その6 挨拶草。

甘い水の悲劇の翌日、我々は海へと向かった。


イケモトから聞いた話では、有翼人はこの世界には昔から居るらしい。

私の知る世界の常識から考えると、ありえない。

まず飛べるってのがおかしいし、進化の過程がなんちゃらかんちゃら...あー、とにかくありえない、色々と!



イケ:「はるかの世界には存在しないって事は、記録に無いだけで元々は異世界から召喚されたのかもしれないね。」



きっとそうだと思う。

私の世界では、あれがあんな飛び方できるはずがないし。



イケ:「飛ぶのに魔力を使ってるんだよ。」



そうだよねえ、じゃないと説明付かないよね。

うん、で、魔力の説明は...おっと、私の頭では理解できないかも。



新井:「銀総書司も有翼人なの?」


イケ:「あ、それはね...」



新聞記事で読んで、気になっていたネタだ。

ここで質問するタイミングが来た。


イケモト曰く、銀総書司は、有翼人ではないらしい。

彼が空を飛んだ際の力は、国の魔術師達に依るものだそうな。

銀総書司は、落下した際に自身の魔力を使ったはずだ、という。


そうでなければ生き残れないから...。


それがどんな魔法なのかはわからないみたいで、国家機密であろうと予想されている。

私も魔法を使ってみたい。

空を飛ぼうとは思わないけどね。



目的地に到着した。

駐車場からは、林に阻まれて海が見えない。

車から降りて、海岸へと向かう。


林の切れ目、草と草の間に、砂浜へと続く道がある。

その道を、2人で歩く。


私の腰には、コルセット...ではなく、浮き輪。

何を隠そう、私は泳げないのだ。

泳げたとしても、浮き輪はアリだと思う。

私にとってはそれ以前の問題で、必須アイテムだ。


浮き輪があってもなお怖い。

海は見るものであって、泳ぐものではない、私の中では。


だから私は、水着を持って来ていない。

昨日、イケモトが「海に行こうか。」と言うのに、賛成したら、「水着買おうよ。」となったのだけれど、私はそれは拒絶した。

泳ぐ気はさらさら無いのだけれど、「念のために」「安心だから」という理由で、浮き輪を装着している。




??:「こんにちは!」




不意に、背後から声がした。

嫌な予感しかしない。


恐る恐る、振り返る。

しかし、私の視界には、両脇に草の生い茂る、我々が通った道と空間しかなかった。



??:「こんにちは!」



やはり声が聞こえる。

今度は背後ではなく、足の方から。



新井:「イケちゃん、今、『こんにちは』って言った?」


イケ:「ん?言ってないよ。」


新井:「聞こえもしなかった?」


イケ:「あ~、それはもしかしたら、挨拶草あいさつそうかもしれない。」



イケモトによると、挨拶草という植物があるらしい。

葉の擦れる音が、「こんにちは」と言っているように聞こえるとか。


へえ~、なんだ、そうか~。

それにしてはハッキリと聞こえたなあ。



イケ:「この辺は、挨拶草が紛れて生えてるんじゃないかな。」



ふむー。

私には人の声と区別が付かない。

ちょっとビビッてしまうな。


なーんて、思ったその時...



ピタッ!



眼鏡のレンズに、虫が貼り付いた。



新井:「ひいぃいいいいいいい!!」



慌てて眼鏡を外し、ブンブン振る。

虫はあっさり飛んで行った。


驚いたイケモトが、こっちを振り返る。



イケ:「何があった!?大丈夫!?」



ふぅ...。



新井:「だいじょうぶ。」



そう答えて、眼鏡を再びかけようとした。



「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」

「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」

「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」

「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」

「こんにちは」「こんにちは」「こんにちは」

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