた――剣が弾かれたのは、歯茎の中に埋まった歯の部分に当たったからだ。こちらの武器が、まったく通用しない訳じゃない)


 であるならば、退けられる目はゼロではない。

 横合いから伸びた竜の首と、続けざまに振るわれたもう一方の前腕を紙一重でいなしながら、間合いを詰めるタイミングを計る。


 『勝てる』とは思わない。

 だが、傷を負わせることができるのなら――退けられる目は、あるかもしれない。


 地を蹴って、低く飛び込む。切っ先が床を擦るほどに深く低く、這うように滑らせた両手剣で切り上げる。

 幻想獣キュマイラが翳した右前腕の爪とがっちり噛み合い、火花が散る。

 無論、そのまままともに受け続けてしまえば重量の差であっという間に潰される。魔獣の巨躯は、それ自体が強力な武器だ。

 シドは即座に刀身を滑らせ、前腕を上げたことでぽっかりと空白ができた、幻想獣キュマイラの身体の下へと飛び込んだ。


 狙いは腹。胴の構造が獅子と同じなら、肋骨の防御がない腹部は他の個所より軟い、他の生き物と同様の急所であるはずだ。


 ――だが。

 シドが腹部を狙って斬り上げるよりも先に、幻想獣キュマイラの身体が跳躍した。中空で身をひねり、振り仰ぐシドと正面から相対する。

 獅子の口が、かっと大きくそのあぎとを開く。

 そして、


 ――咆哮。


 叩きつけるような暴風が唸りを上げて押し寄せる。シドは間一髪その場で床に伏せ、叩きつけるようにして吹き降ろす風の圧に潰されないよう、身体を硬くする。


「ぐ、あ……!」


 それでもなお、風の圧でみしみしと骨が軋む。全身から響くその音を、シドは頭蓋の奥に聞いたように思った。


(フィオレの魔術を相殺したのは、これか……っ!)


 ――気流のブレス

 至近距離であれば森妖精エルフの精霊魔術すら打ち払うほどの、圧倒的な暴風の壁。


 風が止む。きぃんとする耳鳴りでふらつく頭を叱咤して、よろめきながらも立ち上がった時。早々に体勢を立て直した幻想獣キュマイラは、シドの間近まで肉薄していた。



「どぉうらあぁあぁぁぁぁ!!」


「――っつああぁぁ!」



 そこへ。横合いから飛び込んできた二つの人影が、それぞれの得物を幻想獣キュマイラの胴へと叩き込む。

 どの程度のダメージがあったかは分からない。だが、その衝撃で僅かに魔獣の巨体が揺らいだ。

 振り下ろされた爪が引き裂く軌道から、シドは身をねじって逃れる。その勢いで床へと飛び込み、転がって体勢を立て直す。


 その時になってようやく、戦場に飛び込んできた二人の姿をはっきり視界に捉え――シドは息を呑んで呻いた。


「ユーグ・フェット――それに、ロキオム・デンドラン!? きみたち、何て無茶を!」


「うるせぇうるせぇクソが! オレだってやりたかねえぜ、こんな真似はよぉ!!」


「だったら――!」


「『だったら』も何もない。どうあれその無茶へ真っ先に飛び込んだ奴に、忠告がましく言われる筋なぞあるまいさ」


 ロキオムが喚き、ユーグはシドの反駁を軽く鼻で笑った。


 人数が増えたのを見て取ってか、幻想獣キュマイラは僅かに身を沈め、警戒を露わにシド達と対峙する。


「ちっくしょお、マジで刃が通らねぇのかよ……まるでハガネの柱でもぶん殴ったみてぇな硬さだったぞ」


「そう捨てたもんでもないぜ。少しは傷をつけられた」


 リーダーの一言に、ロキオムはぐっと言葉を飲んで呻く。

 パーティメンバーの分かりやすい反応に、ユーグは失笑を堪え損ねたようだったが、


「なに、通らないなら通す必要はないさ。まとわりついて時間を稼げば十分だ」


 そう言ったユーグは、視線を幻想獣キュマイラへ向けたまま、今度は後方へ向けて声を荒げた。


「ジェンセン、ルネ、お前達も前に出て牽制しろ! ケイシーはそこから魔法で援護! 味方には当てるなよ!!」


「なっ……」


 リーダーからの指示に、それまで完全に固まっていた《ヒョルの長靴》の冒険者達がぎょっと竦む。


「お、おおオレにまで戦えってのかよ、ユーグ! そのバケモノと!? オレは斥候スカウトなんだぞ!!」


「走り回ってこいつの目を引けばそれでいい。どのみちこの状況じゃあ、俺もお前も等しく魔獣の標的だ!」


 一切の仮借かしゃくなき現実の提示に、ジェンセンはみるみる青褪めた。


「何だよそりゃ……何だって、こんなことに……!」


「冒険者ってのはそういう商売だろう? いいから俺の指示に従え、無駄死にしたくないならな!」


 言い放ち、自らは幻想獣キュマイラへと切り込むユーグ。

 シドとロキオムは左右へ散開し、魔獣の注意を三方へと散らす。


 鬱陶しく、虫のようにまとわりつく冒険者達に――幻想獣キュマイラは苛立ちを露わに、身も竦むような激しい咆哮を上げた。


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