第2話 玉琳って誰だ?

(なんだ、あの子……。それにここ、どこなんだろう。なんでこんなとこに横たえられてたんだっけ? ってか、これ、明らかに棺桶だよな。俺、死んだと思われてたのか?)


 頭の中は疑問符だらけだ。とりあえず、伸ばした手を降ろして、ふぅとため息をつく。


 まずは、この棺桶みたいなのから出た方がいいだろうと考え、淵に手をついて奇妙なことにはたと気づいた。


 身体を持ち上げようとしたのに、全然力が入らないのだ。自分の腕を改めて眺めてみて、その白さと細さに驚いた。


「へ? なんで?」


 手のひらをぐーぱーしてみるが、自分の意思通りに動く。ということは間違いなく自分の手であり腕なのだ。しかし、記憶の中にある自分の腕の太さはこの二倍は優にあったはずだ。


「どうしたってんだよ……」


 思わず、庸介は額を抑える。わからないことだらけで、頭がついていかない。


 もしかして自覚はないが、長期間寝込んでいたのだろうか。成人男性の腕がここまで細くなるには年単位で寝込んでいないとならないだろう。


「一体、いま令和何年だ?」


 周囲を探してみるが、祭壇にもどこにもスマホや時計はおろか、デジタル機器の一つも見当たらない。


 と、そこへ複数の足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。駆け足のような音だ。


 そして、バンと勢いよく扉が開かれる。

 部屋に入ってきたのは、十人ほどの男たちだった。


 先頭でやたら目立つのは、肩甲骨あたりまでの長さのある艶やかな黒髪を頭の上で一つ結びにした長身の若い男だ。


 彼も妙な服装をしていた。白くゆったりとした着物に黒い帯、それに青地に金の刺繍の入った長羽織のようなものを羽織っている。一目で、金かかってそうな身なりだと思った。それと同時に、


(あれ? こいつ、どこかで……)


 一瞬、既視感を覚えて庸介は瞬きをした。どこで会ったのかは覚えていないが、最近会ったような気がしたのだ。


(ああ、そっか。寝てるときに見た夢の中でだ)


 自分の手をとって涙を流していた男だと思い出したときには、男は庸介のすぐ間近まで大股で近づいてきていた。


 夢の中では、たしか龍明と名を呼んでいた記憶がある。彼は目に涙を浮かべてじっと庸介を見つめたあと、おもむろに抱きしめてきた。


「玉琳……! この世にもどってきてくれたのだな」


 わけがわからないまま知らない男にぎゅっと抱きしめられて思わず恋がはじまる……わけもなく、庸介は気持ち悪さに龍明の腕を跳ね除けようとした。


「ま、まってくれよ。誰だよ、ぎょくりん、って。俺は、庸介だよ。柳生庸介」


 思ったほどの力が入らず龍明の腕を跳ね除けることは叶わなかったが、それでも抵抗していることはわかってくれたようだ。


 彼は庸介の身体から手を離し、えらく整った顔立ちの眉間に皺を寄せた。


「ヨースケ? 何を言っているんだ?」


「だから! 俺の名前だって! お前こそ、誰なんだよ? ここどこなんだ? なんで俺はこんなとこにいるんだ! さっきからわかんないことばっかで、誰かちゃんと説明してくれよ!」


 庸介は必死に伝えようとしたが、相手の眉間の皺はますます深くなるばかりだった。そのうえもっと奇妙なことには、


(あれ? 俺、何しゃべってんだ? なんだこの言語……)


 すらすらと話してはいるが、口をついて出てくるのはどこか中国語に似た響きをもった見知らぬ言語だった。ついでに自分の声がえらく甲高くて細い。たしかに自分でしゃべっているのに、まるで他人の声のように聞こえた。


 さらに不思議なことには、目の前の龍明が話す言葉もやはり聞いたことない言語だと認識できるのに、同時に意味もしっかり理解できるのだ。


 龍明が、すっと数歩後ろに下がり距離をとる。その瞳には、鋭い光が宿っていた。


「まて。……お前、玉琳ではないのか?」


「だから、さっきからそうだって言ってるだろ!?」


 そのとき、後ろに控えていた白髭白髪で衣服も白いという白ずくめの小柄な老爺が、おそるおそるといった様子で龍明に声をかけてくる。


「まだ、意識が戻ったばかりで混乱なさっているのでしょう。医局でご治療をいたしましょうか」


 龍明は数秒こちらを強い視線で見つめたまま考えたあと、手で老爺を制した。そして、


「悪いが、お前たち、ここから出て行ってくれるか。全員だ」


 後ろに付き従って室内に入ってきていた十人ほどの男たちに告げる。この男たちも奇妙な服装をしていた。


 妙に古風というか、しいて言うなら飛鳥時代の官吏みたいな恰好なのだ。だいたいが赤道色のお揃いの服をきていたが、青い服を着た背の高い屈強な男が二人だけいる。


 あれはボディガードだろうなと、庸介はあたりをつけた。そのボディガードの一人が進み出て膝をつき頭を垂れる。


「申し訳ございません。太子様をお一人にするわけにはまいりません」


 しかし、龍明はそちらを見ることもなく、冷たい声音で言い放つ。


「私の命令が聞けないというのか?」


 有無を言わさぬ声音だった。龍明は続ける。


「何が聞こえても、何人たりとこの部屋に入ることを禁ずる」


 青服は、しばし逡巡したあと、さらに深く頭を下げた。


「……御意」


 すぐに赤道服と青服は全員、すみやかに部屋から出ていったので、たいした統率力だと庸介は内心関心する。


 ぱたりと音を立てて扉が閉じれば、この部屋に残ったのは龍明と庸介の二人だけとなっていた。


 それを確認すると、龍明は腰に下げていた剣の柄をつかみ、おもむろに鞘から抜いて庸介に向けた。蝋燭のおぼろげな灯りが長い刃を鋭く照らす。


(真剣か!?)


 なまくらには到底思えない。人を殺傷するために作られた武器としての迫力がその長剣からは感じられた。


「玉琳の骸に悪霊か妖が憑りつきでもしたか。お前、その身体がどれほど高貴でかけがえのないものか知っての狼藉か?」


 龍明の麗しい目元が、すっと細くなる。突き付けられた切っ先に殺意が漲っていた。


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