36.よその土地ではこれまでの常識が通用するとは限らない。そう、強く肝に銘じておくべきであるということ


 《諸王立冒険者連盟機構》オルランド支部は、『支部』などと呼ぶのが憚られるほどの、石造り四階建ての立派な建屋であった。

 精緻なレリーフを施した石造りの壁は瀟洒で、スレート屋根の装飾も美しい。町の酒場とあんまり区別がつかないミッドレイ支部の建屋を思うと、その荘厳さ、雄大さ、何より歴史の重さは、比べるべくもなかった。


 事実としてこのオルランド支部は、《冒険者の天地》多島海アースシーに冠たる《諸王立冒険者連盟機構》盟主国・ルクテシアが擁するクレシー総本部、自由商業都市メルビルにその居を構える大陸本部の二大拠点と並ぶ、連盟の中枢である。


 広々とした一階の受付も行き交う冒険者と職員で満ちて、カウンターで手続きをする者から処理待ちでベンチに腰を下ろした者、休憩スペースを兼ねているらしい一角でテーブルを囲んで依頼の話をする者、あるいは談笑している者まで多種多様であった。


「ふえー……」


 ――そんなオルランド支部の建屋で呆けたようにあたりを見渡すシドの姿は、分かりやすく物慣れない『おのぼりさん』の風情であった。


 ともあれ、だとしても一人で呆けていたところで何にもならない。

 きょろきょろと左右を見回しながら話をできそうな職員を探していたシドは、ばたばたと走ってきた冒険者と早速ぶつかってしまった。


「っぇなぁ! ちゃんと周り見て歩けよ、おっさん!」


「ああ、すみません。ぼうっとしてて」


 怒鳴り散らす若い冒険者に、シドは手刀を切って詫びる。

 実のところ周りをよく見ていなかったのは「お互い様」だったのだが、そんなことにまで頭の回るシドではない。むしろ、支部の盛況ぶりに呑まれてぼんやりしていた自分に恥じ入る思いで、肩を縮めていた。

 しかし――


(これ全部、この街の冒険者か……)


 身にまとう空気で、一目でそうと知れる冒険者達。ざっと見渡した限りだけでも、ゆうに三桁までのぼるのではないだろうか――この時点で既にミッドレイの比ではないが、もちろんここにいるだけがすべての筈もない。

 このすべてが《箱舟アーク》探索に挑むのではないとしても、この何割かは間違いなく《箱舟アーク》探索へ臨み、それ以外の冒険者もいずれはその列に加わらんと野心と希望を燃やしているに違いないのだ。


(俺……ものすごく場違いなのでは……?)


 今になって、そんな怯みで気圧されそうになる。

 だが――いや、そうではない。そうではないはずだ。そりゃあ、こちとら風采の上がらないおっさん冒険者ではあるけれど、だからといって今からオルランドの冒険者として《遺跡》探索に挑む権利がないなどということはない。ないはずだ。


 己を奮い立たせ、シドは高く天井を仰ぐ。

 よし、と一声自分に発破をかけると、シドはちょうどその場を通りかかった職員に声をかけた。


「あの」


「はい」


 当地なりのアレンジと思しき意匠が入ってはいたが、シドもこれまで方々でよく見てきた、青と白をその基調とする《諸王立冒険者連盟機構》女子職員の制服姿である。

 内向きのシャギーが入ったショートの銀髪。澄んだ水晶色の瞳。

 桜色の唇を柔らかく緩めてなお、氷のような硬質さが前に立つ――そうした類の美女だった。


 ――否。彼女はむしろ、『美少女』と呼ぶべきかもしれない。

 完成された美貌にどこか幼さを引きずったその面差しは、ターニャやミリー、サティアといった、少女達の年頃を想起させるものだったからだ。


「どうかされましたか? 御用件を伺わせてください」


「え? あ――」


 完全に呆けて――傍から見れば、まるで少女の美貌に見とれてでもいたような自分の有様に思い至り、シドは慌てた。


「その、お忙しいところすみません。実は、オルランドの冒険者として登録をお願いしたいのですが――所属支部の変更登録については、どちらの窓口へ伺えばよろしいでしょうか」


「変更登録」


 じっとシドの目を見上げながら。少女は鸚鵡返しにひとりごちた。


了解しましたアイ・コピー。その御用件でしたら、専用の窓口は当支部にはございません。書類をお持ちしますので、記入と受付のため当職員へのご同行を願います」


「お手数かけます……まあ、そうですよね。はい」


 《諸王立冒険者連盟機構》に身を置く冒険者は、特定の支部へその籍を置く。

 それは即ち当該冒険者の身元を保証するものであり、その実力と実績を担保する確認先であり、また緊急時ないし何らかの事態がその身に起きた際の最終連絡先ともなる。


 基本的に、冒険者が籍を置くのは自身の出生地に最も近い支部だ。単純な利便性の問題である。

 所属から遠く離れた土地で継続的に活動する際、手続きの円滑化や公共サービス受給の簡便化を求めて当地の支部へと籍を移すこともあるが、これはさほど一般的なものではない。

 より一般的な用法は――何らかの理由で過去の支部に身を置けなくなった冒険者が、新天地を求めて籍を移すというものだ。到底褒められたものではない。


 先を行く少女の後に続いて、シドは支部の奥へ向かう。

 足元で軽やかに裾を揺らすスカートの動きをついうっかり目で追いそうなって、何となしに周囲へ視線を走らせる。


「やはり、お忙しそうですね。こちらの支部は」


「はい。ですが、冒険者の皆様を支援し、このオルランドにおける飽くなき探索に寄与するのが、わたしのようなスタッフの職責でありますから」


「ありがたいことです。つまり、だからこそ……なのでしょうか。あなたのような人形ドール――《機甲人形オートマタ》が、こうして職員として勤めていらっしゃるのは」


 不意に。

 少女はぴたりと脚を止め、シドへ振り返った。


「――冒険者様。なにゆえ当機わたしが、《機甲人形オートマタ》であると?」


「あ……それは、いえ。あの」


 水晶色の瞳にじっと見上げられ、シドは狼狽する。

 雑談のつもりで、まずいところに触れてしまっただろうか。


「なんというか……雰囲気で」


 ――機甲人形オートマタ


 《人形ドール》と総称される、魔術を以て稼働する人形の一種である。

 その中でも『自らの意思と判断を以て主人へ奉仕する』べく造られるものを《自動人形パペット》。逆に、主からの使令を以てその命に伏する人形を《使令人形ゴーレム》と呼称する。


 機甲人形オートマタは前者の発展形であるとされる。さる北辺の皇国でのみ製造されるというその人形は、さながら人間そのもののような姿かたちでもって、主たる人間に奉仕するのだというが。


当機わたしを一目で《機甲人形オートマタ》と看破したのは、冒険者様あなたを含めてこれまで四名です。当機わたしのインターフェースは容易に《人形ドール》のそれと看破可能なものに非ずと、当機は自負しておりますが」


「……クロンツァルトの方で冒険していた時に、あなたのような《機甲人形オートマタ》に会ったことがあるんです。それで」


「それは」


 人形の少女は、僅かにその美貌を翳らせたようだった。


了解しましたアイ・コピー――あまり、友好的な出会い遭遇ではなかったことと存じます」


「ええ……まあ、はい」


 曖昧に頷くシド。

 対する少女は面を上げ、きっぱりと言った。


「ですが、当機わたしは紛れなく本支部の職員として専心するものです。その忠実に疑いをさしはさむことなく、当機わたしの職務に信頼をいただけますよう、お願いを申し上げたく」


「あ、それはもちろん。お世話になります」


了解しましたアイ・コピー。感謝いたします――では、あらためてこちらへ」


 ――と。先導しかけて。ふと彼女は、別の事に思い至ったようだった。


「冒険者様。先に一点、確認を」


「? 何ですか」


 問い返すシド。少女はシドと向かい合い、静かに、



「――宿の登録は、もうお済みでしょうか」



 ………………………。


「えっ?」


 なんですか、それ。

 ぜんぜん知らないやつですけど。

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