#6 脚本係って脚本だけじゃないんすよ。
ある日。7月も終わりを迎え始め、更に夏のてかてかと照っている太陽の光が灼熱地獄を生み出して人々に汗水を垂らさせている。他のクラスからも劇の脚本の噂も聞くような時期になってきた。
でも僕らのクラスの脚本係はもう既に脚本を完成させた。他のクラスはまだまだ、何なら最初決めた案がポシャってネタに走ったはいいものの、結局台本を作るところで随分と困っている様子のクラスもあった。
前、僕やとうふ、みかん、おはぎと一緒に他のクラスに凸って敵情視察しにいったところ、黒板のスクリーンに何やら戦国時代の殿様の絵を写してケラケラ笑いながらシナリオを考えていて、とても楽しそうだと思ったこともある。
「【僕】いやー脚本完成したなあ」
雑談グループと化したその脚本係の集まりにひとり僕はボソッと呟いた。
「【みかん】あい?」
「【僕】僕って脚本書いたじゃないですか」
「【みかん】うんうん」
「【僕】それでもう脚本は修正のみ。僕の役目は終了しました」
「【みかん】君は手が器用だから道具係も手伝ってくれるよね!」
「【僕】え?」
「【みかん】ありがとう、お疲れ様。そしてこれからもよろしく」
「【おはぎ】演出みたいなこともやってね。あ、監督か」
「【僕】したほうがいい?」
「【おはぎ】もちろん。道具をちょくちょく手伝いに来てもらって、演技も見てもらおうと思います」
「【僕】みかんがいるから道具は大丈夫」
「【おはぎ】みかんさん?がんばってください」
「【僕】任せた!」
「【みかん】任せるつもりが押し付けられた。まあ、あんまり脚本手伝ってないし道具は頑張るつもり」
こうは言うものの、やはり僕は去年の文化祭のように道具作りのための道具係として派遣されるだろう。恐らくそのうち文化祭当日に配布されるパンフレットに掲載されるPRの絵を書くことになるはずだ。
今年はそれに加えて脚本の修正、演技の確認、演出のアイデア出し……当初台本案を書き始めた時は脚本完成させたら後は楽になると安易な予想をしていた。
だが、いざやってみるとそんなことは絶対になかった。
ある日の地理の授業の時、僕は驚愕したことがある。前方に座って授業を受けていたとうふがノパソを開き、劇のシナリオの場面をわかりやすく棒人間などを描いて表していた。
彼女は特に絵が上手いわけでもないが、でも、単純明快で理解しやすかった。ただ、脚本係として仕事をこなしてくれている反面、授業の時間を割いてまで劇のことを優先することに一抹の罪悪感を抱いた。
『脚本係って脚本だけじゃないんすよ』
いつしか誰かにこんなことを言われた記憶がある。誰かは全く憶えていなくて、どういう成り行きでこの言葉が脳裏に残っているのかは今では検討もつかない。
でも、劇の物語に加え、クラスの劇の準備から本番までの想い出という物語も綴り始めた僕には、その2つの物語を見届ける責任、義務、そして権利があるんだろうと思った。
主人公気取り?もしくは監督気取り?
そうなのかもしれないが、そうだとしてもなお、物語を終わらせることのできる人は、クラスで僕しかいない。
脚本係の主幹として。何があろうとも終止符を打つのは僕だ。それを忘れてはならないと、僕は改めて心の奥に留めておいた。
次の日。刻々と終業式の日が近づき、念願の夏休みが近づいてくる。
放課後僕はさっさと家に帰り、LINEを見てみると、またまた学校をサボったとうふが「学校終わった?」と今日始めてのLINEの文面を送ってきた。暇なのか、と言いたいがとうふはそれなりに忙しいはずなのでこの言葉は心のなかで吐いておいた。
「【僕】終わりましたよ」
「【とうふ】おつかれー。まだ起きてから一度も立ち上がってない」
「【僕】堕落してんなー」
「【とうふ】www」
「【おはぎ】部活まで20分もあって暇だわ」
こっちは、これからこんな気温の中陸上部のマネージャーとして灼熱地獄となった運動場の上で部活動をするらしい。帰宅部の僕にとっては尊敬に値する。もし仮に卓球部にまだ残っていたとしても、やはり外の部活は夏では環境が死んでいるのだろうから、尊敬は免れない。
「【とうふ】あっっっついなか部活かあ」
一応この人も帰宅部である。ベットからは一歩も出てないと推測されるが。
「【僕】君は外に出ましょう」
「【おはぎ】ちゃんと陽の光浴びてる?」
「【とうふ】んーんw」
「【僕】浴びてないやん。君はゾンビにでもなったんか」
「【とうふ】家までお日様持ってきて」
「【おはぎ】あつくて外出たくないからむりー」
とうふはまたまた草を3つ生やしてきた。
このあとどうしようかな、と暇を持て余していると、おはぎから個チャでまた文書みたいなものの写真を送ってきた。文書には小さめの白色の画用紙が添付されている。
これには見覚えがあった。
「【おはぎ】パンフレットの絵お願いしますー」
「【僕】めんどーいいけど。去年も誰かさんに任されました」
「【おはぎ】へーそうなん。経験者で頼もしい」
「【僕】誰かさんとは誰か。自明ですけど、とうふですね」
そう、去年も文化祭でクラス展示をしたとき、幹部だったとうふに同じようなパンフレットの絵を任されたのだ。本当はとうふ本人が描く予定だったらしいのだが、生物の授業の隣に絵描きがいるということでまさに適任のやつを見つけた、と思って僕に一任したらしい。
その選択は間違いではなかったが、そのおかげで準備の際は大変な目に遭った。
おはぎが送信してきた画像をそのままグループに転送してみる。
「【僕】なんか案件きた!」
「【とうふ】すげえ公式文書みたい」
「【僕】おはぎからです。今年もすんのか……」
「【とうふ】やなwww」どうやらとうふも去年のことを覚えているようだ。
「【おはぎ】ふぁいてぃん」なけなしの「頑張れ」をもらった。
地理の授業でとうふが一生懸命描いた場面ごとの登場人物や道具などの外観図を見て、作るべきもの、用意するべきものなどを一回整理した。
①カイ(主人公)のスマホ
②自販機
③ベンチ
④バス停
⑤黒板、教室の机や椅子一式
⑥花火大会のチラシ
⑦提灯
⑧屋台
⑨花火(スクリーンに映す?)
⑩サイカの墓
⑪学校の校門
⑫桜
「【みかん】こうしてみてみると結構作るもの多いなあ。ていうか絵柄かわいい」
「【とうふ】ていうか、盆祭の屋台とかあるところって鳥居近くにあるん」
「【みかん】確かに鳥居からは遠いところでやってるイメージはある」
「【僕】うーん……確かに不自然なのかもしれんけど、盆祭って死者が還ってくる行事やし、鳥居がその境界線の役割をしていると思う。サイカは亡霊として盆祭の途中で出てくるわけやし。だからあったほうが良いのではないかと思います」
「【とうふ】なるほどー」
「【僕】なるほどやろ」
「【おはぎ】アニメでよく鳥居見るから大丈夫だ」
確かに、アニメでも死者が蘇ってくる不思議で神秘的な場所として鳥居は描かれていることが多い。鳥居を登場させることで、その場面の雰囲気を変えることができる。そうすれば、観客側もその雰囲気に大きく飲み込まれることだろう。
そんな事を話したついでに、夏休みも劇の準備をできることになっていたので、どの日に誰が行くかシフトを4人で話し合っていた。
「【みかん】あ、やべ。8/3に急遽予定入りそうだから代わっていただける方いませんか」
一応話の流れでその日にちの担当は決まっていたので、みかんは後出ししてきたことになる。
「【とうふ】でーと?」
「【僕】あーなるほどな」
「【みかん】なんなの君たちは。ていうか否定しとかんとまずいか」
「【とうふ】私もでーと行きたい」
「【僕】いったら」
「【みかん】行きたいとかシランガナ。何が『私も』じゃ」
「【僕】みかん結局いかんのんかい」
「【みかん】草」
「【おはぎ】えーみくもいきたい。みんなででーとせんと」
「【僕】【みかん】……いってらっしゃい」
ここで僕が行きたいとか言い始めると、ドツボにハマることになるので思ったんだとしても口には出さないのが鉄則だ。そんなことは微塵も思っていないが。
なんとなくだが、みかん含めおはぎととうふの扱いに慣れてきたような気がしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます