第30話 エルムステルでの戦後処理 04

 食事も終えて、バートとホリーは執務室に戻る。ヘクターも騎士団に戻った。そして早々に執務室に役人が来た。今度は徴税ちょうぜい担当の役人だ。



「バート様。妖魔共の略奪を受けた村々の税を軽減するか免除せよとのことですが、そうすれば税収が減ってしまいますが……」


「略奪を受けていない村々からは通常通りに徴税すればいい。だが略奪を受けて、村人たちが十分に生活出来ない状態の村は、今年の税は軽減するか免除するべきと考える。エルムステルの領地内では深刻な略奪を受けた村はそうはないはずだが」


「ですが……」



 役人は納得した様子はない。彼にとっては税を取り立てることこそが自分の仕事なのであり、それを減免しろと本来の主ではない者に言われても簡単には納得出来ない。



「無理に取り立てて、村人たちが死ぬか離散するかすれば、その後は税を取ることが出来なくなる。税を減免して村人たちが生きることが出来るようにすれば、今年は一時的に税収が減っても、来年以降は凶作に見舞われるなどしない限り税を取ることができるだろう」


「……確かに。左様さようでございますなぁ」



 続くバートの言葉に、役人も納得する様子を見せる。言われてみればそれは自明のことであった。



「この施策しさくを利用して己の私腹を肥やそうとする徴税官ちょうぜいかんや、略奪されたと偽って税を逃れようとする者も出て来るかもしれない。そのような者は処罰するとも周知しろ。だが審査を厳しくすると、本当に略奪をされて税の減免が必要な者が申し出にくくなるかもしれない。審査は簡易的なものにして、不正が発覚すれば処罰しろ」


「かしこまりました。ごもっともでございます」



 税に関する不正を防止すること。それこそこの役人の職務でもある。それが認められたと考えたのか、役人もバートの言葉を素直に受け入れた。



「場合によっては食料や種籾たねもみ、家畜や農具などの援助も必要かもしれない。そうすれば村人たちもえの不安にさらされることなく、来年に備えることが出来るだろう。その準備と支援が必要かいなかの調査もしろ」


「おお。なんというお慈悲なのか、感服いたしました」


「用件はそれだけならば仕事に戻れ」


「はい。ではご指示通りにいたします。いや、本当に感服しました」



 ホリーは感嘆する。バートの視野の広さと、それをただ命令するだけではなくきちんと説明して役人たちも納得させていることに。だが悲しくも思う。この男は決して慈悲から行動しているのではない。この男にとって善行を行うのは自分がそうしたいからではなく、義務でしかないのだ。

 そしてバートからすれば、これはホリーが推測しているように慈悲からの施策しさくではない。無理に税を取り立てて村人たちが死ぬか離散してしまえば、それ以後の税を取ることはできなくなる。村人たちも領民たちも恨みを持つだろうし、治安が悪化する恐れもある。それを回避し、来年以降の税収を確保するためには、今年の税を減免するべきという合理的な判断をしたに過ぎない。彼も代理とはいえ統治者としての仕事をしているのであり、合理的に考えて正しいと思える施策をとっているだけで、慈悲や正義感によるものではないのだ。




 しばし政務をしているとまた扉がノックされ、ホリーが返事をして扉を開ける。入ってきたのは長い金髪の美しいエルフの女性、シャルリーヌだった。エルフは長命だから外見からは年齢はわかりにくいが、彼女の年齢はバートと同じくらいらしい。人間から見たら二十になる前の少女に見えるが。



「バートもホリーもお疲れ様。調子はどう? 役人たちはバートに感心しているようだけど」


「私は任されたことをしているに過ぎない」


「バートさんはこんなことを言ってますけど、すごいです。適切な指示をして、それを役人さんたちにも納得させて。私は雑用しか出来ないんですけど……」


「お嬢さんが手伝ってくれるのは助かっている」


「は、はい!」


「ふふ。あなたたちもうまくやっているようね」



 シャルリーヌは自分たちに任されていた任務の報告に来たのだが、少しくらいの世間話はしても問題はない。彼女が来たのは、彼女の仲間たちのおせっかいによるものであった。彼女はバートと会いたいであろうと。

 だがシャルリーヌは思う。バートはホリーに自然に配慮しているが、この男はそれに自分自身で気づいているのだろうか。この男にはほとんどの人間は妖魔同然の敵に見えている。それなのにホリーに対しては思いやっている様子なのは、この男の絶望に凍てついた心を溶かすきざしなのかもしれない。その二人の様子も微笑ましいのであるが。



「街の外に持ち出されていた領主の財宝は全部持ち帰ったはずよ。領主もよくぞあそこまでの財産をため込んだものだと思うけど。あと放置されていた物資も回収しておいたわ」


「そうか。ご苦労だった。君たちは平常通りの冒険者としての仕事に戻るのか?」


「ええ。一日か二日休んでから、新しい仕事がないか様子を見るわ」



 ゲオルクたちとの戦いの後、バートは街の外に脅威は残っていないか探るために冒険者たちを偵察に派遣していた。その冒険者たちから、領主たちが虐殺されたであろう場所に大量の財宝が荷馬車に乗せたまま放置されているという報告が入った。領主たちや騎士団が逃げる道中に必要な食料などの物資も、一部が略奪されただけで放置されていた。荷馬車を引く馬は放されていたようだが。領主は緊急で持ち出せる限りの財産を持ち出そうとして、途中で殺されたのであるが、魔族たちは財宝を放置したようだ。



「まあでも魔族は財宝に興味がないという話は本当なのね」


「だからこそ、各地の遺跡に財宝が残されているのだろう。そもそも財宝に執着しゅうちゃくする人間の方が、種族として異常なのかもしれない」


「ふぅ……あなたは相変わらず人間嫌いね」



 魔族たちは基本的に財宝には興味を示さないものである。各地に残る遺跡群に莫大な財宝が眠っているのも、魔族たちに人類の文明が破壊されて財宝は放置されたからだと、知識人たちの間では考えられている。魔族たちにとっては財宝は無価値なのであろう。

 バートは領主代理として、シャルリーヌたちにその財宝の回収を依頼していた。財宝や物資は大量にあるから、人足なども付けて。シャルリーヌたちと別の三組の冒険者たちも付けて、人足たちが財貨を盗まないように監視もさせていた。

 放置された領主の財宝をそのままにしておくわけにはいかない。それを見つける者がいれば、それを自分のものにしようとするであろう。であるからバートが領主代行を押しつけられた時に、その回収も指示しておいたのである。その財宝はエルムステルの街を運営するための資金にもなるだろうという目算もあった。財宝や物資は大量にあって、一度に持って帰るというわけにもいかず、見張りも残しながら複数の荷馬車を何往復もさせて、これまで時間がかかってしまったのだが。



「あと、冒険者の店に、約束通り妖魔討伐行に参加した冒険者たちへの追加報酬を払うと伝えておいてくれ」


「わかったわ」



 バートは回収された財宝から妖魔討伐行に参加した冒険者たちに対する追加報酬を出すことも約束していた。実際冒険者たちが成した功績はそれに値するものであり、役人たちも内心はどうあれ反対はしなかった。それは冒険者たちが欲に駆られて財宝に手を出すのを防ぐためでもあり、あらかじめ追加報酬を約束しておけば我欲に駆られる者はそうはいないだろうという計算もあった。バートは妖魔討伐行に参加した冒険者たちも見込みはあると考えてはいたが、善良な人間も時に魔が差すものだとも思っている。



「私は追加報酬はいらないんですけど……」


「お嬢さんの働きも大きなものだった。そのお嬢さんが追加報酬を受け取らなければ、他の冒険者たちが後ろめたく思ってしまうかもしれない」


「そうね。受け取っておきなさい」


「はい……」



 バートたち自身も追加報酬を受け取る。バートは金にこだわりすぎる男ではないが、最も大きな功を上げた自分たちが追加報酬を受け取らなければ、冒険者たちが後ろめたい思いを抱えてしまうかもしれないという配慮があった。



「でも私は今後あなたたちに同行しようかしら。私が足手まといにならないか心配だけど」



 シャルリーヌはバートにかれているのだろう。それが恋や愛の段階にまで進んでいるのかは彼女自身にもわからなかったが。ただ彼女がバートを男性として好ましいと思っているのは確かであった。

 だがそれ以上に、彼女はバートやホリーたちが心配だった。バートには危うい所があると彼女は考えていた。この男はいざとなれば自分自身の命を惜しまないのではないか。ヘクターも他人のために自分の命を賭けかねない。ホリーのことも心配だった。この子は聖女の可能性が高いのだからもちろん守らなければならないのだが、彼女はこの子を個人的にも気に入っていた。そしてこの子は優しすぎる。その優しさを悪意を持った者に利用されてしまうかもしれない。

 シャルリーヌの実力は凄腕と称されるにふさわしいものだが、バートとヘクターに比べると低いのは事実であり、自分がついて行って足手まといにならないか心配なのも本音ではあった。だがバートとヘクターが主力として戦い、シャルリーヌが補助する形になれば、ホリーを守りやすくなるという目算もあった。



「シャルリーヌさんが一緒にいてくれるなら、私も心強いです」


「確かにお嬢さんを守ってくれる信頼出来る者がいればありがたい。お嬢さんが気軽に相談出来る女性がいることも。お嬢さんも男の私とヘクター相手では相談しにくいこともあるかもしれない」


「ふふ。そうね。ホリーは年頃の女の子なんだから」


「は、はい」



 一方ホリーはシャルリーヌはいい人だと思っているし、この人が一緒にいてくれると心強いのは本心だ。男のバートとヘクターには相談しにくいこともあるのも事実であった。

 そしてバートにとっても、シャルリーヌが同行してくれるならばありがたいのも本心だった。彼女は人格的にも実力的にも信頼出来るし、ホリーを守る戦力としても心強い。彼はホリーが男である自分とヘクターに気を遣っている様子も垣間かいま見えることも気になっていた。年頃の少女に常に男連中がついているよりも、気軽に相談出来る女性がいる方が良いのではないかと。彼も妖魔討伐行でホリーが女冒険者たちと接している姿を見て、そう思うようになったのだ。



「リンジーたちもあなたたちと同行するように声をかけてみようかしらね」


「そうしてくれるとありがたい。お嬢さんの安全は確保しなければならない。いずれ私から、君たちも同行してくれないかと声をかけるつもりだった」



 そしてシャルリーヌとリンジーがいれば、宿でも彼女たちにホリーを守ってもらえばいいから、男女別室に出来る。ホリーが着替える時は自分たちは部屋を出るとはいえ、彼女もいつまでも男と同室なのは抵抗があるだろう。ホリーからすればバートたちなら嫌ではなく、それはこの男の気の回しすぎではあるのだが。

 すぐに旅に出ることが出来ていたならば、バートの方からシャルリーヌたちに同行してくれるように依頼したであろう。だがバートは領主代理を押しつけられ、いつ旅に出ることが出来るかわからなくなったため、保留していたのである。



「でもあなたもホリーが大事なのね」


「私がお嬢さんのことを心配だと思っているのは事実なのだろう」


「そう思ってくれるのはうれしいです」



 しかし彼は気づいているだろうか。ホリーを守るためという理由があるとはいえ、彼はこれまで見込むに値する冒険者と出会っても、同行しようと考えることはなかった。そもそも彼は理性で考えて行動することはあっても、誰かを思いやって行動することはなかった。その彼が、ホリーを思いやっている。ホリーという彼にとって不思議な少女と出会ったことにより、彼の心も少しだけ変わったのかもしれない。



「今日は私たちもあなたたちの宿に押しかけて、一緒にお酒を飲んでいいかしら?」


「ああ。構わない。私は酒は飲まないが」


「ふふ。あなたも頑固ね」



 バートたちは今も冒険者の店に宿を取っている。役人たちからは領主の館に入ってもらう方がいいのではないかとの声も上がっているが、領主の館は略奪や破壊の跡がまだ残っており、領主代理が入るのはふさわしくないという声もある。

 冒険者の店では、ヘクターは毎夜冒険者たちと酒盛りをしている。バートとホリーは酒は飲まないが、ひっきりなしに冒険者たちから声をかけられていた。ホリーはあまりにぎやかすぎるのは苦手なのだが、不思議とその空気は心地よかった。意外なことにバートもそんな空気は嫌いではないようだ。まだ大人になっていないホリーにも酒を勧めようとする困った者たちもおり、それはバートが阻止しているのだが。

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