第2話 居場所

 夫の孝宏たかひろが、面会に来た。

 大切な話があるからと、彼は、わざわざ面会室を借りた。


「こんなことになってすまないと思ってる」

「……」

かおるが可哀想で、これ以上見ていられないんだ」

「そう……」

「……離婚を考えてる」

彼は私から視線をそらして、うつむきながら言った。

 私はすぐには答えられなかった。


 別れ話?


 だって、私たちは愛し合っているのよ?


 どんな苦難にだって立ち向かうのが「夫婦」じゃないのか、それとも、もう立ち向かうこと自体に、この人は疲れてしまったのか……。

 私がこんな病気になってしまったことで、自分を責めているのはわかるし、だから逃がしてやりたいと思ってくれているのかもしれないが。


「すぐ答えを出さなくてもいい。薫は今、休んだほうがいいんだから」

「……いつまでに?」

俯いたまま尋ねる私の言葉に、孝宏は黙る。

「……なるべく早くってことね……」

「……ごめん」


 それ以上言葉を交わすことなく、孝宏は帰って行った。



 婚約している間は、私は、嫁ぎ先に歓迎されていたのだ。石野家の跡継ぎを期待されていたし、私の実家も「金持ち」というほどではないが、そこそこの土地、建物や株などを持っていた。

 それが、実父の会社が、入籍直前に倒産したのだ。家も土地も財産全部持っていかれ、家族は古い借家へと移り住んだ。

 そんなわけで、私と孝宏は、結婚式も挙げずに入籍だけ済ませた。


 その辺りから、石野家には、特に義父には毛嫌いされるようになった。私のことを財産目当てだと思っていたらしい。何かとケチを付け、嫌味を言ったり怒鳴ったりするようになった。

 

 ストレスによる流産。

 

 義父は、「子供も産めないのか」と、傷をナイフでえぐる。孝宏が外出してなかなか帰ってこない時には、

「浮気をして子供を作ってるんじゃないか?」

嘲笑わらう。

「孝宏さんは、そんな人じゃないです」

私が反論すると、

「浮気すればいいんだ。そしたら、うちの子ができるだろう。石野家の跡継ぎが」

そう言われ、返す言葉もなかった。


 重なるストレスに耐えられなくなり、私は重症の鬱病になった。入院しなくてはならないほどの。

 薬を飲み続けなければいけないと言われ、子供は諦めざるをえなくなった。


 夜、部屋でカーテンを引いて一人で泣く。


 つらい。つらい。つらいよぉ。


 母も、もうこれ以上無理をせず帰ってこいと言っている。もう本当に孝宏のことは諦めたほうがいいんだろうか? 互いが「運命の人」と気付いたほど、互いの存在を必要としているのに? こんなに愛し合っているのに?


 もう何も考えたくない。私ごとこのまま壊れてしまわないだろうか、粉々に。

 もう何も考えたくない。少なくとも、今は……。

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