第4話

《今日は少し、単独行動を取らせて頂きますね》


「それ、俺には言えない?」

《ユラの希望なので》


「危険は?」

《私の命の危機は無いです》


「分かった、気を付けてね」

《はい》


 今日はユラの希望でエルフの森が焼かれる事を阻止しに、森へ。


「何だお前は」

《通りすがりのただの獣人です》


 手早く、素早く済ませたつもりだったんですが。


《あの》

《ぁあ、ご心配無く、ココの敵は全て殺しておきましたので。大人の方にこの書簡をお渡して下さい》


《え、あ、はい》


 彼女はベルデ、髪の色と同じ緑色の名を持っている、本来なら孤児になってしまう少女。

 そして顔に怪我を負っていたシーフ職の女性は、ヴァイオレット。


 アヤト側の女性は全員が色の名前だそうなんですが、どうして私はハンナなのでしょう。


『おい、お前、何を』

《1つお伺いしたいのですが、ご自分の子供の名前に色を使ったとします、でも1人だけ色とは違う名が居たんです。何故だと思いますか?》


『何だこの女、頭が』

《まぁ、ココの者には分からない規則性が有るのかも知れませんね》


 後で改めてユラに聞いてみましょう。




『女だ、ベール越しに、獣耳が有るのは分かった』


「それから」

『あっと言う間に、影から、影が』

《急に襲われたんだ、どうか敵を、仇を討ってくれ、金なら出す、頼む》


「うん、分かった」

《ありがとうございます、お願いします》


 俺の能力は獣人より、獣よりも嗅覚が優れている。

 だから獣人の匂いを辿る事は簡単。


 な筈なんだけど。


 既に凄い遠くに行ったのか、薄い。


「あの、君、ココら辺に獣人が来なかった?」


 緑色の髪の毛って、凄い。

 エルフとかかな。


《た、てっ、敵襲ー!!》


「いや、そ、違うんだ」

『何が違う!ウチの森を焼こうとした者達の仲間だろう!!』


「え、え?」

『しらばっくれるか、良いだろう、コッチには証拠が有るんだ』


「そん、本当に待って下さい、僕に敵意は無いんです」


『なら、何をしに来たんだ』

「この先の、向こうの方の村が襲われて」


『やはりお前は敵側か』

「違うんですってば、獣人に襲われたと言ってて」

《襲って来たのはその村の人達です、ソッチが先です》


「え、でも、向こうは急に襲われたって」

『我々が頼んだワケでは無いが、その獣人が先に敵襲を撃退してくれたのだ。そして、この書簡も』


 字、読めないんだよなぁ。


「それって、いつ」

『今朝だ』


 向こうは昼前って。

 けど、この距離の移動って。


「確かに向こうの方が後ですけど」


『我らの恩人である獣人に刃を向けるなら、今ココで我らと敵対するも同義』

「いえ、事情を聞きます、聞いてから考えますから落ち着いて下さい」


『いや、歯向かわぬと言わぬ限りは解放させられん』

「あ、じゃあ分かりました、その獣人を呼んで貰えませんか?で、話を聞く、向こうも相当の被害ですし、事情を聞かせて下さい」




 私が色の名前ではなく、ハンナである理由。


『私のライバルだから、アヤトを取り合う最強のライバル、特別なの』


 特別。

 今まで言われた事も無い言葉、特別。


《特別》

『そうなの、凄い人気が出てハンナの特別な物語も有ったの』


《特別な物語》


『内容はちょっと、詳しく無いし』

《性的な事ですか?》


『ぅん、暴力も』

《成程、なら結末は死ですか?》


『ううん、最後はアヤトとは違う別の存在と一緒に世界征服して終わり、だけど』

《私の事を心配して下さるなら、寧ろ教えて下さい。緑髪のベルデとも会いましたし、アナタの言うシナリオの強制力に対抗するにしても、知るべきかと》


『間違うと直ぐに酷い目に遭う、大人用の物語で、フミトがハンナを好きになったのは、その物語からなの』

《その者に名は?》


『キョウ、凶器とか狂気、どっちかって言うと悪い人』

《成程、物騒な名前ですね》


『けど男子的には良かったみたい』


 例え悪人でも、最初の頃の私に誰か守ってくれる人が、もし居たら。


《強さに惹かれたのかも知れませんね》

『あー、あ、ベルデちゃんだ、何でココに』


《緊急時用の魔道具を渡していたんですが、教会へ戻っていて下さい》

『うん、分かった』


 もう敵襲が。


《もう敵襲が》

《あ、あっ、ちょっと違うかもなんですけど、はぃ》


 急いでエルフの森へ向かうと。


《何か、問題でも》

「あー、アナタだアナタ、今日村を襲いましたよね?」


《はい、警告の為に。ココを新しい街とする為、新任の領主が頼んだそうで》


「嘘の匂いはしないけど、本当の匂いもしない、アナタ何者?」


 あぁ、そうした性質の方ですか。


《このベールで隠しています。元は善意で森が焼かれる事を防いだだけ、火の粉は払いたいので》


「僕は獣人探しの専門家、攫われたり行方不明だったり、それこそ悪人を捕まえる事も有る。証拠が見たい、向こうでも急に襲われたって本当の匂いをさせながら言ってたんだ」


《伝聞が嘘なら、嘘とは分からないでしょうね》

「だから、事情を聞こうと思って匂いを辿ったらココに着いて、直ぐに捕まったの」


 嘘を言っている様子は無いんですが、認識阻害の可能性も有るんですよね。


《仮に、もしコチラの言い分が正しかった場合、どうするおつもりですか?》

「そら手を引くよ、理由は言わずに無理だって言う」


《逆上されて殺されるか》

「無い、結構強いもん」


 アヤトよりは能力が弱そうですが、危険人物では有る。

 このまま殺してしまおうか。


『なら、コレらが証拠だ』


 油入りの缶。

 コレを証拠とするには、通常なら難しいんですが。


「ごめん、僕が悪かった。確かに向こうの奴らの匂いが染み付いてるし、彼らも向こうの血筋だね」

《匂いで分かりますか》


「うん、星の女神の加護を得てる、だから敵じゃないよ」

《その理屈が全く分からないのですが》

『言わぬ事は可能だが、嘘が言えぬ代わりに真実と嘘を見抜ける能力を授けられる。最初からそう言え、全く』


《あの、星の女神について教えて頂いても?》

『そうか、知らんか』

「僕が所属する国が祀ってるのが星の女神、その他の国に朝、昼、ココは昼の女神を祀ってる国」


 ユラからは3種類だけしか。


《そうですか》

「あ、待って待って、何か埋め合わせをさせてよ」


《結構です》

「僕はキョウ、ごめんね、手間を掛けさせて」


 今さっき、聞いたばかりの名前と同じ。


《では少し街で話しましょうか》

「ぉお、凄い、影って入れるんだ」


 彼を街へ連れ出し、遠くからユラに確認して貰うと。


『うん、アレ、キョウだ』

《殺しますか?》


『そんな、ダメだよ、ハンナと同じ様に良い人かも知れないんだし。話し合ってみて』


《分かりました》




 転生者か転移者なのか、って。


「言わないのは」

《転移転生者に頼まれアナタを殺さないでいるだけですので、その事を鑑みお答え下さい》


 あの村を一瞬で半壊させて、しかもこんな瞬間移動まで。

 無理、勝てる気がしない。


「転移者、女神様に少しココの知識を教えられて、能力を与えられただけ。目的は帰還、何か成さないといけないらしい」


《何か、ですか》

「大義を成せ、って、大義って何って感じじゃない?」


 ココの人なのか分かんないんだけど、何か知らないかな。


《そうですか、では》

「あ、待って待って、何か有った時に助けるから、助けてくれない?」


《良いですが》

「はい、伝書紙、用が有ったら書いて飛ばして」


《分かりました》

「それと、内緒にしてくんない?僕がココに居る事、向こうのに」


《構いませんが》

「無闇に殺したくないからさ、逆恨みとかも面倒だし」


《そうですね、では》


 魔王って、あんな感じなのかな。




「ハンナ」

《はい》


 どうしよう。

 嫉妬して、とか言ってみたり、急に嫉妬したりしたら嫌に。


 いや、普通は嫌になるのよねぇ。


「今日、君が男と居るのを見たんだけど……大丈夫?」


 うー、やっぱり黙られると凄いキツいな。

 間違えたかな、言い方、話し合い方。


《ユラからの依頼でこなしていた仕事の関係者で、転移者だそうです》

「え、あ、大丈夫なの?」


《アヤトよりは弱そうなので大丈夫かと》

「いや、君が」


 コレ、しつこくされてたの黙って見てた事を言う事になるんだよなぁ。


《が?》


「困って無いなら、良いんだ」

《そうなる前に言いますので、大丈夫ですよ》


 大人なんだよなぁ。

 他とは違う、凄く違う。


「ハンナはどうしてそんなに賢くて大人なんだろ」


《ココでは何かを1つでも間違うと直ぐに死ぬ。その結果、良く観察し、死を回避する為に全力を注いでいる。生き意地が汚いとも言われますね》

「いや、凄いよ、うん、痛いのも死ぬのも嫌だしね。大丈夫だから、無理しないでね」


《アヤトの優しい理由は何ですか?》


「多分、同じ、向こうで嫌な事が多かったから」


 兄が人を殺して、それに付随して死んだ、けど実はコッチに転移してた。

 とか言ったら、知ったら。


 いや、後で何処かで知って、黙って去られた方が嫌だし。

 黙ってられたら俺も嫌だし。


《私が聞くべきでないと判断なされたなら》

「聞いても嫌わないで欲しい、出来たら」


《分かりました》


「兄貴が人殺しで、それで一気に友人知人が減った。仕事も、俺が弱かったのが悪いのかもだけど、辞める事になって」


 安い仕事しか出来なくなって、両親は離婚して、話し相手は治療院の医師だけ。

 心の治療院と安い仕事の往復だけで、何も良い事は無かった、寧ろ嫌な事ばっかり。


 僕が殺したワケでも無いし、一緒に居たのだって15年、ずっと一緒ってワケでも無いのに。

 違う人間なのに、お前も気に食わないと恋人を殺すんだろって。


 死ねば良かったんだろうけど、死ぬのは怖いし、痛いのは嫌だし。

 けど死にたくて健康診断も何もしないで、病院に行かなかった。


 それが間違いだった。


 誰も居ない家の中で、何時間も苦しむ事になった。

 助けを呼ぶか何度も迷った。


 だって助かって何になるのかって思って。

 でも苦しいし痛いから、何度も何度も迷って。


 だから最後に親に連絡をした。

 アヤトとフミトって名前を付けた親に、後悔して欲しくて。


《名にはどんな意味が?》


「八つ当たりなんだけどね、命を踏み躙るフミト、人を殺めるアヤト。って、何も知らない人に言われたのが凄い悔しくて。フミトが人殺しになった原因は親だと思って、最後に復讐したんだ、お前らの育て方が悪かったからこうなったんだって。分かって欲しかった」


《分かって貰えたかは》

「どうだろ、その後は多分、死んでるから」


 今だから良く分かるけど、一貫性が無いチグハグな家族だった。

 外面は良いけど言動と行動が矛盾してて、僕は適当に過ごしてたから良いけど、真面目だった兄にはキツかったとは思う。


 平気で嫌な言葉を言うのに、僕らが言うと激しく怒る。

 自分達は綺麗事を言うのに、僕らが言うと偽善的だと笑いながら馬鹿にする。


 僕は矛盾を無視した、兄は真面目に悩んで、多分爆発したんだと思う。

 だからって殺す位なら死ねよと思ったけど。


 コッチでは凄い頑張ってたし、矛盾を解消してて人に尽くしてた。


 それに、間違って死んだって事も知った、自殺だとばかり思ってたから驚いた。

 死のうとしなくても死ぬ時が有る、だから気を付けろって、危ない事を注意する時は必ず言ってた。


 殆ど許しちゃってるし、被害者に死ねと言われたら悩む。

 だって僕にはどうにも出来なかった筈なんだから。


《僕、になってますね》

「あ、ぅう、つい、前のクセで」


《無理しないで下さい。この事で嫌にはなりません、アナタは何も悪く無いんですから》

「本当にそうかな、何か出来たんじゃないのかって、今でも思ってる」


《無いです》

「本当に?」


《親族殺しを禁じられているのでしょうから、無理でしょう、殺す可能性が有っても止めるには限度が有りますから》


「そうだよね、突発的らしいって、無理だよね、せめて居合わせるとかじゃないと」

《出来ない事と出来る事の見定めをしっかりお願いします、どうかご自分を大事になさって下さい》


「ありがとう」

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