第6話 告白

 紫は、ベンチの上に足を抱え込むように座り直す。私は月を見ながら言った。

「聞くよ」


紫は私の方を見ずに言った。

「私……レズビアンなんです」


彼女にしてみれば苦しい苦しい告白だっただろう。けれど……

「そうなんだね」

「驚かないんですか?!」

「それが虐めの原因?」

「……」

美しいものを追いかける人には、そういう人も少なくない。私の周りにもレズビアンの人は何人かいる。紫もまた、そうではないのかと、内心思っていたのだ。


「クラスにとても綺麗な女の子がいて……一目惚れだったんですよね」

「高校生の時?」 

「そうです。……で、とても仲良くなれて、ある日、ついに告白したんです。自分は、本気であなたのことを愛しているの、って」

「引かれた?」

「ええ……。彼女が困って、他の子にも相談したらしくて……クラス中に知られてしまいました」

「本当にそんな奴いるんだ?って?」

「珍しがられて、面白がられて……見せ物扱いでした」

「それで、学校に行けなくなった?」

「保健室登校でした。でも、もう誰も信じられなくなって……高校は中退しました」


 ふぅ。紫が息をつく。なかなか他人に言うことはできなかったことだろう。

「無理して全部話さなくても大丈夫だからね」

私は、紫の背中を優しく撫でた。


「母にも知られてしまって、『何で私はまともな子を産めなかったんだろう』って泣かれてしまって」

「……」

「兄が、重度の知的障害なんです。だから、母は、私のこと、健常児として生まれてくれて良かった、って思ってたと思います」

「……そう」

母親の気持ちもわからないではない。まさか自分の娘が?という気持ちだっただろう。

「もう、どうしていいのかわからなくなって、私なんか生まれてこなければよかったのかなって……いろんなお薬をまとめて飲みました」

「ええっ!!」

そこまで思い詰めていたのか。

「そこから入院生活が始まって、良くなったり悪くなったりです」


 紫は、うーん、と伸びをする。

「『私は男の人を好きになっています』なんて、叶うはずがないですよね」

私の方を向いて微笑む。涙が一粒流れて落ちた。


 私の友達には、レズビアンもゲイもバイセクシャルもトランスジェンダーもいる。彼らは、今は明るく振る舞っているけれど、同じような苦しみ、悲しみを抱えてきたのかもしれないと思う。


「話してくれてありがとう」

「……いえ、こちらこそ、聞いていただいて。ありがとうございました」

「でもね、紫ちゃん。自分に嘘をつき続ける人生は苦しすぎると思う」

「え?」

「男の人を好きになれますように、じゃなくて、理解してくれる人を見つける方が楽なんじゃないかな?」

「それは……そうでしょうけど……」

「ちょっと待っててね」

そう言うと、私は自分の部屋に帰り、スマホにある情報をメモに写した。


 紫にメモを差し出す。

「退院したら、ここのお店に行ってみて」 

「カフェ……ですか?」

「きっと、紫ちゃんの役に立てると思う」

「役に立てる?」

「うん。少しは気持ちが楽になると思うよ」

「……わかりました。……ありがとうございます」


紫は、戸惑いながら、メモを受け取った。

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