第5話 叶える力

 半月後、退院の許可が出た。


 主治医が、この先、どうしていけばいいのかを、夫と相談したいので、来てもらってほしいと言ってきた。

 その旨、メッセージを送る。

「その前に、薫ともう一回話がしたい」

そう言われた。



「家を出たよ」

孝宏はそう言った。

「えっ?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

「俺も、もう親父には我慢ができなくなった。俺のいないところで、薫にどんなことを言っていたのか問い詰めた。もう親でも子でもない」

彼はキッパリと言う。

「あんなのが自分の父親だと思うと、本当に恥ずかしい。ごめんな、薫。ここまで酷い仕打ちを受けてたなんて知らなかったんだ……本当にごめん。」

「これから……どうするの?」

「どうするって、もう、いい大人だよ? アパートを借りた。もう引っ越しは済ませてあるから」

「ホントに?」

「だから、薫は、そこに帰ってくればいい」


 夢のような話だった。私は思わず泣いてしまった。もう、あの「針のむしろ」に帰っていかなくてもいいのだ。



 あの「おまじない」のお陰だろうかと考える。いや、互いの気持ちを再確認したからだと思う。

 でも、その背中を押してくれたのが、あの「誓い」なのは間違いない。私は、それを教えてくれたゆかりに感謝した。


「ありがとうね、まさか、こんなに早く自分の願いが叶うとは思ってなかった。」

紫に言う。

「それは、薫さんが誓ったことで、私のお陰では全然ないですよ。感謝するなら、その誓いの『証人』として、見守ってくれていた月に。」

紫はそう言って笑った。


「私は義父に勝っています」 

この「誓い」は、本当に、あっと言う間に叶ってしまった。こんなに早く叶うものなんだろうか?


「叶うこともあり、叶わないこともありますよ。時間が凄くかかることもありますし」

紫はそう言いながら、夜空の絵を描く。月と猫の絵だ。

「月が叶えてくれるというよりは、見守ってくれるだけなので。」


 叶えられるのは、自分自身の力……。それなら、あと2つの「誓い」も、自分自身で叶えられるものなのだろうか。例え時間がかかったとしても。


 ふと、思った。


「紫ちゃんは、何も『誓い』を書かなかったの?」

紫は俯いたまま少し黙っていたが、すぐにこちらを向いて弱く笑った。

「書き続けていることはあります。でも、なかなか叶わなくて。……私の努力が足りないのかもしれませんね」

「そう……」

内容までは言わなかったけれど。



 新月の「誓い」とは言っていたけれど、「願い」ではないところは、自分でどうしたらいいのか考えてアクションをしなければ、きっと辿り着くことはないからなんだろう。そして、「月」は、その「誓い」の「証人」として見守ってくれていて、私たちは、月を見上げる度に、誓ったことを思い出すのかもしれない。と思った。


 

 退院の日が決まった。

 前日の夜は雲一つない満月だった。携帯ブースに行くと、アクセサリーを浄化しながら、月を眺めている紫がいた。

 私に気付くと、にっこりと微笑んだ。

「叶ったこと、月に感謝しに来たの」

私が言うと、アクセサリーを横に避け、ベンチの隣を譲った。

「それと、紫ちゃんに、これを」

私は、紫に小さな包みを手渡す。

「なんですか?」

「開けてみて」 

紫は包みを開けると、ぱあっと明るい顔になった。

「ムーンストーン!」

「石だけ買って、作業療法の時にピアスに仕上げてみたの」

「でも、こんなに高価なもの!」

 私は、その石は、手芸店で手に入れたもので、安価なこと、でも浄化されている状態ではないので、効き目などはわからないことを、紫に説明した。

「月が、浄化していってくれると思います。本当にありがとうございました」


「その力も借りて、紫ちゃんの誓いも叶うといいね」

私のその言葉には、紫は黙った。

「……聞いてもらっていいですか?」


 紫は、ポツリポツリと話し始めた。

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