帰路

たかのすけ

第1話青春との競争

 今僕は女子高生と競争している。

僕の名前は高橋皐汰たかはしこうた。専門卒の会社員25歳でこの会社には3年ほど在籍しているが毎日定時17時に仕事を終え、それから僕は全速力で家に帰るのが日課だ。残業はほとんどしない。

上司や同僚には嫌味などよく言われるが全て無視。

「高橋君はなんで毎日定時で上がっているの?」

よく聞かれるが、理由は至ってシンプル。

早く家に帰りたいから。

特にやりたいことも無かったため適当に選んだ会社だ。

職場に居るより早く家に帰りたいと思うのは必然だろう。

そして僕は質問に毎回テンプレのように棒読みで返す。

「ちょっと予定有るんすよねー」

 毎日自転車で家に帰る。

そして僕の日課はあと一つある。

それは同じ時間帯に帰る人々との競争だ。

同じ方向、方角に自転車でどちら先に家に着くか毎日競争しているのだ。

家とはいっても流石に同じ所に行くとキレられるのでゴールは特定の地点だ。

最初に言うがこれは僕が勝手にやっているだけである。

そして数々のサラリーマンや主婦、野球部の連中に打ち勝ってきた僕だがただ一人未だに勝てない者がいる。

女子高生だ。

名前は勿論知らない。おそらく近くの高校に通っているんだろうが、やや肌が焼けているため勝手に運動部だと決めつけている。

僕も一応高校時代テニス部に所属していた。

体育祭では100m競争で陸上部相手に2位になった。

そのため体力や脚力には自信がある。

だがこの女、自分以上に以上に漕ぐのが早い。

化け物である。

普通の人であれば常に漕いでいる時の姿勢はサドル座っている状態だが、この女子高生は違う。

常に前傾姿勢の競輪選手宛らのフォームなのだ。

自分は立ち漕ぎが不得意だ。それがハンデになっているのは事実。

だが彼女は”常に”だ。

このスキルの差は正直痛い。

また、自転車には色々な種類がある。

クロスバイクやロードバイク、そして馴染みの深いママチャリ等。

彼女はママチャリで僕はクロスバイク。

どちらが走りに適しているかは専門家ではないため分からないが、素人目線でいくと僕の方がやや走る事には頭一つで出ていると思う。

ここまで言うと段々と彼女の異常さが分かってきたのではないだろうか。

25歳の男を凌ぐ脚力と体力の持ち主。

そんな彼女と今日ついに再戦することになった。

毎日帰っているとはいっても相手は女子高生。

花の高校三年間という素晴らしい青い時期に居る。

彼女はきっと放課後部活や彼氏とどこかのハンバーガー屋に行ってるに違いない。

それに対し僕はきっちり17時丁度に仕事を終え周りから嫌味を言われながら帰るという哀れな人間だ。

「今日は勝つ!!!!!!!!!!」

口には出せないため頭の中でそう叫んだ。

 コースを紹介をしよう。

道は田舎の県道。道自体は広く歩行者はほとんどいない。

その代わり僕らと同じような自転車組や自動車がやや多い道だ。

そしてこのコースの特徴は何といっても大きな坂だ。

坂は3ヶ所程ある。如何に体力温存できるかがこの対決の大きなポイントだ。

ゴールは3~4キロ直進した先のコンビニの看板だ。

彼女は右側反対車線の歩道に居る。

本当はあまり良い事ではないが田舎という事もあり自転車や歩行者は反対方向の歩道を走ったりしている。ここは目を瞑ろう。

スタートは信号が青になった瞬間だ。

僕だけその場で息を飲む。

目の前の交差道路の信号が赤になりその瞬間スタートの火蓋が切られた。

 出だしは順調。

後ろを見ると彼女はやや後ろの位置を走行していた。序盤は優勢だ。

この勝負は負けるわけにはいかない。信号待ちをしていた時後ろに居た人達はもう居ない。自動車にはもう越されたため走っているのは僕と彼女のみだ。

走って5分ぐらいで最初の坂に突入した。ここで体力の配分を間違うと後半に影響する。勾配が急になり自然と体制が立ち漕ぎに変わる。

きっと彼女も立ち漕ぎのはずだ。というよりさっき見た時既に漕いでいたのだが。

スピードが落ちる。

とその時視界に彼女が入ってきた。

僕は唖然とした。

「くそっ!」

気が付いたらそう口で発していた。

体力温存で走っているとはいえここでリードされるとペースが乱れてしまう。

いつもはもう少し先まで僕がリードした展開だった。

それがもう既に越されたことにやや気持ちが焦る。

そんな汗を垂らし鬼瓦のような顔で走っている僕をよそに視界に入った彼女の顔を見ると少し涼しげだった。

 後半に差し掛かった。

現状は未だ彼女リードのまま。

やや距離を縮めたと思いきやまた2ヶ所目の坂でまた距離を延ばされてしまった。

このままいつものように負けてしまうのだろうか。

ネガティブな事を考えてしまう。そんな自分に少しムカついた。

何だが久しぶりの気分だった。

高校以来だろうかこの”悔しい”という感情は。

毎日同じ似たような仕事をして定時に帰るというまるでロボットのような生活をしているとそんな感情も抱くはずがない。あの頃は部活で試合に負けた時学校に残って練習をしたものだった。

今考えると不思議なものだ。

わざわざ夜遅くまで自主練したところで給料も発生せず1円も貰えない。

何故だろうか。何故あそこまで熱中してたのだろうか。

そんなことを考えていると前方を走っていた彼女は居なくなっていた。

 何故僕が毎日定時に帰り早く家に帰るのか。

それは知らぬ間に”誰かと競争”する事が日常のほんの楽しみだったんだと思う。

競争を終えだらだらと漕ぎながら家に帰る。

悔しい思いもあるがそんなことよりも別の事を考えていた。

今後の人生の事だ。

自分の生きがいや好きな事、やっていて楽しい事。

それを仕事にするのもいいのかもしれない。

考え事をしていると帰り道誰かの家からふんわりとご飯のいい香りがした。

いつもは競争後も飛ばしてひたすら帰宅する事を考えていたため気が付かなかった。

懐かしい香りだ。

この香りでさらに昔の事を思い出す。

部活を終えて家に帰り母さんの作ったご飯に食らいついていたあの頃。


僕はボソッと呟いた。

「今日の夕ご飯は野菜炒めにしようかな」

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