多分、蒼い青春。

青い睡蓮

#1 脚本を書こうと言われた日。

 とある高校2年生の僕。


 小学校の頃から率先して様々な行事でリーダーシップを発揮してきた僕。山の学校、海の学校、修学旅行など、名だたる小学校の思い出になるであろうイベントで、張り切って皆の前に立って、悲しい、虚しい、楽しい、嬉しい、怒り……そんな感情を経験した。同時に理不尽、結果至上主義、不条理、偏見、看過……人より早くこんな社会の原理に気づいた気がした。


 なんだか人一倍に早く、ひねくれ者になったような気分だった。


 そんな僕は、そんな社会に呆れたのか、それともそんな社会を受け入れようとする僕に失望したのか、どちらであるかは定かではないが、僕は中学受験に合格して小学生の友達とは学校が別れ、地元の進学校に入学した僕はそんな「皆の前に立ってすること」を嫌うようになった。


 そして時が経ち、特に目立つこともなく高校2年生になった僕。退学処分になるようなこともしでかさなければ、小学生の頃のようなリーダーシップもやらなくなり、僕の心からはが欠落していた。ただ、その欠落したはまるで、昨日読んだ小説に挟まれたはずのしおりみたいなものだった。


 もはや、僕は、どういう小説という人生を歩んでいるのか、検討もつかない。何ページ目を歩いて、幾重にも重なって連なる『起承転結』の物語を踏みしめているのか、その目標めじるしであるしおりを失くしてしまったらしい。


 何気ない日常が過ぎていった。


 そんな中の6月下旬。そういえばここの頃から蝉が鳴き始めたかなと思った。つまりは夏の始まりだった。高校2年生の貴重な夏だった。


 体育の選択授業でバスケをし終えた後、汗びっしょりでもんもんとしている僕ら男子組は着替えに教室に行こうと体育館横で上履きに履き替えていた。


「そろそろ文化祭の準備とか始まるかな」


 あるひとりの友達がこう言った。僕らの高校では夏休みが明けて一週間後の9月に行われるから、例年通りならそろそろ準備が始まってもおかしくない。


「確かに。俺等の学年はあれだよな、劇。体育館のステージで発表するんだろ?」


「そうそう。なんかもう女子のあいつらとか、図書委員のあいつとかは劇の案書いてるみたいだぞ。何書いてるかは知らんけど」


「あ、そーいやぁここに脚本係に適任なやつがいる」


 またある友達がそう言って、目線を向けた先は、僕だった。僕は「え、僕?」と自分を人差し指で指しながら内心びっくりするも、友達がそういうのも無理はない気がした。僕が趣味として物語を考えているのは、もはやそのコミュニティの中では当然の情報だったのだろう。


「割と真面目に書いてみたらどう?」


 僕のクラスの男子の文化委員がそう提案する。僕もそう言われてやる気が出たのか(はたまた元から書きたかったのかは今頃定かではないものの)「じゃあ、書いてみるか!」と二つ返事をした。


 後から思えば、何か高校生活の中で記憶にのこる思い出を刻みたかったのかもしれない。


 まさに、これが僕の高校2年生の『蒼い青春』の始まりであった。


 とはいえ文化祭の劇の脚本として何を書いたら良いのかさっぱり検討がつかなかった僕は放課後、早速僕は数少ない小学校からの友人のひとりである「みかん(仮名)」にLINEで相談することにした。一応ここで断っておくが、男子である。


「【僕】文化委員に劇の脚本考えてやって言われたけど、何書いたら良いか分からん」


「【みかん】前提として、劇を評価する観点は2つあります。面白いかどうか、それと、勝てる劇かどうかである」


 そこから、学校の審査員が選ぶ劇というのは少しシリアスで完成度が高いものだとか少々力説された。ジャンルはなんだとか、パロディにしてみるかとか、どれくらいの尺にしたらいいのか分からんとか、いろいろ劇の物語の構想を二人で考えて得ようとした。


「【僕】歌を元ネタにするとか」


「【みかん】最近人気のあれの逆バージョンか。でもありな気がする」


 何の歌をもとにして作ろうか、そう思ってここ数年僕が聞いてきた歌の題名の棚が脳裏でズラリと並ぶ。最近のアーティストは人と比べればあんまり知らない方だったし、流行りの曲など疎い方の、そういう人間だった。


 でも、ありきたりなのかもしれないが、何年か前、一斉を風靡し、ここ数年でも多くの反響を生んだアニメーション映画の挿入歌を作成したミュージシャンのちょっとしたファンになっていた。


 そう、RADWIMPSである。


 何事もうまく行かず、そんな自分をあざ笑うような世界の残酷さを言いながらも、人を想い愛する気持ち。絶望の淵に立たされても、大切な人とそれに立ち向かう、受け入れる、もしくは未来に繋げていく。自分のこの語彙力では十分には伝えきれないほどのメッセージが、若者だけでなく多くの人のココロに響いた。自分もその例外ではない。


 ただ、そんな大人気アニメーション映画に使われている劇中歌は、恐れ多くて、というよりかはその歌は映画のイメージを併せ持っているから、これを元に劇を作るのはやめた。


 そこでふと自分の脳裏に浮かんできたのは『正解(18FES.ver)』という曲だった。某テレビ放送局で放送されたことも相まって認知度は高いと思われた。


「【僕】決めた。僕これを題材にするわ」


「【みかん】良さそうやーん」


 みかんからの了承も得たところで早速イメージを膨らませようとその曲を聞いた。


 そして、イントロ後の歌詞の冒頭を聞いた途端、脳内で最初は米粒のように小さかったイメージというものが、インフレーションを起こしたかのように、言葉が泡となって、その物語の構想がブワッと浮かんできた。


 学園モノ、高校生の青春の物語、土砂災害、防災サイレン、夏祭り、花火、卒業式……こうイメージを膨らませていくと、僕にとっては少し億劫に感じられる単語も出てくる。


「【僕】恋愛系にするのはな……」


 僕がこうも恋愛系の物語を書くことに躊躇するのも無理はない。今までそれを主題にして書いたことがないし、だいいちそういう経験が無い僕が書いたって、そうたいそうな劇が完成するはずがない、と自負していた。


「【みかん】やってみてもいいかもよん」


 だから、こう友人に言われることにちょっと驚いたというか、自分でもできるのかと怖かったと同時にやってみたいと謎の好奇心も芽生えた。


「【僕】まあ、じゃあなんとなく考えてみるわ」


「【みかん】がんばー」


 この言葉を皮切りに、僕は夜遅くまでパソコンの画面ににらめっこしながら、物語を考えてはタイピングして文章を綴った。


 15分という、短い時間で完結し、そして観衆のみならず審査員である先生が感動するような劇の台本を作らねばならない。僕は頭を抱えながらもなるべく端的にテーマが伝わるように物語を書いていく。


 この時の僕には、向こう2、3カ月間で起きる、


 楽しくも、苦しくも、嬉しくも、辛くも、悲しくも、それでも幸せで、儚く、そして僕の脳裏に焼き付くであろう、そんな物語を想像もできなかった。


 これは、クラスの仲間達だけでなく、これから劇を完成させていくにあたってかけがえのない人たちとの、ひと夏の、ちょっとしたお話だ。

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