その6 転心。

「あ˝あ˝あ˝あ˝が が が が が が」


震えとともに、変な声が漏れる。

得体の知れない恐ろしさを感じた。

その震えが、腰の痛みを刺激してさらに声が漏れた。



イケ:「大丈夫!大丈夫ですよ!」



イケモトが背中をさすりながら声をかけてくれる。

震えは止まらない。

けれど、私の思考は、身体の反応とは逆方向へ進んでいた。



ここが本当に異世界なら...



むしろ好都合。



もちろん、適応するのは大変だと思う。

でもね、元居た世界で不幸の塊だった私をリセットできるなら、頑張れる気がする。


殆ど構ってくれないまま亡くなった父、母から受けた虐待、そして残った障害...。

結婚生活で「役立たず」の烙印を押され、切り捨てるように離婚された過去。

淡々と時間を費やすだけのつまらない仕事...。


そんな惨めな私を知る人が居ない世界...。

辛く苦しい思い出なんか、あっちに置き去りにすればいい。

ここに居る私には、未来しかない!



「ふふふ...ふふ...」



まだ震えは止まらない。

だけど、なんだか笑えてきた。


イケモトは黙って私の背中をさすってくれている。



新井:「イケモトさん、私は元の世界に戻れますか?」


イケ:「申し訳ありません...。」



そうか...。

そうなのか...。



イケ:「元の世界に、あなたを召喚する人が居ればあるいは...」


新井:「そんな人は居ないですね。」


イケ:「....」


新井:「なんとなく、わかってきました。でもまだ、実感がありません。」


イケ:「そうでしょうね...。」



ここが異世界だとしても、元居た世界とほぼ同じなのは間違い無い。

何が大きく違うのか、そこが気になった。

そしてふと、思い出した。



新井:「あの、木が喋るのは、この世界では当たり前ですか?」


イケ:「ああ、あの林一帯が、全て今給黎いまぎいれさんなのです。」


新井:「イマギーレサン?」


イケ:「他の木は喋れませんよ。今給黎さんは、私の曽祖父のおじいさんが召喚したんです。別世界から来た生物なのです。」


新井:「あれも!?」



恐ろしくやべー奴等だな召喚士って。

人間以外も転移できるのか。

いやまあそうか、んー、知らんけど。


震えが収まった。

そして私の気持ちも、前を向いた。



新井:「イケモトさん、私が動けるようになったら、色んな場所に連れて行ってもらえますか?」


イケ:「はい!もちろん。」


新井:「色んな事を教えてください。」


イケ:「わかりました。」



私が事態を受け入れたのでホッとしたのか、イケモトの声が明るくなった。

それが気になり、体勢を変えて彼の顔を見た。


穏やかな笑みを浮かべていた。

改めて、「この人イケメンだよな」と思った。


よく見たら、イケモトの顔の左側に、擦り剥いた傷がある。

よく見なくても目に入ってたはずなんだけど...。



新井:「顔の傷、すいません。」


イケ:「恥ずかしいです(笑)。転ぶとは思ってませんでした。」



自分もいきなり転んだしなあ...。

あ...それ以前に、魔法陣で段差ダンサーしてたの見られてる...。


思い出したら、クッソ恥ずかしくなった。

掛布団を引っ張り、顔の上まで持って来て隠れた。

そうしておいて、掛布団の横の隙間から...



新井:「今から、ちょっと、1人にしてもらえますか...?」



と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る