第19話 不穏な足音 02

 エルムステルの付近、ゲオルクと彼の配下の軍勢は陣地を構築して待機している。彼の副将の任を任せているオーガ、イーヴォが口を開く。



「兄者。静かなる聖者と鉄騎は来ると思うか?」


「わからぬ。来るならば、勇士と認めて堂々と戦うのみ。来ぬならば、我らが戦うに値せぬ臆病者でしかないということだ」


「来たら楽しいんだがなぁ」



 ゲオルクからしてみれば、バートたちが来ようと来まいとどちらでも良かった。エルムステルの街への攻撃をちらつかせたが、彼は街を攻撃するつもりはない。すでに騎士団は撃滅し、領主も討ち取った。残っているのは戦う力を持たぬ者がほとんどだろう。彼はそのような者たちを虐殺することは好まなかった。街から逃げようとする者は殺すよう命じているが、諦めて街に引き返す者は見逃している。そして街から逃げようとする者も、ほとんどは引き返していた。



「あの伝令に行った冒険者はそろそろ静かなる聖者たちの元に到着しているかね?」


「どうであろうな」



 冒険者集団と街の間の連絡役をしているらしき馬に乗った冒険者が、必死な様子で街の外に向かうのは見逃した。そもそもバートとヘクターをおびき出すためには、それを知らせなければ来るはずがない。それにたとえ力は弱くとも、仲間たちのために決死の覚悟を決める者は彼らも好きだった。無論弱い相手でも戦いを挑んで来るならば戦うだけであり、殺した相手は死体を焼く。アンデッドになることなど、死んだ者共も望まぬであろう。



「連中が来たら楽しいんだけどなぁ」



 通告した期間内にバートたちが来れば、その勇気を賞賛して自分たちとの戦いの結果によらず軍を引く。来ないならば街は放って旧王国領東部への移動を開始する。必要な食料などは途中の街や村で略奪すれば良い。その街や村でも必要量の物資さえ調達出来ればそれ以上を奪うつもりはなく、抵抗しない者は殺す気もない。



「来なくとも、我らは東に向かえば良い。フィリップ・ヴィクトリアスの軍勢との戦いは楽しいものになるであろう」


「おうよ!」



 手勢は精鋭揃いとはいえ、圧倒的多数の敵と相対すればすりつぶされるのは必然。敵指揮系統を潰せば敵を壊走させられる可能性もあるが、そううまくいくかはわからない。フィリップ・ヴィクトリアス隷下れいかの精鋭と戦えるであろう旧王国領東部地方に到着するまでは基本的に戦闘は避け、そして到着すれば華々しく戦うのみ。



「軍師殿には既に許可を得ている」


「おう。あとは俺たちは好きにすればいいよな!」


「うむ」



 彼らは既に軍師ギュンターから与えられた任務を達成していた。だからあとは自分たちの好きにするつもりでいた。ゲオルク配下の手勢も選び抜いた精鋭、命を惜しむ者などいない。妖魔共の直接指揮のために軍師から与えられた兵はそうではない者も多かったが、彼らは任務は達成したということで魔王領に帰還するよう送り出した。



「しかし兄者。この地方の騎士団はあそこまで弱いのか? アードリアンの野郎が担当してる地域はひでえことになってるようだしよ。戦う力もねえ奴等を殺すのは俺は気に入らねえ」


「我も気に入らぬ。だが軍師殿は奴にも任務を任せ、魔王様もそれを許可した。ならば我らが文句を言うことも出来ぬ」


「そうなんだけどよぉ……」



 ゲオルクたち四体の義兄弟は武に生きる者として、強者は魔族であろうと人であろうと問わず尊重し、弱者は無意味に殺しはしないという性格だった。彼らが人間だったならば、人間たちも彼らを高潔な武人と賞したであろう。魔族たちにも彼らに敬意を向ける者も大勢いるが。

 エルムステルの騎士団は、彼らにとって拍子抜けするほど弱かった。妖魔共の間引まびきが順調に進み、もはや達成は時間の問題という段階で彼らは動いた。彼らはまず近くにいた妖魔討伐軍の騎士集団に攻撃をかけた。分散して妖魔集団を排除していた騎士集団は妖魔共との戦いにいくらか消耗し、二百人弱だった。一方ゲオルク率いる魔族は五百体強で精鋭揃い。騎士集団は敵ではなかった。そうして彼らは三つの騎士集団を撃破し、エルムステルに進軍した。



「まあでも、あんな馬鹿が上に立つとは、あれじゃ人間たちは愚かだってのも否定できねえぜ」


「人間たちは魔族が管理せねばならぬのだろう」



 ゲオルクたちのような魔族たちは、人間たちを魔族の管理下に置いて、その上で生かせばいいと考えている。一方悪魔族の将アードリアンのように、人間共は有害であるから滅ぼすべきと考えている魔族も多い。

 彼らはエルムステルの街にも密偵を複数放っている。だが密偵からは、エルムステルの街では騎士集団が撃破されたという報は公開されておらず、戦果のみが喧伝けんでんされているという報告を受けていた。エルムステルの領主と騎士団は自分たちにとって都合の悪い情報は公開しなかったのだろう。

 だがさすがに騎士団も無策ではなかった。壊滅した騎士集団もマジックアイテムで騎士団本部と連絡を取り合っていたし、生き残りも街に報告に戻った。ゲオルクたちのこれ見よがしの行軍も察知していた。だから騎士団も迎え撃とうとした。エルムステルの街で待機していた騎士団はおおよそ千人。そのうち八百人ほどを戦勝記念訓練と偽装して出撃させた。彼らは残っていた妖魔討伐隊の騎士集団も呼び戻して、ゲオルクたちの魔族軍を前後から挟撃きょうげきしようとしていた。



「領主が無能だと、騎士団も無能になるのかね。あんな杜撰ずさんな作戦で来るなんてよ」


「しかも最強の戦力であるはずの冒険者たちを呼び戻しもせずにな」



 それはバートたち冒険者集団には伝えられなかった。そもそも冒険者集団には騎士団から遠距離通話用のマジックアイテムを支給されておらず、それは冒険者たちが下に見られていたことを示している。バートからすれば、それは騎士団からいらぬ干渉を受けないということで、妖魔共を討伐する上では好都合だったのだが。もしアイテムが支給されていたら、冒険者たちが戦果を挙げすぎていることに嫉妬しっとした騎士団が、冒険者たちに進軍速度をあえて下げさせたりするなどの妨害行為を働いたかもしれない。



「しかしサキュバスの愛人なんて古典的な手段に、今更引っかかる領主がいるとはなぁ……しかもこっちにはそうするつもりなんてなかったってのに。無能すぎるぜ」


「人間は我ら魔族に比べ寿命が短い。世代が変われば忘れ去られることもあるのだろう」



 その騎士団の動きはゲオルクたちには筒抜けだった。魔族の斥候せっこうは騎士団の動きを察知していた。だがそれ以上に、領主がお気に入りの愛人たちに自慢げに作戦プランを話していた。その愛人の一人は魔族の密偵だった。

 ゲオルクたちはまずは後方から追尾する騎士集団を逆撃。数は魔族たちの方が上で練度も段違い。混乱状態におちいった騎士集団は程なく壊滅した。魔族集団は返す刀で、エルムステルを進発して十分な情報収集もせず魔族軍を挟撃きょうげきするつもりで進軍していた騎士団を側面から強襲。短時間で騎士団は半数を失いエルムステルに逃げ帰った。後から進発した騎士団も一応は妖魔討伐に進発していた騎士集団とマジックアイテムで連絡を取り合っていて、彼らが交戦状態に入ったことも把握していたが、それを生かすことができないお粗末ぶりだった。



「しかもあの領主。民を見捨てて逃げようとするなんてよ。いくらなんでも酷すぎるぜ」


「であるから、アイザック・ヴィクトリアスはチェスター王国を併呑へいどんしたのであろう。無能で有害な統治者を排除するために。まだその途上であるようだが」



 魔族たちは、ヴィクトリアス帝国によるチェスター王国の併呑を、弱体化したチェスター王国の領土と民を守るためだったという帝国の宣伝は真実を言っているのだと考えている。チェスター王国が帝国に併呑されていなかったら、チェスター王国は魔王軍の攻撃によって滅び、この地は既に魔族たちの統治下になっていた可能性が高いであろう。

 領主は敗北の報に、エルムステルに立てこもっても脆弱ぜいじゃくな騎士団と街の貧弱な堀と土塁どるいと柵では守り切れないと判断。別の街に逃げようと決断した。魔族たちも人間や魔族の死体はアンデッドにならないように焼却していくから、騎士団の戦死者たちの死体を焼くのに時間がかかるだろうと、逃亡は十分間に合う計算だった。

 領主は家族と側近と使用人たちと緊急で持ち出せる限りの財産、そして愛人の中でも特にお気に入りの少女数人を連れて、残存する騎士団に守られて街を逃げようとした。領民たちを捨てて。当然騎士団にも家族がいる者はいるから、家族を見捨てることに葛藤かっとうのある者もいたようだが。そして騎士団の中には領主の命令に逆らって街に残って街の防備をしている者たちもいる。



「まあもう死んだ奴について言っても意味がないんだけどよ」


「そうであるな」



 だが領主たちにとって予想外なほどゲオルクたちの進軍は速かった。領主たちの集団は街を出たその日のうちに魔族たちに捕捉ほそくされ、騎士団が迎撃態勢に入った時、領主の愛人の一人が動いた。彼女は魔族の密偵だった。彼女は本当の姿を現して領主と騎士団長を殺し、空を飛んでゲオルクたちの元に合流した。統率者を失った騎士団はなすすべもなく壊滅した。一連の戦闘でも、魔族側の被害はほとんどなかった。



「さて……静かなる聖者と鉄騎は来るであろうか?」


「来たら楽しいんだけどなぁ」



 これをもってゲオルクが軍師から与えられた任務は完遂かんすいされた。あとは彼は好きにするつもりだ。これまでの戦いは彼にとって決して満足の行くものではなかった。バートとヘクターが来るか、来るとして彼を満足させられるかはわからなかったが、フィリップ・ヴィクトリアスの軍勢と相対すれば、彼の積年の願いは果たされるであろう。彼はその時を心待ちにしていた。

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