その7 YOMELU!

足下から、無数の「こんにちは」が聞こえる。



新井:「ひぃいいいいい!!」



再びビビッた私は、眼鏡をかけて、イケモトの腕にしがみ付く。



イケ:「どうしたの?」


新井:「凄い数の『こんにちは』が聞こえた。」


イケ:「ええ!?そんなに!?ビビるぐらい?」


新井:「ビビるわあんなん。」



腕にしがみ付いてからは、「こんにちは」の数が一気に減った。

何だったんだろうか、今の。



新井:「声が減った。気持ち悪いから早く行こう。」



イケモトは難しい顔をしている。

何か考えているようだ。

すぐには結論が出なかったのか、私の右手を握り、無言のまま、早足で海岸へ向かった。




ブワッ




林を抜けると、少し強めの海風が顔を撫でた。

「海ッスよ」という感じの臭いがする。


視界の左右には砂浜が大きく広がっている。

風は強いのに、波は穏やかだ。



イケ:「よっしゃ、入ろうか!」


新井:「あ、どうぞ、どうぞ。」



イケモトは口ではそう言ったけれど、私を1人にして泳ごうとはしなかった。


海岸線を2人で歩く。

水に触れたくなって、サンダルを履いた足で波を蹴ったりした。


砂遊びもした。

私が作ったトンネルは、完成した直後、波に呑まれて崩壊した。



イケ:「写真撮ろうか。」



ふふふふ...。


若い頃、こんなデートしたっけなあ...






1回も




した事ねえや





オイィイイイイイ!!


人生初だぞ!!

ここで人生初が来たぞ!!


31年目だよ!

長かった、本当に長かったよ!

1回ぐらい、こんな風にキャッキャウフフしてみたかったんだよ!

現世ではもう無えや、って諦めてたよ!


...現世?


あ、異世界だから、現世とは違うか、いや...。

まあ、いいや。



イケモトが左手でスマートフォンを持ち、2人でピースしながら撮った。



イケ:「そうだ、はるかのスマートフォン、こっちで使えるやつ買わないとね。」


新井:「そだねー。私、こっちで使えるお金持ってないけどねー。」


イケ:「それは拙者がなんとかするでござる。」



なんとかしてくれるでござるか。

とはいえ、甘えっぱなしってのも不安なんだよな。

ある程度、経済面で自立する努力はした方がいい気がしてる。



イケ:「あと1枚、はるかが眼鏡外した顔の写真撮りたい。」



私はそのリクエストにお応えして、眼鏡を外した。

さっきと同じように、ピースした2人の写真を撮った。

ニヒヒヒ、なんて、ちょっと気持ち悪いニヤケ方をしながら、イケモトの顔を見た。



「最高だ。」

「幸せ。」

「愛してる。」

「今すぐ結婚したい。」

「口元にニキビがある。」



ん?


イケモトと目が合った瞬間、イケモトの思考らしきものが、私の脳内に流れ込んできた。

一度目を閉じて、もう一度イケモトの顔を見る。



「可愛い。」

「これ、キスしてもいいかな?」

「キスしたい。めっちゃしたい。」

「してもいいでしょ。っていうかする。」

「いや待て、ニキビに注意だ。」



間違い無い。

イケモトの思考だ。

ニキビ気にし過ぎやろ、おまえ。



新井:「ふふふ...あははははは...。」



そうか、そうなんだ。


私はこの世界では、裸眼でイケモトと目を合わせれば、思考が読めるんだ。

イケモト以外にも通じるのかな?

ある程度距離が近くないとダメだろうな。


突然笑い出した私に、イケモトは面食らっている。

目を合わせなくても、「え?これどうしよう?キスは?次に俺はどう動くべき?」と、戸惑っているのだろうとわかる。



最初に出会ってから今の今まで、間抜けにも恥をさらしまくり、お世話になりっぱなし、良い所なんて何一つ見せてない私を、そんな風に想ってくれているなんて...。

凄く嬉しい。

そんな事もあるんだ...ありえるんだ...。



新井:「イケちゃん。」


イケ:「ん?」


新井:「私、イケちゃんの嫁になる。宿屋の嫁、やらせてよ。」

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