第27話 エルムステルでの戦後処理 01

 エルムステルの街は、領主とその家族が領民を見捨てて他の街に逃げようとして魔族たちに皆殺しにされ、騎士団も壊滅し、統治機構は崩壊寸前になっている。街の幹部級の者共も領主と一緒に逃げようとして殺され、領主に見捨てられ街に残された役人たちは自分のするべきこともわからない烏合うごうの衆になっていた。騎士団も多くが戦死もしくは負傷した。逃亡する領主を守るために同行せよという命令に逆らって、自分たちの家族や街の住民を守るために街に残って防備をしていた騎士や兵士たちも、指揮系統は崩壊していた。それらを応急的にであっても立て直す必要があった。



「仕事は多いだろうとは予想していたが、予想以上だな」



 官庁にある領主の執務室では、本来の主ではない男が暫定ざんてい的な主になっている。黒髪の、暗いものを感じさせる灰色の瞳を持つ男。人間不信の魔法剣士バート。この男はきらびやかな装飾に満ちた部屋でも鎧をまとったままでいるのは場違いであるが。彼は領主代理でしかなく、正式に統治を引き継ぐ者を送ってもらえるように、帝国のフィリップ第二皇子に使者を出している。移動の時間も必要であるから、すぐには引き継ぎの者は来ないであろうが。



「でもそのいっぱいある仕事を処理出来るバートさんはすごいです」



 明るい金色の髪と美しい青い瞳を持つ可憐かれんな少女、ホリーもこの部屋でバートの手伝いをしている。ホリーは今は普通の服を着ている。ただでさえ慣れない作業をするのに、鎧まで着ていたらまともに出来るはずがない。ホリーがするのは雑用だけであるが、それでも彼女にとっては慣れない作業だ。

 なお官庁に出入りするからにはいつまでもホリーが村娘や町娘のような服を着ているのはよろしくないと、領主の使用人だった仕立屋が大急ぎで動きやすくかつ上品な服を用意している最中である。彼女はそのような格好をするのは落ち着かなさそうだと思っているのだが。




 そうして政務をしていた、机を前にしたバートの対面には、書類の束を持った役人が立っている。この世界において植物性の原料を使用した紙も安価というほどではないが一般に使用されている。



「次の書類はそれか?」


「はい。こちらでございます」


「あちらのお嬢さんの机に置け。今お嬢さんの前にある書類は処理が終わっているから、各部署に分配して対処しろ」


「こちらです。お願いします」


「はい。かしこまりました。ではこちらはお願いいたします」



 指示を受けた役人は処理の終わった書類の束を手にして退室する。残った役人たちも命令をされることに安心するという感情があるのか、バートの指示におとなしく従っていた。旧チェスター王国領の支配層側の者たちにとって冒険者は見下す対象であるし、最初は彼らもその態度を隠せていなかったが、バートの働きぶりを見ててのひらを返した。バートが賄賂わいろの授受を禁止する指示を出したことには悔しがる役人たちもいたが、賄賂は帝国の法で禁止されており、その者たちも反発するにも出来ないでいた。



「役人さんたちもきちんと生活出来るようになって良かったです」


「彼らも生活するためには給金を受け取る必要がある。お嬢さんも理解しておく必要がある。人が不自由することなく生きるためにはある程度の金は必要だ。お嬢さんが欲深くなられても困るが」


「はい」



 役人たちも生活するためには給金を受け取らなければならないが、その財源となる街の資金の保管庫を死んだ領主が逃げる前に封鎖してしまっていた。それをバートの領主代理としての依頼を受けた盗賊のベネディクトと魔術師のシャルリーヌが、機械的な鍵と罠と魔法的な鍵を開け、出せるようにしたのである。つまり役人たちにとって彼らは自分たちも生活を続けられるようにしてくれた恩人なのである。バートは役人たちのために保管庫の開放を依頼したわけではなく、領主代理として施策しさくを行うための財源とし、その手足となって動く役人たちの給金を確保するためであったが。



「やっぱり悪い役人さんもいるのでしょうか……」


「ほとんどの人間の本性は悪だ。一見善良そうな者も、その顔の裏には醜い本性を隠している」


「……」



 ホリーにとって、バートがそう考えていることは悲しい。だが彼女も悪い人間がいることは認めざるを得なかった。

 この街の役人にも、城門でホリーに目を付けた役人のような上にへつらい下には傲慢ごうまんに振る舞う者共もいるが、あそこまで極端な者ばかりではない。あの役人は今もこの街にいるのかそれとも領主と共に死んだのかは彼らは知らなかったが、あの役人や他の門で同じような役割を与えられていた者たちは、領主のお気に入りとしていずれまた領主の好みに合う少女たちを集めるためにと領主にお供して、魔族たちに殺されている。



「でも、バートさんもすごいですね。皆さんもバートさんをめているようですよ」


「立場が上の者にこびへつらっているだけの者も多いだろう」


「……」



 ホリーも理解せざるを得ない。この人は人間を信じてなどいない。この人にとってはほとんど全ての人間は敵に見えているのであろう。

 だがバートに感心している者が多いことは事実であった。バートに一時的にでもこの街を統率するように頼み込んだマルコムたちにとっても、指示を受ける役人たちにとってもうれしい誤算であることに、一冒険者でしかないはずのバートの政務能力は高かった。とどこおっていた政務をたちどころに処理し、適切な指示を出していく。このほんの短期間で、役人たちはバートを自分たちの上で指示する者として認めるようになった。政務をおろそかにしていた死んだ領主の元で働くことに鬱屈うっくつしていた役人たちもおり、今はやりがいがあると張り切っている者たちもいるほどだ。バートにこびへつらおうとする者すら出てきているのだが、彼は人間などそんなものだと思って無視している。

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