第21話 オーガの将義兄弟たちとの戦い 02
ゲオルクは息絶えた。魔族の集団もこの場を去ろうとしている。だがまだ終わりではない。
「兄者。バート。いい戦いだったぜ」
「兄者もいい死に様だったじゃねえか」
「おう。満足しきっているっていう死に顔だ」
イーヴォとカールとグンターは、ヘクターと
ヘクターが声をかける。
「あんたらは行かないのか?」
「ゲオルクの兄者と俺たちの義兄弟は死ぬのは同じ時同じ場所と決めてんだ」
「……そうか」
ヘクターはイーヴォたちなら見逃してもいいと思っていた。それほどに、彼はゲオルクに敬意を
「さあ、ここが俺たちの死に場所だ!」
「ヘクター、バート。二人で来い!」
「俺たちゃ三体だ。それでも俺たちじゃお前ら二人を相手にしたら勝てねえだろうが、全力で戦おうぜ!」
イーヴォたちは吠える。
バートがゲオルクの死体から離れてヘクターの方に行こうとする。
それをヘクターが止めた。
「バート。俺一人にやらせてください。俺が死のうとも、手を出さないでください」
「……わかった」
バートはそのヘクターの頼みを受け入れた。ヘクターには確信があった。たとえ自分が敗れても、一体か二体は仕留めることは出来ると。そうすればバートが負けることはないと。そして自分が一人で勝つことも不可能ではないと。
「俺の本当の名前はヘンリー。家名を言うのは、悪いけど勘弁してくれ」
「へっ。上等だ」
イーヴォたちもヘクターの心意気は理解した。この男は自分たちを一方的に倒したいのではなく、自分たちを認めたのだと。ならばその心意気に応える戦いをしなければならない。
ヘクターの言葉はリンジーたちにも届いていた。旧王国の滅亡で地位を失った貴族たちには名前を変えて
「おおおお――――っ!!」
イーヴォが
ヘクターは前に出ながら、その手にしたハルバードの
「俺たちを忘れんじゃねえぞ!」
「おうよ!」
その間にカールとグンターは左右に回り込んでいた。左右から同時にバトルアックスを振るう。ヘクターは身を沈めてそれを
「はっはー! やるじゃねえか!」
「ぐっ……」
イーヴォが鼻血を流しながらバトルアックスを振るう。それをヘクターは避けることが出来なかった。だが魔法が付与された重厚な鎧が彼の命を守った。それでも衝撃は彼の体にダメージを与える。これがゲオルクが振るったものだったら、ヘクターは行動不能になっていたかもしれない。
「おおおっ!」
攻撃の威力に一時後退したヘクターが、前に出ながらハルバードの
「カールも倒れちまったか!」
「上等だ!」
グンターがバトルアックスを振るう。ヘクターはそれを
「まだまだ!」
そこにさらにグンターがバトルアックスを振るう。それに対し、ヘクターはハルバードという大柄な武器を扱っているとは思えない精密な動きで、グンターのバトルアックスを握っているその手を攻撃した。グンターの指が切り落とされ、バトルアックスがすっぽ抜ける。痛みは耐えられても、握る指そのものがなくなれば、武器を持つことは出来ない。
「それ以上はさせねえ!」
イーヴォがグンターへのそれ以上の攻撃をさせないと言わんばかりに攻撃する。ヘクターは前に出て、イーヴォの足の間にハルバードの柄を差し込んでひねり、転倒させる。
「俺はまだ死んでねえぞ!」
武器を失ったグンターが指を失った腕で殴りかかる。だがこの状態ではリーチはヘクターの方が長い。ヘクターはハルバードの
「へへっ……このハルバードはもう使わせねえぜ……」
「よくやった! グンター、死ぬまで離すな!」
立ち上がったイーヴォがバトルアックスを振るう。グンターを巻き込まないようにしながら。ヘクターはハルバードを手放して
「おおおお――――っ!」
「おおおお――――っ!」
イーヴォが距離を取ったヘクターを追撃するべく、突進する。バトルアックスを振りかざす。ヘクターは
「へっ……へへへ……お前、強いなぁ……」
「……あんたらも強かったぜ」
勝敗はついた。ヘクターは使い物にならなくなった剣を手放し、イーヴォは倒れる。同時にヘクターも膝をついた。彼もダメージが大きい。この勝負、彼にとってもギリギリだった。ここで彼が倒れていても全くおかしくなかった。だが彼は勝った。
瀕死のオーガたちはまだ生きている。だがそれももう長くはない。
「あぁ……楽しかったなぁ……」
「おう……楽しかったなぁ……」
「こんな楽しく死ねるなんてなぁ……」
彼らには悔いはなかった。義兄弟のゲオルクと同様に。彼らはこの結果に満足していた。
「手間をかけて悪いが……ゲオルクの兄者と俺たちの死体は焼いておいてくれ……俺たちゃアンデッドになんざなりたくねぇ……」
「……おう」
人類のみならず、魔族たちにとってもアンデッドは敵だ。好んでアンデッドになろうとする者などまずいない。彼らは恨みなど抱かずに死んでいくのだから、アンデッドになる確率は低いかもしれないが、ないとは言い切れない。そしてもしこの男たちがアンデッドになれば、近隣の者たちにとって災厄となるだろう。
バートもヘクターの近くに来る。
「お前らもいつか冥界に来たら……兄者と俺たちと……また戦おうぜ……」
「俺は死んでからまで戦うのは御免だね」
「つれないことを言うなよ……まあ、お前らとなら一緒に酒を飲むのも楽しそうだなぁ……」
「あの世で盛大に宴会をしようぜ……」
「……ああ」
「強き者たちよ。ゲオルク、イーヴォ、カール、グンター。お前たちの名は、私が死ぬまで覚えていよう」
「俺も覚えているぜ」
「ありがとよ……」
ヘクターは、それにバートも、このオーガたちを憎む気にはなれなかった。それどころか、この男たちを好ましいと思っていた。平和な場所で出会っていたならば、種族を越えた友になってもおかしくはなかったと思えるほどに。
「あぁ……楽しかったなぁ……」
「楽しかったなぁ……」
「楽しかったなぁ……」
そうして、オーガの義兄弟たちは息絶えた。その顔に笑みをたたえたまま。
「善神ソル・ゼルムよ。この者たちの傷を癒やしたまえ」
ホリーが治癒魔法を使った。ヘクターが大きなダメージを負っていたのは当然だが、バートもゲオルクの攻撃を盾で受けた時に腕を痛めており、跳ね飛ばされた衝撃や飛び散る石などで軽微な傷も負っていた。バートは自分でもその傷を癒やせたのだが、何故かそうしようという気になれなかった。
決闘中、ホリーは必死に善神ソル・ゼルムに祈っていた。バートとヘクターの無事を。二人が無事だったことはもちろんうれしい。だがオーガたちの死が悲しいという感情もあった。このオーガたちは性格的に立派だったのだからなおさらだ。
そしてバートとヘクターにはわかっていた。ホリーがいなければ、自分たちは死んでいたと。ホリーがいたからこそ、自分たちは本来の実力以上の動きが出来たのだと。彼らは半ば確信していた。ホリーは聖女であると。
バートとヘクターの治癒も終わり、ホリーには聞きたいことがあった。
「このゲオルクさんたちは、悪だったんでしょうか……?」
「この男たちの行動により、多くの人間が死んだ。
「……」
そのホリーの質問に、バートはにべもなく答えた。
「だが、ゲオルクたちは武に生きる者として筋を通したのだろう。それは認めなければならない」
「ああ。立派な奴等だった」
「はい……」
ホリーは普通の村娘として育ったから、素朴に魔族は悪だと思ってきた。しかし彼女は思い出していた。夢の中での善神の
「お嬢さん。ゲオルクたちを
「俺からも頼む」
「はい……善神ソル・ゼルムよ。死せる者共にどうか安らぎを。その炎をもちて清めたまえ」
浄化の炎がゲオルクたちの死体から吹き上がる。
「死せる者たちよ。その魂に安息を」
ホリーが
そうしてゲオルクたちの死体は程なく灰になる。ヘクターが灰の中に突き立っていたハルバードを回収する。
リンジーがヘクターの肩を叩く。
「まあでも、あんたたちは勝った! あたしたちの勝利だ!」
「おお―――――!!」
リンジーにも、冒険者たちにも、やりきれない思いを吹き飛ばすための
バートがつぶやく。
「ゲオルクは任務を果たしたと言っていた。私たちは敗北したのだろう」
そのつぶやきは、バートのすぐ近くにいたホリーとシャルリーヌだけが聞いていた。
バートにはゲオルクの与えられた任務の全てを知るよしもない。一冒険者である彼らには十分な情報もない。彼らが憶測しても、それが正しいという保証もない。だが彼は自分たちが敗北したのだろうと思っていた。現にエルムステルの領主は殺され、騎士団も壊滅した。新しい領主が選ばれるにしても、死んだ領主の不正と
冒険者集団はバートとヘクターを先頭に、エルムステルの街に入る。彼らを街の住人の歓喜の声が迎える。ヘクターと冒険者たちは声援に応えて手を振ったり笑顔を浮かべたりしているが、バートは手を振りもしない。
ホリーはバートのホース・ゴーレムに同乗させてもらっている。彼女にはバートがどんな表情をしているのか見えないが、想像は出来た。彼は無表情なのだろう。彼にとって大半の人間は妖魔と大差ないのだ。今の状況は彼にとっては妖魔共に歓声で迎えられているのと大差ないのだろう。
ホリーはバートにつかまりながら尋ねる。
「バートさんは、なんでいい行いをするんですか?」
「それが私の義務だからだ」
「そうですか……」
バートの声は淡々としている。その会話を聞いているのはお互いだけだ。
善神ソル・ゼルムは言っていた。バートは義務感だけで善行をしようとしているのだろうと。その言葉は正しいのだと思うしかなかった。
ホリーは悲しかった。バートは決して悪い人ではない。その彼の心が絶望で凍てついていることが悲しかった。彼女は思った。自分がバートにとって救いになるのならば、その絶望を溶かしてあげたい。彼女はバートに少し強く抱きついた。お互いに鎧越しだから、バートは気づいていないだろうけれど。
「私はゲオルクたちのように満足して死ねるのだろうか……」
「……」
バートが脈絡もなくぽつりとこぼした。彼はそれを考えていたのであろう。
ホリーは怖かった。バートの言葉は、前向きに取れば悔いなく生きようとしているように聞こえる。だがこの人は死に場所を求めているように思えた。彼女はもう少し強く抱きついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます