#4 監督とうふによる、オーディション。

 翌日の土曜日。もういつもどおりの習慣と化しつつある脚本の推敲が行き詰まってしまった。気晴らしに、自分の部屋のガラクタ物置からカッティングボードを取り出し、作りかけだったハコスカGT-Rのプラモデルを作っていた。


 一応といっては何だが、手先は器用な方だと思うので、ものづくりは比較的得意な方である。そのせいで去年の文化祭で教室展示を作ったのだが、まあ大変だった記憶が残っている。


 簡単に昼食を済ませ、携帯ゲームを携えてソファでゲームしてくつろいでいると、机に置いてあったスマホがLINEの受信音を軽快に鳴らした。突然の電子音にちょっとビックリした僕は、なんだろうと疑問に思ってスマホを手に取る。


「【とうふ】脚本係がいい。楽そう」(この発言は後になって考えればかなり迂闊だったように思う。本当に楽そうだと思っていないのなら話は別ではあるが)


 役者を決めたあと、その他の道具係や音響、照明、演出などの役割も決めようとしたところで昨日は終わってしまったので、結局何も役割分担できていない状況だった。


「【僕】まあ楽かも知らん」


「【とうふ】脚本係立候補する!勝ち取る!」


「【僕】おお、それはがんばれ。他にもうひとりくらい立候補者いそうやけど」


具体的にそのもうひとりの立候補者というのは、言わずもがな、みかんのことである。


「【とうふ】私を脚本係に推薦してくれてもいいんやで」


「【僕】推薦?」「【とうふ】うん、◯△(僕の姓)が選ぶんじゃね」


「【僕】ええ、めんど」「【とうふ】草」


「【僕】やるなら自分で言いましょう」


「【とうふ】はーい」


 こんな会話をずっと続けていると、みかんもいるはずの脚本係のグループがいつしか僕ととうふの独壇場になって、僕ととうふの吹き出しで溢れかえっていた。


「【僕】いつの間にかここが個チャになってらあ」


「【とうふ】これが通常運転だってみかんは知ってるから大丈夫」


「【みかん】そうやで。君もとうふに振り回されることになる」


「【僕】ええ……」


 みかんがこの土壇場に介入してくると、今度はみかんととうふのトークショーが始まった。僕は置いてけぼりである。この状況からは、みかんの言ったことの信憑性が増したことが察された。なかなかとうふ……だけでなく、みかんもマイペースなひとである。


「【僕】……通常運転が大変だ」


「【とうふ】私いじられてる?」


「【僕】正解です、はい。2人ともに振り回されそうな予感」


「【みかん】一緒にされてるーしんがいー」「【僕】そりゃそうやろ」


 ここでみかんはいつも僕に送ってくるあのうざいスタンプをかましてくる。そのスタンプの絶妙にうざい顔がなんとも言い難い腹立たしさを生む。


「【僕】……やっぱこの2人あかん」


 また別の日には、またまた学校サボって塾に向かって自転車を漕いでいたとうふが、


「【とうふ】今塾向かってるー」と現状報告をしてきたので、思ったことそのまんま、


「【僕】お疲れ様」と言うと、何を思ったのか、こんなことを言ってきた。


「【とうふ】何してたかも知らんのにお疲れ様って言ってくれる◯△くん優しい。惚れちゃう」


 僕はどうやらそういう運命を与えられた人であるそうだ。ここでの運命というのは、人にからかわれてしまう運命である。


「【僕】なんやなんや、どうした?」


「【とうふ】www」また草3つ生やしてきた。


「【みかん】振り回されとるやんやっぱ」「【僕】ですねえー……」


「【みかん】がんば!」「【僕】なんか応援されてるなあ」


 こっちもやりかえしてやろうと、一矢報いようと謎の使命感に満たされた僕は


「【僕】トリセツあります?とうふの」と質問した。


「【みかん】本人が持っとるかも」「【僕】あー、持ってるん?」


「【とうふ】ねえよ」「【僕】ないかあ」「【とうふ】うざい」


 これで使命は果たされた。とうふの「うざい」という言葉を聞けて満足である。


「【みかん】ところでオーディションどうするよ」


 主人公であるナオヤなど男子の役者は立候補者が多かったので、近頃オーディションを行う予定であるのだが、詳細は未だ決定していなかった。


「【とうふ】僕が監督する」突如現れた僕っ娘。


「【僕】か、かんとく」


「【みかん】明日の放課後ちょっくら時間借りてしよう」


「【とうふ】明日言って明日オーディションするん?別に金曜の学活の時間使えばよくね」


「【みかん】確かに。明日言って明日は鬼畜だ」


「【とうふ】鬼みかんだ」(とても美味しそうなみかんだ)


 そうして、オーディションはある特定の場面の主人公のセリフを如何に感情を乗せて、ハリのある声で言えるかどうか審査し、いい人順に登場人物の役者を振り分けるということになった。


「【とうふ】どうしても、おから(男子の文化委員)と、うきふ(仮名)には役者やらせたくないから強行突破する」


「【僕】おいおい職権濫用やんけw捕まっちまう」


「【とうふ】どんまい」


「【僕】あ、僕?」「【とうふ】うん」


「【僕】何故なにゆえに?」


「【とうふ】だって私が捕まっちゃったら寂しすぎて自殺しちゃうでしょ」


「【僕】なんだそらww普通にそうだったら僕ヤバイ奴」


「【とうふ】そんなに愛は深くなかったか」


「【僕】なんやねん愛て」


 この頃こういう手の僕へのからかい方がとうふには多い。みかん曰く、僕はからかい甲斐があるらしい。だとしてもこのからかい方には些かの抵抗感が否めない。


 そんな無駄話はともかく置いておいて、とうふがオーディションの監督をすることになったらしい。そこに関しては別に何も問題はない。


「【僕】ともかくこんな意味不明な会話はさておき、この場面(僕ではなんか腑に落ちないシーンがあった)の編集権限を2人に与えるわ。恐らく2人のほうがいい案出る」


「【とうふ】信頼してくれてるのねうふふ」


「【僕】まあ?……うふふってなんだよ」


 そう僕はとうふにツッコむと、みかんが持ってるようなあのうざいスタンプで「ちくわでかんべん」と返事をしてくる。この2人は付き合ってるのではないかと疑うほどだ。LINEの文面に関しては驚くほど似ているが、実際の性格とかはあんまり似ていない。なんなら対称的だ。


「【みかん】ていうかとうふ、他の2つの台本案読んだ?結構いっちゃんのと競ると思ったんやけど圧勝やったな」


「【僕】確かに、なんでだろう?」わざとわかっていないふりをする。


「【とうふ】へえー多数決やったんや」


「【みかん】うん」


「【とうふ】そーゆーのって雰囲気があるやん。誰かがこれじゃねって言ったらみんなそれじゃね?」


 このとうふの一言を聞いた僕は身震いした。僕が思っていることを見透かされた気分だった。


「【みかん】そんな雰囲気があったかは分からんけど。でも、せっかくなら楽しくやりたいっていう意見も多かったよ。どれもシリアスで感動に繋げる話だったからね」


「【僕】そんなん僕に求めても無理やで」


 僕のひねくれた性格が故に、皆が求めるようなコメディの物語は書けないのは自分自身がいちばん理解しているつもりである。


 確かにエンタメ要素の無い台本案だけしか選べなかったのにも起因するのだろうが、僕の台本案を選んだのだから皆にもそれなりの責任もあるだろう、と勝手ながら思った。


 そんなこともありながら、待ちに待ったオーディションの日。オーディションはとうふがすると決定した翌週の金曜日である。


 事前にオーディションする際に使用する脚本は、とうふが僕の書いた劇の台本から引用して作ってくれたし、クラスの皆で投票する際のフォームも作ってくれた。僕に関しては何もやっていない。見方を変えればサボっていると思われても致し方ない。


 最終的にオーディションは、主人公ナオヤ役がやまいも(仮名)、陽気なスグル役が例のおから、出番が少ししか無い先生役はうきふになった。


 投票数に関してはもう既に役が決まっている人にお願いしたので公平性には欠けていないとは思う。だがとうふの意思に反する結果となった(笑)。

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