第26話 悪魔族の将アードリアン 02
アードリアンは祈りを終え、室外で待機していた副官を呼ぶ。
「モーリッツ」
「はっ」
副官は返事をして入室する。
「人間共の死体の焼却にはあとどれくらいの期間が必要だ?」
「はっ。あと十日は必要との報告を受けております。死体を燃やす燃料の調達には少し時間がかかります。なにぶん万単位の死体がありますから」
「ふむ。あれだけの人間共を殺した割には、意外と順調だな。作業に当たっている者共は後で私直々にねぎらってやろう」
「はっ。そうしていただければ、者共も士気が上がりましょう」
「だがそれだけの時間がかかるとなると、アンデッドが発生するかもしれん。警戒するように呼びかけよ」
「はっ」
彼らがこの街で殺した人間の数は膨大だ。アードリアンの配下には好んで人間の肉を食う者たちもいるが、到底彼らだけでは消費しきれない。その膨大な人間共の死体がアンデッドにならないように焼却していく必要がある。アンデッドを極力発生させないようにするのはこの世界に生きる知恵ある生き物全てにとっての責務であり、魔族たちにとってもそれは当然の義務である。だが死体を焼却することは魔族たちにとっても楽しい作業ではない。配下たちをねぎらってやる必要があるだろう。妖魔共に対しては型どおりに言葉をかけるだけでいいが。
アードリアンは配下たちを含む魔族に対しては公正で思いやりのある男だ。無論彼も将として配下たちを死地に向かわせることもある。それも将の義務であり、そして配下たちを無駄に死なせないことが将たる自分の責任だと彼は思っている。そんな彼だからこそ、配下たちも五百程度という小規模な軍勢で敵地奥深くに侵入するという恐ろしく危険な任務にも、不平一つ言わずに従っているのである。
「妖魔共はいかほど残っている?」
「三万ほどでございます」
「予定が大幅に狂っているな。この辺りの領主共
「恐れながら、それは否定出来ないかと。所詮妖魔共です。そろそろ思い切って減らすべきかと愚考します」
「うむ」
アードリアンが軍師ギュンターから命じられた任務の第一の目的は、妖魔共の
予定ではそろそろ妖魔共はそれなりに減っているはずだった。それがなし得なかったのは、領主共
彼は認めるべき自分のミスを認めない愚劣な将ではない。自分のミスを認めない者は、時としてそのミスをさらに拡大して取り返しのつかない事態を引き起こすことを彼は知っている。無論自分の失敗を認めると配下の士気に悪影響があると考えられる場面では、表には出さないが。
あまり時間をかければ、旧王国領東方地域のフィリップ・ヴィクトリアスが軍勢を派遣してくるであろう。その軍勢相手では、わずか五百程度の魔族の手勢と妖魔共で戦うのは心許ない。その前に撤退する必要がある。ここで妖魔共を放り出して撤退するのは論外だ。そうすれば妖魔共は方々に散って、さらに数を増やしてしまうだろう。それは軍師から与えられた任務に失敗することを意味する。
「適当な街をいくつか、妖魔共を正面に出して力攻めをさせるか。妖魔共もこれまでの勝利に気をよくして、死地に送り込もうともそれにも気づかず死んでいくだろう」
「はっ。では攻撃目標の候補を
「うむ。任せる」
「はっ」
彼はこの地に
「あと妖魔共を五百ばかりこの街に置いて行こう」
「はっ。人間共がこの街に容易には戻ってこないように、障害物としてでございますね? そしてこの街にまだ生き残っているかもしれない人間共を殺させるために」
「そうだ」
第二の目的である旧チェスター王国領の後方地域の
「それからルイーザですが、彼女と数体の魔族が人間共数十人を
「その程度は見逃しても構うまい。荷馬車と物資を渡して逃がしてやれ」
「はっ」
「その人間共も、逃げた先の人間共に殺されるかもしれんがな」
ルイーザとは、アードリアンの友の娘の女悪魔である。彼女は少々困り者なのであるが。彼女はアードリアンの配下であるにもかかわらず、戦う力を持たない人間共を殺すのを拒否し、今回は人間共を匿っていたことが発覚したのである。
まあ数十人程度ならば見逃しても構わない。人間共は醜悪であるから、逃げた人間共が魔族に助けてもらったと知られれば、裏切り者とされて逃げた先で殺されるかもしれないが。
「帰還したら、ルイーザたちは人間共を
「はっ。我が軍の規律のためにも、彼女らのためにも、そうするべきでしょう」
だが彼女たちをこのままにしておくことも出来ない。友の娘ということで面倒を見るつもりであったが、軍には規律が必要だ。それは彼女たち自身のためでもあろう。
「人間共を滅ぼせる時はいつ来るのであろうな」
「そう
アードリアンは思う。出来得ることならば、人間共も妖魔共もいなくなった美しい世界をこの目で見たいものだ。果たしてあと千年は生きるであろう自分の寿命が尽きる前にその時は来るのだろうか。だが世界のためにも、この世界で生きる全ての存在のためにも、そして自分たちの子孫のためにも、人間共を滅ぼさなければならない。それは魔族の神聖なる義務だ。魔族の中にもそれを理解せず、魔族の管理下で従うならば人間共も生かしておいて良いと考える者共も大勢いるのは困ったものだ。人間共に慈悲をかける必要などない。人間共は世界そのものを滅ぼす害悪なのだから。
次の日、赤い髪と角、コウモリのような翼を持つ悪魔の少女ルイーザと数体の魔族は、荷馬車と物資を渡されて逃げようとする人間たちを見送ろうとしている。街から出てすぐに別れたら、妖魔共が逃げる人間たちを襲うに決まっているから、十分に距離を取った場所まで彼女たちが同行した。
「あなたたちは出来るだけ遠くに逃げなさい。近くまでしか逃げなかったら再度我が軍に襲われるかもしれないし、その時私たちで
「はい……ルイーザさん。皆さん。どうもありがとうございました」
「お礼を言われることじゃないわよ。あと、人間たちには魔族に助けてもらったなんて言ったら駄目よ」
「え……どうしてですか?」
「あなたたちもそうだったように、人間たちは私たち魔族を敵としか思っていないわ。その魔族に助けられたとなったら、あなたたちも人間たちから悪意を向けられる恐れがあるわ」
「は……はい……」
ルイーザたちに
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