#5 文化委員の女子が乱入してくる。
劇に登場する主要人物の役が全員決定したので、あとは仮完成させた脚本を更に突き詰めていくだけだ、それで脚本係の仕事はもう終わり、そう思われていた。
僕は閃いたときだけパソコンを開いて脚本を修正していたわけで、あとの休日の時間はのんびりゲームでも工作でもイラスト描きでも何でもして暇を持て余していたのだが、その週の土曜日の晩、またとうふからLINEがやって来た。
「【とうふ】ねー登場人物の名前このままでいくの?」
どうやらナオヤとかスグルとか、そういう安直な名前に不満があるようだ。
「【僕】え?なんかあったっけ。演じる人の名前にするってこと?」
「【とうふ】ナオヤかスグルどっちか二文字にしたい。あいつ(恐らくおからのこと)の下の名前やだ。長い」
「【僕】知るか笑。良いやんけ別にw」
「【とうふ】クラス投票で決定する?……あーでもあれか、女子がりくと(やまいもの下の名前)って呼ばんといけんの抵抗あるかも」
「【みかん】抵抗とかあるんか」
「【とうふ】演技だとしてもみかんって呼ばれるのちょっと嫌悪感無い?」
「【みかん】出演者は抵抗あるかもしれんし、ないかもしれん」
「【僕】ともかくインパクトある名前にしたいんやろ?」
「【とうふ】うん」「【僕】考えてや」「【とうふ】うんw」
しばらく僕も一緒に名前の代替案を考え込んでいると、さっそくとうふが案を出してきた。
「【とうふ】正解の『正』でマサミ、と『解』でカイ。この2人が結ばれる。こういう言葉遊びが裏設定で存在するということにしよう」
「【僕】まさみって……」何を隠そう、マサミは学年主任の数学の先生の名前である。
「【とうふ】あwww」
「【みかん】使いにくいよなあ」
「【とうふ】気づかんかたww」
「【僕】やばいて笑。僕叱られるからそんなことしたら」
「【とうふ】セイナとカイ。狙い過ぎかな」
「【みかん】結構わかりやすくなったな」
「【僕】まあでもいいんちゃう?気に入ったよ」自分で言うのも何だが、まさに鶴の一声。
「【とうふ】おっしゃ」
「【みかん】『こう』を取り入れて後悔とかどうでしょう」
『正解』と『後悔』。主人公が翻弄される象徴的な言葉の2つで、隠し要素としては、あっと言わせるものだと思った。
「【とうふ】コウってちょっと厳しくね?分からんけど」
「【僕】別に僕は良いとは思うよ」
「【とうふ】僕もそう思えてきた」発言の撤回が早すぎる僕っ娘である。
ということで、結果的に主人公ナオヤもといカイ、亡きメグミはコウ、いとこのカオリはセイナに変更された。スグルとアオはそのまんまである。
「【とうふ】ていうかまだ起きてんじゃん」
手元のスマホの左上に表示されている時刻を見れば、既に23時半を過ぎている辺りだった。普段の僕だったらすっかり夢の中に
「【みかん】この時間まで起きてて偉い!」
「【僕】まあそうですけど」
「【とうふ】うんうん!」
「【僕】なんやこのふたり。ふたりとも僕のこと何だと思てるん」
「【とうふ】早寝人」「【みかん】健康優良児」
「【僕】なんだそら」
いやまあ普段の自分を鑑みればそう言われることも無理はないが。
翌週の月曜日。脚本もある程度推敲が完了して脚本係は仕事が無くなったので、脚本係専用グループはもはや雑談をしているだけのコミュニケーションの場としてしか機能していなかった。
完成した脚本を文化委員であるおからに提出し、いつも通りの学校を難なく終わらせて帰宅すると、帰ってから数十分後に突如見覚えのない連絡先から個チャでLINEが来た。
「【?】脚本係のLINEグループってありますか」
そうその人(本当はLINE上の名前が下の名前だったので推測できたが)はおっしゃり、その後に自分がクラスの女子の文化委員である、おはぎ(仮名)と名乗った。なんだろう、劇の脚本のことで用事があるのだろうかと思った。
「【僕】あるよ」
「【おはぎ】はいっていいですか」
「【僕】どうぞー」
ということで、事の顛末を知るためにおはぎを脚本係専用のLINEグループに招待した。
「【僕】おはぎさんグループに入れるわ」
グループに入って早々、彼女は陸上部のマネージャーをしているのだが、まだ学校にいるのだろう、その女子部室で何やら書類の写真を添付すると、
「【おはぎ】今日までにこれ先生に提出しないといけない」
と、まさかまさか今日が提出期限の劇の内容に関する書類を早く完成させないといけないという驚愕の事実を明かされた。僕にはまるで話が行っていない。
とは言うものの、既に題名やら簡単な概要やらはなんとか書かれてあった。
「【僕】やばいやんけww嘘やん。どうすん」
「【おはぎ】今部室で書いてるから追加で書くべきことを教えてほしい」
「【僕】何を書くべきなんか不明」
「【おはぎ】こういう話で、こういう学びがあります的なこと?」
「【とうふ】教育的なことを書けば書くほど点上がりそうやな。ふぁいと」
「【僕】なんかすんません」
「【おはぎ】おはぎはこの劇の学びがわからない」
「【僕】自分の将来は自分だけのものだから、選んだ道を信じていくしかない!……みたいな」
すると、おはぎは「ぴんぽーん」と言って分かっているような分かっていないような絶妙な表情をする正体不明のキャラのスタンプを送ってきた。
「【とうふ】日本人においては、正確な回答のほうが社会において成果を生み出すという価値観があるが本当にそうなのだろうか?的なwww」
「【僕】おおーすごい。そういうことで」
「【おはぎ】素晴らしい」
次に添付された写真には、そっくりそのまま僕やとうふが言ったことをおはぎの字で付け加えられた書類があった。
「【おはぎ】ステージタイトルは『正解。』で間違いないでしょうか」
「【僕】良いと思う」「【とうふ】うん」
「【おはぎ】担任と学年主任に提出してくるわ」
しばらく経って、道具係や音響係などのクラスメイトの役割分担についていろいろ喋っていると、遅れてみかんが介入してきた。
「【みかん】LINE見れなくてすみませーん。おつかさまです!」
「【とうふ】みくちゃん(おはぎの下の名前)おるからっていきなり礼儀正しくて草」
「【おはぎ】みんなしっかり」
「【僕】僕もおはぎから急にLINE来てびっくり」
「【おはぎ】どきどき?」
「【僕】何でだよw」
「【おはぎ】www」「【とうふ】wwwwwww」
どうやらLINEで喋るの初めてな人にもこういうふうにからかわれるらしい。僕はとてもとても不憫なやつだ。
「【とうふ】絡み方私みたいw」
「【僕】やめてくれー3人相手はきつい」
「【みかん】どのメンツでも振り回されるんやないっちゃんは」
「【僕】災難すぎるわー何でなんだろう。おかしい」
僕は今後数ヶ月に渡りこのようなからかわれ方を彼女らにされ続けられるのだが、そのようなことはもはや自明であるのかもしれない。
「【みかん】コウが呼びにくいとの声が多数」
「【僕】あーまじ?そっかーなら代替案考えてや」
「【おはぎ】ちなみに名前になんか意味があるん」
「【とうふ】『セイ(ナ)』『カイ』で正解。『コウ』『カイ』で後悔、です!」
「【僕】そのとおりです」
「【おはぎ】ぎょおおおおお」どんな驚き方なんだ、というかリアクションが大きい。
「【僕】んー……正直何も出んから考えといてくれ。自分は書き直しておく」
とりあえず僕は名前の代替案を3人に丸投げした。
「【おはぎ】なにかい。ほうかい。れいかい」
「【とうふ】崩壊wwwww」「【僕】何だそれw」
「【とうふ】『イセ』『カイ』で異世界」
今度はとうふとおはぎで『カイ』のつく二字熟語出し合い大喜利が始まった。
「【おはぎ】巡回で、じゅんこ」
「【僕】絶対僕怒られるってそんなことしたら」
ちなみに、じゅんこという名前はクラスの副担任の現文と漢文を授業している、御高齢のおばさん先生である。巷では何故か下の名前で呼ばれている。その割には好かれていると言うよりも、若干敬遠されている先生でもある。
「【僕】というかじゅんこも僕が書いた脚本読んだんだよね」
「【おはぎ】うん。でもじゅんこにはなんも言われんかった」
「【みかん】へえなんか意外。国語教師はうるさく言ってくるもんかと思ってた」
「【僕】よな。暗転のこともなんも言われんかったん?」
実は、この学校の文化祭の劇には、暗転の回数が限定されていた。
「【おはぎ】たぶん暗転のこととか考えてない」
「【とうふ】あの人、数数えれんよ」……流石にそこまで老化は進行していないように思うが。あんな授業を展開してはいるが一応先生をしているのだから、まだ大丈夫、なはずだ。
そんなことはさておき、7月に入って、脚本係に新たに1人文化委員の女子という属性を持つメンバーが加わり、脚本係は僕含め合計4人となった。
忘れられているのかもしれないが、男子の文化委員であるおからは高校2年生になった今でもスマホを所持しておらずキッスケータイしか持っていないため、このLINEグループには入っていない。
そもそも、入ったとしても……みたいな感じはしなくはないが。そんな考えは心の隅にしまっておこうと僕はそのときは思ったのだった。
ちなみに、コウの名前の改善案は「カイ」と「サイカ」で『再会』を意味する「サイカ」に決定した。
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