#3 採用、果てに脚本係の創生。

 クラスで台本案が審査される日までみかんと一緒に毎晩推敲を繰り返し、気づけば6月も終わりを迎えようとしていた。


 そして待ちに待った、クラスメイトに自分の作った台本案を披露する日が来た。


 その日までにいつの間にかクラスの殆どの人が僕が劇の台本案を執筆していることを、もはや公然の周知とでも言わんばかりに知っていた。恐らくだが、あの男子の文化委員が言いふらしたのだろう。この言い方だと少し語弊があるような気がしてならないが。


 その日の7時間目。この日の最後の授業は、このクラスの劇の台本案を皆で決定する時間に割かれた。台本案は僕のを含め全部で3つ。


 ひとつは、あの謎の図書委員の男子のほうが書いた、人型ロボットとそれを開発した研究員、博士の奇妙な物語。


 もうひとつは、中学生のときに文化祭の劇で見事クラスを優勝に導いた女子が書いた、自信を失った少女が怪しい異世界に彷徨って『自分を信じること』の大切さを解く物語。


 正直どちらも劇にすれば面白そうで、その内容だけ見ればどれが採用されてもおかしくはなかった。どの3つもどこかしらの男子高校生が考えそうなコメディーではなかったが。


 (率直に言えば、僕のクラスは理系で男子が多かったので、男子が考えた僕のものに投票しようみたいな風潮はあったような気がするが。それに関しては台本案を書いてくれた他の2人には申し訳なくて仕方がなかった)


 一応7時間目までに3つの台本案は休み時間等で読むことにはなっていたものの、やはりあまり興味がないのだろうか、全文読まずになんとなく僕のものに投票する、という人も少なからず居たように感じた。


 悪い意味で思った通り、なのだろうか。僕の書いたものがクラスメイトの投票で採用されることになった。やはりそのときは素直に嬉しかったものの、不信感も多からず少なからず心の隅に引っ掛かるような結果になった。これが正しいのかどうかは解らないが、愚直に脚本書こうとしたことを反省した。


 この後、少しこの心の隅に溜まった埃のような気持ちは、箒で取り払われる。


 しかしだが、昨日、もし仮に僕の台本案が採用されたとしても、ひとつ(本当はまだまだ)問題があることを危惧していた。昨日の夜のLINEで、


「【僕】仮に採用されたとして、恋愛系の劇だとどうも役者さんが出てくれるか心配になってくる。ヒロインとそのいとこは、方言混じりだし」と、僕は思ったことをそのままみかんに問うた。


 劇では、メグミとカオリが方言混じりで幼馴染たちと話をする。僕が書いたものだから特有の言い回しもあって、役者にとってはかなり難しい演技をしなければならない。


「【みかん】確かに、若干難易度高めな気はするけど」


「【僕】ま、◯△県人(地方の県)なら、朝飯前だろ」……とは言うものの、心配は拭えない。


「【みかん】多分やけどやりたいって人いると思うよ。だって44人もいるんだし」


「【僕】だといいけどねぇ……」


 だが、そんな心配は打ち砕かれる。


 僕の台本案が採用されたあと、早速5人の登場人物に加え、先生、ナレーションなどの役を決めることになった。僕は当時、教卓の前の一番前の席であったのだが、男子の文化委員が「じゃあ、役者やりたい人ー?」ってクラスの皆に呼びかけたとき、怖くて後ろが一瞬見れなかった。


 が、次の瞬間、案外多くの人が役者やりたいと後ろで手を上げて、立候補してくれた。僕の昨夜の心配はとうに杞憂に終わったらしい。意外にも、劇で役者をやりたいという人は多かった。頼もしい限りだった。


 脚本家ができるのは、極論、良くも悪くもセリフを考えるだけだ。劇のステージの上に立って、その物語のメッセージを直接伝えてくれるのは、役者なのである。


 女子のほうはすぐに役者が決まった。実名を控えれば、亡き幻影のメグミはえのき、いとこのカオリはみずな、毒舌家のアオはまさにイメージにピッタリのえだまめになった(こんなこと本人には口が裂けても言えないが)。ここらへんの役はどのクラスメイトも納得していた。


 問題なのは男子なのである。5、6人役者をしたいという人が出てきてしまったので、とうふの提案によって、脚本の一部のセリフを抜粋して後日オーディションを行うことになった。その立候補者の中には、あの男子の文化委員である、おからも含まれていた。


 ちなみに、ナレーションに関しては実質一択であった。クラスの中に某テレビ放送局主催の放送コンテストアナウンス部門で優秀な成績を残している女子がいたのだ。これに関しては暗黙の了解でその人にしてもらうことになった。ほんと、ありがたかった。


 帰ってから、学校をサボっていたとうふにLINEで無事自分のものが採用されたことを報告すると、よほど暇だったのか数秒で返信が来た。


「【とうふ】採用されたのは聞きました」どうやら他の友人から先に聞いていたらしい。直後に「おめでとう!」と歓喜する女の子のスタンプが送られてきた。


「【僕】なんで、今からさっそく脚本書きます」


「【とうふ】ご苦労さまです」


 ある程度シナリオは完成していたので、劇の脚本にしていくのにそう時間はかからなかった。


 漠然としていたそのセリフ同士が絡まっている1本の紐を解いていって、15分という短い時間でも完結する物語を考えた。セリフだけではない。照明のタイミング、暗転、効果音、道具、いろんなことを考慮しなければならない。


 僕は小説みたいに文体で物語を創造することはできる(そういう自信はある)ものの、僕1人だけの労力と能力では『劇』という、ひとつの文化祭の作品として、客観性を持った万人にも分かりやすい説明書ならぬ脚本は書くことはできない。自分だけの観点ではもはやそれはただの僕の趣味になってしまう。


 やはり、と言っては何だか偉そうに聞こえるが、一緒に脚本を書いてくれる協力者が必要だった。最初っから決まっているようなもんだが。


 ここで遂に『脚本係』が創生される。


 みかんにその旨を伝えると、快く脚本係に加わってくれることを了承してくれた。この言い方だと、とうふは快諾してくれなかったのかと逆説的に尋ねられそうな気がしてならないが、別にそういうことではない。


 僕の頼み方に少し問題があったのだろう。LINEで脚本係に加わって欲しい旨を伝えようとしたのだが。


「【僕】大変恐縮ですが、勝手に脚本係のグループを作らせていただきました。脚本のアドバイスをお願いできますでしょうか」


 改めてこの文面を見れば、これは会社の取引先に送るメールなのかとツッコミを入れられるくらいの敬語っぷりである。


 ただこれは仕方がない。一応僕はお願い事をするのだから下の立場だし、とうふはそれを許諾するかどうか決める上の立場の人だ。そう考えれば敬語なのも納得できるだろう。僕はそう無理矢理に結論付けた。


 それで、返答として来たのは了承代わりの「OK!」という文字を掲げている女の子のスタンプだった。


 この日の夜から、僕とみかんととうふによって脚本係が始動した。僕は脚本係専用のLINEグループを創設し、2人を招待した。それと、書き始めていた脚本のドキュメントも同時に共有しておいた。


「【みかん】もう既に結構進んでますねえ。さっすが」


 すると、また塾からの帰りで自転車を爆走させていたとうふが帰宅途中に


「【とうふ】ごめんあと40分後には見れる」と申し訳無さそうに言ってきた。


「【僕】だいじょーぶ」「【とうふ】えかわいいそれ」


 ただでさえ女子とLINEで話しなんか滅多に(厳密には全く)しなかったのに、そういうことを言われることに免疫などなかったので、僕は内心動揺して誤字ってしまい、『?』と『る』を間違えてしまった。


 その結果、彼女に「【僕】える」と意味不明な文字の羅列を送ってしまった(これがLINEでは普通であると1ヶ月くらい後に気づくのだが)。


「【僕】ごめん間違えた」


「【みかん】とうふの言動は気にしちゃおしまい」……長年の勘による分析なのだろう。多分。


「【とうふ】だってこの人個チャで敬語やってんで」


「【僕】まあまあ」「【とうふ】しばらく発言控えます」「【みかん】笑」


「【僕】まあ、とりあえず終わりまで書いてみる」


 その後は、僕はLINEでやり取りをしながら、パソコンの画面とにらめっこし続け脚本を綴っていった。なんだかこういうことをするのがとても新鮮なようで、いつの日か感じた気持ちに似ているような気がした。


 何時間か黙々と書き続けて、ある程度脚本が形になってきた。2人のアドバイスもあって、今までもやもやしていた劇の概形が浮かび上がってきた。


 誰がどのような雰囲気の場所で何を話し、どういう行動をして、どんな表情をするのか。彼らは、その物語を生きる登場人物として何を考え、最終的に観衆にどういうメッセージを伝えるのか。それなりに頭にイメージとして完成しつつある。


 ある程度区切りをつけて、パソコンの画面を閉じると時刻はゆうに深夜12時を迎えてしまったようだ。


 今日はみかんととうふに終始驚かされたような気がした。普通突然脚本のアドバイスを求められても、普通の人だったらそう簡単に有能なアドバイスや奇抜なアイデアを想起することはできないだろう。


 脚本係が出来てまだ数時間しか経っていないのに、早くも彼ら2人を協力者にして良かったと思う僕であった。

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