#2 新たな助っ人加わる。

 翌日。陽がもう既に高くまで昇って、皮膚にじわりと感じる蒸し暑さ。朝からギャンギャン鳴き声を喚き散らす蝉たちに鬱陶しさを憶えながら、手汗の滲む掌で自転車のハンドルを掴んで大通りを爆走する。


 そういえば、去年はここらへんで後ろから突っ込んできた自転車に巻き込まれて、膝がグロいことになって大変だったなあと思い出す。その時破れた制服のズボンの修繕跡が今もある。もう案外気にしてないし、皮膚の方に傷跡は何一つ残っていない。


 ちなみに、昨日夜遅くまで熟考していた劇の台本案は、完成しなかった。ある程度、起承転結の承の部分までは書いたつもりだが、まだ完全にはまとまりきっていなかった。


 学校では男子の文化委員に「一応書き始めたよー」というと、彼は


「おお!楽しみにしとるからな!俺は他のがどんなのであろうと、いっちゃん(僕のあだ名)の書いたものを推すよ!」


と少々ゲスいことをおっしゃったので、僕は愛想笑いだけしておいた。


 放課後帰ってから、イメージの固まったところだけ完璧に書き終えたあと、僕は台本案を書いておいたドキュメントをみかんと共有した。これで自分が修正したところをリアルタイムで共有した人と確認できるようになった。


 「【僕】途中だけど読んでくれい」


 そうLINEで送信すると、すぐに「読みます」と返事が返ってきた。


 僕が昨晩かけて考えたのち、登場人物の役はクラスメイトの中で誰が適任かどうか、などと話を弾ませながら、みかんと2、3日かけて書き上げた劇の台本案の概要はだいたいこんな感じだ。



 小学校の頃から幼馴染であった4人、主人公のナオヤ、陽気な性格のスグル、朗らかで明るい雰囲気のメグミ、毒舌家のアオは中学も同じで互いに喧嘩もしたが最終的には結局仲良くなっている、そんな関係であった。


 そして、彼らの中学最後の夏のとき。台風の接近が予想されたがなんとか予報がずれて開催された地元の盆祭り。4人は一緒に屋台を巡っていたが、人混みの渦に巻き込まれてナオヤとメグミは他の2人と離れ離れになる。


 そこでメグミは何かを言いかけるものの、花火の爆裂音に声が紛れてしまう。ナオヤは無意識に花火に照らされるメグミの横顔に見惚れながらも、2人で花火を見上げていた。


 しかし、その数日後、遅れて接近してきた台風による大雨で土砂災害が発生し、ナオヤの止める声を聞かず山の麓の家に帰ったメグミは土砂崩れに巻き込まれてしまう。


 スグルからメグミが土砂崩れに巻き込まれたという一報を受けたナオヤはその後、その時できた『正解』を選ばずじまいになったことを後悔し、何もかもに『正解』を求めるようになる。


 翌年、メグミを失った彼らに、メグミのいとこであるカオリが加わり、一緒の高校に通うようになる。


 さらに時が経ち高校3年生になった頃、スグルが授業中に居眠りしてクラスメイトに笑われながら、その授業後にスグルは、3年前台風被害を受けた街の復興により久しぶりに盆祭りが開催されるということで4人を誘う。


 メグミの件もあって行くのを躊躇っていたナオヤだが、カオリがメグミの死後元気がなかったのに久しぶりに嬉しそうな表情だったとスグルに説得され、3年前と同じように盆祭りに行く。


 久しぶりの盆祭りのため賑わう神社の境内でまたナオヤとメグミは他の2人とはぐれてしまう。同じように屋台の味を楽しんで、2人で花火が打ち上がるのを待っていると、爆裂音とともに辺りの雰囲気が冷える。気づけば、浴衣姿のメグミの幻影が隣でスマホを手に持って佇んでいた。


 ナオヤの理解が追いつかず放心状態でいると、メグミの幻影はナオヤの携帯に電話をかける。そこで、メグミは自分のことは放って今いる大切なひとを大切にと伝えて消えてしまう。雰囲気が戻り、ナオヤは気が動転しているもののカオリには平常心を装っていたが、カオリはナオヤの心情を見透かしたのか、それっきり2人の間には距離感ができてしまう。


 卒業式前日。未だに自分の想いに素直になれないナオヤを、スグルとアオは呼び出し、その年の盆祭りのあとメグミの墓参りをしていたカオリの苦しくも正直な声を隠れて聞いた事を話し、ナオヤの背中を後押しする。


 自分の気持ちに気づいたナオヤは卒業式のあと、帰ろうとするカオリを呼び止めて、校門の前で告白をする――



 ざっくり言えばこんな内容だ。シリアスな内容ではあるし、笑いの取れるようなところは少ないけど、何となくこの劇を通して『正解』について考えるきっかけになればと思って書いてはみた。しかし、ここで一つ(本当は沢山あるのだが)問題が発生した。


「【僕】僕告白したことなんてないから告白の言葉どういうふうにすればいいのか分かんね」


 ここで作者の恋愛経験の乏しさが露呈した。やはりこういうのは、劇という文化祭の審査に関する観点と、リアリティに欠けていないかという観点が存在する。


 具体的に言えば、先生という審査員に受けるようなセリフであるかと、劇を鑑賞する生徒がそのセリフを聞いて野暮ったいと感じないかどうかである。


「【みかん】それに、半年間本当に疎遠なんだったら『好き』っていう気持ちってそんなに残ってるもんなのかな」


 2、3日みかんと共に物語の修正をしていたわけだが、2人だけでは疑問点が解消されないこともある。なんかもっとこう、奇抜で鋭いアイデアを想起してくれる人がほしかった。


「【僕】……確かに、ちょっとむずいなあ。誰か他の人に聞いてみる?」


「【みかん】そうねー協力者増やすかあ。恋愛マスター呼んでくる」


「【僕】誰だよw」


「【みかん】適当言った。誰か女子側の意見無いんかなー。言うて誰ってなっちゃうけど」


「【僕】あーたしかにほしいけど、それに関してはそっちのほうがいいわ」


 作者は当時全く女子と交友関係を持っていなかったので、みかんの頼れる女子である『とうふ(仮名)』というクラスメイトの女子に連絡することになった。


(※ちなみにだが、みかんやとうふなどの登場人物の仮名は何となくの姓の語感でつけているだけである)


 別に僕も全く、とうふと面識がなかったわけではない。高校1年生のときも一応同じクラスだったわけだが、生物の授業でいつも隣の席で、ちょっかいをかけられていた。今思えば、その当時の僕の数少ない女子の友人、とでも言うのだろうか。


 なんだかとても活発で、活動的な人だなと、そんな印象を抱いていた。彼女はよく学校をサボることがある。本人曰く、つまんないらしい。サボると言っても、週に2、3日くらいだが。


 ということで、そのとうふとも台本案の書いてあるドキュメントを共有した。


 形はどうであれ、初めて同級生の女子のLINEの連絡先を交換してしまった。僕は長年スマホ所持を禁止されていたこともあって、高校2年生なはずなのに、あんまり友人と連絡先を交換していないのである。女子ともなればなおさらである。


 暫く経つと、塾から帰宅してきたと思われるとうふが、案の定というか、早速一発目にこのセリフをかましてきた。


「【とうふ】今日家帰って何したん」


 この人はよく分からないが、いつも僕に話しかけるとき「家帰ってから何した」と僕の放課後ルーティーンを問いかけてくる。正直言って逆にこっちが問いたい。


 何故たかが僕の放課後のやっていることを知りたがるのか?そんな情報になんの価値も見当たらないのに。


 遠回しにそういうことを言い返しながら僕はそれに答えようとはしない。別に秘密にしているわけでもないが、言う理由も見つからないのでいつも適当に誤魔化してる。が、今回は違った。


「【僕】台本書いてた」……紛れもない事実である。そしたらいつもとは違う返答がおかしかったのか「【とうふ】www」と草を3つ生やしてきた。


「【僕】まあ書くの大変でしたけど、読んで下さい」


「【とうふ】うん帰ったらね」


「【僕】あ、まだ帰ってなかったんか。待ちます」


 無意識に文面が敬語になってしまう。女子とLINEしたの初めてなんだから仕方がないだろう。


 そう思うしかない。


 数十分後、今度こそ塾から帰宅した彼女は、共有しておいたドキュメントの台本案を読み終えて『100てん!』という文字を掲げて体操の着地をしている女の子のスタンプを送信してきた。少なくとも0点のスタンプは送らないだろうが、こうも単純に褒められると悪い気はしない。


「【とうふ】めっちゃすごい。あ、語彙力ないわ」


「【僕】そうやな、ない」と返事をすると、また草を3つ生やしてきた。彼女の癖なのだろうか。


 僕のコミュ力のせいで、少々たどたどしい会話が続いたものの、劇の最後の告白の言葉について感想を訊いてみた。


「【僕】どう?最後の告白の言葉?」


「【とうふ】正直『俺と付き合って下さい』を望むわな」


 そのときは、最後の告白の言葉は『正解』という単語を入れて先生受けしやすいようなこねくり回したセリフであったのだが、やはり女子的には端的に告白してもらったほうが嬉しいのだろうとは思った。


「【とうふ】先生的にはそのほうがいいんだとは思う。テーマに合わせるのが良い方に働くのか、はたまた悪い方に働くのか」


「【僕】うーん……まあ、考えるとする。ありがとう」


 それからは物語の矛盾点や気がかりなところを言ってもらい、他愛もない話もして、その日は終わった。



「題名は……『正解。』」


 僕は、寝る直前にドキュメントの一番上のヘッダーに、大きいブロック体の字でそう書いた。


 『正解。』……そのときの思いつきで決めたこの劇の題名だが。


 でも、なんとなく人生の中で割と本質をついているような言葉。そんな気がしていたが、特にこの時は真剣には考えようとしなかったんだと思う。このあと数カ月間に渡り、いや、一生なのだろうか。僕のみならず、みかんやとうふなどもそのたった一つの言葉に苛まれることになることは、まだ理解わかっていなかった。



 僕のクラスには僕の他に劇の台本案を書いている人が2、3人いたので、数日後にクラスの皆でいいものを投票することになっている。それまでには推敲し終えてよりよいものにしなければならないとつくづく感じた。

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