第2話笑えない自分へ
「最後に1発かまします!山の手熊の手猫の手も借りたいわー!」
漫才の最後に爪痕を残そうと渾身のギャグを言い放ったが見事に大スベリ。
急な路線変更と会場の雰囲気に慌てて相方が俺にツッコんだ。
「う、うるさいわ!も、もういいよ!どうもありがとうございましたー」
この日会場で俺達の漫才で笑った人は居なかった。
半年ぶりの大仕事でこの惨事はもう芸人の終わりを意味していた。
漫才が終わり楽屋に戻るとイベントのプロデューサーが般若のような顔で入ってきた。
「正直に言うよ。君たち芸人に向いていないわ。さっさとどっかの会社に入りな。」
今年で年齢は29歳。職業はフリーター。来年で30になる俺たちにとって今立たされている現状は厳しい物だった。
周りの同級生は結婚を終え子供が居る家庭が多い。
結婚をしていなくても仕事でそこそこの役職に立ち現場で活躍している者が多数だ。
つまり俺達だけずっと昔のままだ。
小さい頃から誰かを笑わせる事が好きだった。それは俺だけではなく相方”小林”も同じだった。その影響で小学校からよく2人で色んな人を笑わせてきた。親や同級生は勿論先生にもだ。中学校に進み高校に進学する時も小林と一緒に進んだ。
当時、先生や同級生からは「芸人になった方がいいよ!ほんとにおもしろい!」
とよく言われた。
”芸人”になるという夢は高校のあるキッカケまではそこまで考えていなかった。
そのキッカケは高校2年生で出た”文化祭”だ。
そして初めてその舞台で漫才を披露したのだ。
高校前は漫才というよりギャグやちょっとした会話のようなもので笑わせてきた。
多くても数人の前で披露していたのが急に数百人の規模となり死ぬほど緊張したのを今でも覚えている。
誰かの真似ではない完全オリジナルの漫才。
高校生の俺達にとって構成を考えるのは困難を極めた。
それでも何とか作り披露、数分後全校生が笑った光景、絶景は今でも脳に焼き付いている。そしてあの瞬間俺たちは芸人になると決意したのだ。
「なぁ、解散しないか?」
例のイベント後の帰宅途中小林が口を開いた。それに俺は咄嗟に否定する。
「何言ってんだよ!まだこれからじゃないか!」
「もう僕は限界なんだよ。今日だって見ただろ?誰も笑わなかったじゃないか。」
「俺はまだ行けると思う。昔からの夢だったじゃないか!」
「現実を見ろよ。もう僕ら29だよ。他の皆はもう....」
「もういい。これからは俺一人で行く。今すぐこの場から消えろ」
俺は小林の言葉を遮って感情を爆発させた。
「おぉー帰ってきたのか」
数年ぶりに地元に帰省し父が玄関から顔を覗かせ言った。季節は真夏の8月。
東北地方のド田舎だ。
高校卒業後芸人になるために上京し最初の1~2年は年末に帰っていたがそれ以来ずっっと帰っていなかった。理由は特にない。帰るより東京でバイトしながら相方と漫才の稽古をしていた方が有意義だったからだ。
久々の実家の家は懐かしく畳の匂いが過去の記憶を甦らせる。父に案内され居間の座椅子に座り余韻に浸っていると母がお茶を持ちながら台所からやってきた。
「あんた今何してるの?」
眉を
「一応まだ芸人やってる」
母が深いため息をつく。それもそうだ、以前のような威勢は無く小さい声でボソッと返したその姿は夢を追って敗れた者だ。容易に想像できるだろう。
「あんた近所の佐藤ちゃん知ってる?最近子供できたんだど」
幼馴染だ。小さい頃よく一緒に遊んでいた記憶がある。
「知ってるよ、でもそれが何?」
「何じゃねぇ!あんたもいい加減に現実に向き合えった!」
数年ぶりの帰省でいきなり怒鳴られるとは思ってもみなかった。キレる母を父が「まぁまぁ」と慰める。
家の雰囲気が異常ということは明白だ。
「とりあえず今後どうする予定なんだ?」
父が冷静に話しかける。
「俺的にはもう少し頑張りたい」
「相方の小林君はなんて言ってるんだ?」
痛い所を突かれた。
「も、もう解散したいって言ってるけど....俺的にはまだ行ける気がするんだよ...」
リスのように体が縮こまりボソボソと小声で言う俺に対し父は言う。
「行けると思う根拠は?」
俺はその問いに答えれなかった。
無言が続くこの状況。次の発言で今後が決まるといっても過言ではない。
ここで嘘を言い数年で結果を出すか、正直に現状を言ってなんとか納得させ未来に繋ぐ可能性に期待するか。
しかし後者は可能性が低いだろう。
「どうした?」
なかなか答えない自分に父が迫る。どうやらもう考える時間は無さそうだ。
姿勢を直し父の目を見て言った。
「根拠は無い」
二人とも深いため息をつく。今すぐこの場から出たい気分だ。
「あんた早く解散しな。」
当然解散の方向で話は続く。
「で、でも俺は諦めたくない。一応仕事は少ないけど貰ってはいるんだよ」
「でも今後増える確証は無いんだろ?」
父の鋭い言葉にまたもや言葉を無くす。
「第一お前今年で29だろ。小林君の事も考えろ、彼の人生滅茶苦茶にする気か?」
彼は今まで文句一つ言わず俺に付いてきてくれた。この前の件も初めての出来事だった。漫才のネタに関しては確かにぶつかったことはあるが、芸人としての方向性は常に足並みを揃えてきたつもりだったが心の内は悩んでいたんだろう。
父の言葉で気づかされた。
「確かにもう辞めようかな」
気が付くとそんなことを口走っていた。
このままだと小林の人生を壊しかねない。
俺自身もなんとなくこのままでは駄目だと分かっていた。でも後戻りできないでいた。今回の出来事は辞めるいい機会かもしれない。
「解散する前にもう一回小林君と話会って来い。決まったら電話よこしてな」
そう父が言うと立ち上がり2階に上がり。母はため息をつきながら台所に戻った。
お茶を啜りながら視線を天井に上げる。
俺は涙を流していた。
「今地元に帰ってるんだけど、小林どこに居る?1回話し合わん?」
そう小林にメッセージを送り返信が来たのは約3日後だった。
「僕も地元に戻ってる。いいよ。」
その後とんとん拍子で事が進み、高校近くの昔よく通っていた喫茶店で会うことにした。
「ここまだやってんだな」
小林と落ち合い最初に交わした会話だ。
「ほんとそれ。しかもまだ店主変わってないっていう」
「マジで?」
「まじまじ」
解散で衝突した時以来に会ったためか最初はきまづかった。しかし、その雰囲気はすぐに消えた。
「いらっしゃい。おや久々だねぇ」
高校以来に会う店主のお婆さんだ。
「何処に座ってもいいからねぇ~」
このふんわりとした雰囲気が癖になっていつも来ていた。勿論食べ物も美味しい。
そんな事よりも最後に来たのはもう何十年も前だ。なのに俺たちを覚えてくれていたことに感動した。
「何頼む?」
「やっぱここはホットケーキでしょ」
「俺もそれでいこうかな」
ここの名物はホットケーキだ。
正直何処にでもありそうな品物だがなぜか美味しい。おそらくお婆さんの隠し味が絶妙なのだろう。
「すいません、ホットケーキ2つとコーヒーお願いします」
「はいよぉ~」
お婆さんはトボトボとキッチンの方に歩いて行った。
この喫茶店は俺たちの原点のような所だ。
高校の時の夢は芸人そして有名になる事。それは二人とも一緒だ。
芸人と名乗るのは誰でもできる。
しかし今の俺たちは芸人と名乗ってもいいのだろうか?
今日小林と会ったのはただ地元を懐かしむために会ったのではない。
そして解散について俺が口を開こうとしたその時
「正直どうする?解散」
小林の方から先にこの話題に触れてくるとは意外だった。
「うん、もう辞めようか。」
前に話していた時は拒絶していたのに今回はすんなりと解散を受け入れる俺に小林は唖然としていた。
「解散する前にさ、週末に納涼祭あるんだけどそこで最後に漫才しない?」
「え?」
正直驚いた。
「なんか出し物が少ないらしくて良かったら出てほしいって言われてさ」
そう笑いながら言う小林の顔がなんだが昔を思い出す。
いつからだろうか。
純粋に人を笑わすことから次の仕事を貰うために人を笑わすようになったのは。
観客の表情も気にしつつも一番は”仕事のプロデューサーやスタッフ”の顔を伺いながら仕事、漫才をする。
そして観客ではなく”彼ら”に向けてアピールするようになり、仕事の無い俺たちは生活をするため日々家とバイト先を淡々と往復するだけになってしまった。
ただ体を休めるために家へ帰る。
過去の純粋なネタ合わせやギャグの見せ合いはもう無い。
漫才の仕事が入っても昔し少しウケたネタを少し変えるだけ。
「それでさ、納涼祭までに新しいネタ考えない?」
「マジ?」
「まじまじ」
「お、おう」
小林の案に賛成はするものの正直恐怖心があった。
完全新作のネタ。
怖い。
昔はあんなに楽しく作っていたのに今では作る事すら怖いのだ。
万が一ウケなかったらどうする?
納涼祭には知り合い知人が居るはずだ。大恥だ。
ここでもスベッたらもう俺は何処にも居場所は無い。
恐怖に満ちた顔面蒼白を俺を見て小林が笑いながら言った。
「大丈夫大丈夫。スベッたらそれはそれで面白いじゃん。適当にやろうよ」
その言葉に体の荷が少しだけ軽くなった。
「はい、ホットケーキ2つとコーヒーね」
お婆さんが持ってきてくれた。
「昔のままだね」
「あぁ」
ホットケーキの味は変わっていなかったがコーヒーは少し甘くなっていた。
あの納涼祭までの数日間は今までの十数年間とは比べられないほど楽しかった。
見方を変えれば29の大の大人がふざけ合っているだけなのだが俺たちにとってはただただ心地よかった。
「幼馴染の奴もいるかもしれないから中学の担任のネタとか入れとく?」
「俺らしか笑わねぇじゃん!」
夢を断つ”解散”は確かに辛いものだ。
しかしその機会のお陰で俺自身の未熟さを再認識できた。
何故人を笑わせるのか?
理由は分からないが人を笑顔にさせたらなんか嬉しい。
”早く家に帰ってギャグを考えたい”
そんな俺自身を思い出させてくれたのもこの解散のお陰だ。
「納涼祭もいよいよクライマックス‼次は皆さんが昔から知っているあの二人組です‼」
盛り上がりが凄まじい。
吐きそうだ。
小林が俺の顔を見て大爆笑している。
いつもは強気だが俺が緊張に弱いのをこいつは知っている。
「それではどうぞ‼」
出番だ。
深呼吸をする。
「行こうか」
「あぁ」
最後にグータッチをして階段を上がった。
「どうもー!!ハッピー
大勢が大爆笑の中会場の後ろで笑っている父と母がいた。
帰路 たかのすけ @Takanosuke_Asakusa
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