第17話 妖魔討滅戦 07

 廃村の小屋で、ゲオルクは書状を読んでいた。そこに彼の義兄弟のカールが入ってきた。彼はカールにこの地域での妖魔共の管理を任せている。



「兄者。妖魔共の間引まびきは順調に進んでいるようだぜ」



 そう言ってカールは妖魔共の壊滅が確認された場所を複数、地図で指し示す。



「早いな。人間たちの初動が遅れたゆえ、今しばらくの時間がかかると思っていたのだが」


「領主共の差し向けた騎士団は動きが鈍いようだが、冒険者たちが活躍しているようだぜ。特にエルムステルの街から進発した冒険者集団の動きが目覚ましいようだ」


「ほう。静かなる聖者と鉄騎のいる軍勢か」



 ゲオルクが楽しげに口角をつり上げる。彼らは妖魔共が虐殺されようと気にも留めていなかった。むしろそれが彼らに課せられた任務の一つだった。



「ところで兄者は何を読んでいたんだ?」



 その質問にゲオルクの表情が不機嫌になる。



「アードリアンのくだらぬ自慢話だ。街や村をいくつ壊滅させたやら人間を何人殺したやらな。我にも人間たちを殺せと言ってきている」


「ちっ! 俺は奴が気に入らねえ。戦う力もない奴等を無意味に殺して何が楽しいってんだ」


「それは我も同感だ。だが奴も任務は遂行すいこうしている。文句を言うわけにはゆくまい」



 ゲオルクと彼の義兄弟たちは、別に人間が憎いわけではない。彼らの望みは強敵との戦い。戦うすべを持たない者共を無意味に殺すのは気にくわなかった。かといって人間たちに慈悲を垂れるわけではないし、戦いを挑んでくる人間を殺すことはなんとも思っていないが。彼らは弱い人間には興味がなく、それゆえに敵意もなかった。

 彼らのようにことさらに人間を敵視しているわけではない魔族は珍しくない。高等な魔族の半数程度にとっては、人間たちも魔族に従うならば生かしておいて良いという、征服の対象ではあっても殲滅せんめつの対象ではない。妖魔共はほぼ例外なく粗暴で残忍だし、高等な魔族たちの残り半数は人間を滅ぼすことが自分たちの使命と考えている。ゲオルクたちからすればそのような者たちは味方であっても気にくわなかった。味方は味方と割り切ってはいるし、彼らが気にくわないからといって人間たちに味方するわけでもないが。

 ちなみにゲオルクたちのようなオーガという種族は人間たちからは食人鬼と呼ばれ恐れられているが、彼ら義兄弟は人を喰ったことはない。彼らの同族には自分の力を誇示するためか好んで人を喰う連中もいるが、彼らはそんなゲテモノを喰う連中のことが理解できなかったし、理解したいとも思わなかった。人間牧場などと言って人間たちを飼うという意識の者たちもいるが、牛や豚などの家畜の方が早く成長して肉もはるかに多く取れるのに、何を無駄なことをしているのかと思うだけだった。種族によって性格の傾向というものがあるのは事実だったが、個体毎の性格はそれぞれ異なっているのである。




 ゲオルクはこの地に来ることになったいきさつを思い出す。


 三ヶ月ほど前、ゲオルクは魔王城と俗称される城、岩の城フェルゼンブルクの一室にあった。魔王の城と言っても、人間たちが想像するようなおどろおどろしい雰囲気はない。外部にも内部にもきらびやかな装飾や見るからに高級な調度品はほとんどなく、機能を優先した無骨な軍事要塞である。人間の王侯貴族がこの城を居城としろと言われれば、こんな地味な城に住めと言うのかと怒りをあらわにするであろう。

 ゲオルクがこの場にあるのは魔王に仕える軍師ギュンターの呼び出しを受けてのことである。

 その場にはもう一体の魔族、悪魔種族のアードリアンもいた。アードリアンは悪魔と聞いて人間が想像するそのままに、頭部には角を生やし背中にはコウモリのような羽を持っている。



けいらに任務を与える」


「いよいよ我に出撃許可をいただけると?」


「ふん。貴様の出る幕などない。私が人間共の軍勢を壊滅させ、人間共を皆殺しにしてやりましょう」



 ゲオルクは不満を抱いていた。旧チェスター王国領に進軍しようと布陣している魔王軍が長らく停滞している状況に、自分とその軍勢も出陣したいと上申していたのに許可が出なかったのだから。とうとうその許可が下りたと思った。

 アードリアンも歓喜の様子を見せていた。彼は人間を殺すことが自分の使命だと考えていた。



けいらに与える任務は、旧チェスター王国領での妖魔共の間引まびきだ。旧王国領の西部では妖魔共が増えすぎている。これを適切な数まで間引きせよ。人間共でも討伐できる程度にし、人間共に妖魔共を殺させよ」


「我にそんなつまらぬ任務をせよと?」


「いかにも」


「ふん。貴様が断ると言うならば、私が全てやってやろう」


「これは卿ら二体に対する命令だ。魔王様の御裁可も得ている」


「……承知」



 ゲオルクは不満に表情を歪めるが、魔王の命令ともなれば断るわけにもいかない。

 一方アードリアンは楽しげだ。アードリアンは人間たちを殺せるなら手段は問わないし、増えすぎた妖魔共もうまく使えば多数の人間を殺せる。妖魔の間引きにおいては妖魔共を人間たちに殺させるのが目的であるから、積極的な攻撃は控えるのが通例であるが、魔王軍が本格的な侵攻を停止していた時期ならばともかく、侵攻を開始しようとしているこの時期であるのだから、彼は人間たちの領域に壊滅的な被害を与えるつもりでいた。



「ですがチェスター王国の時代はいざ知らず、フィリップ・ヴィクトリアスは妖魔共の討伐をおこたる無能とは思えないのですが?」


「旧チェスター王国領の西部では王国の元貴族共が引き続き統治を続けているようで、フィリップ・ヴィクトリアスの統治は行き届いていないとの報告を受けている。そもそも奴は軍事はともかく内政は不得手という印象を受ける」


「ふむ。戦場の勇将も、内政の名統治者とはいかぬか」


「であるな。このままでは妖魔共が手のつけられないほど増えてしまう恐れがある」



 妖魔共は人間たちにとって厄介な存在だが、魔族たちにとっても頭が痛い問題だった。妖魔共は繁殖力が強すぎる。数を管理出来るうちならばまだ良いのだが、管理を離れたら爆発的に増えてしまう恐れがあった。一地方に数十万という数にもなれば、数を減らすのが間に合わずに手の施しようのない数に増えてしまう恐れがある。

 妖魔共を養うためにも大量の食料が必要だ。武器や防具や服などの物資も必要になる。妖魔共自身にそれらを生産させようにも、彼らは一般に粗暴で短気だから生産活動をさせても効率が悪い。より上位の魔族たちは自分たちの分の物資を生産するのはいいとしても、下等な妖魔共のために生産するのはプライドが邪魔をした。



「やれやれ。旧チェスター王国のままでしたら、とっくにその領土は我ら魔族のものになり、妖魔共も適当にヴィクトリアス帝国の軍勢にぶつければ良かったのですけどね」


「それは皇帝アイザック・ヴィクトリアスに先見の明があると考えるべきであろう。我らがチェスター王国に本格的に侵攻する前に己が侵攻しその土地と民を守るとは、思い切ったことをしたものだ」


「敵ながら有能な人間もいるものです。そのせいで魔王軍の侵攻は止められていると」


「敵が無能ばかりではつまらぬ」



 魔族たちも優秀な人間は正しく評価する。自分たちの障害になる者として。そして魔族たちにとって旧チェスター王国は、蹴れば即座に倒れる朽ちた老木でしかなかった。敵としては旧チェスター王国の方がくみしやすかったのは事実であろう。

 物資の問題に対し、魔族たちは支配下にある人間たちに物資を生産させることで解決していた。魔族たちの人間に対する考え方はおおよそ二つのグループに分かれている。一方はゲオルクのような、魔族に従うなら命を奪う必要はないと考え、人間にもある程度の権利も認め、寿命で死ぬまで生かしてやっていいと考えるグループ。他方が、アードリアンのような人間は滅ぼすべき敵と考えるグループだ。妖魔共にとってはほぼ例外なく、人間たちは獲物に過ぎない。それでも一応は人間たちは物資の生産に必要ということはアードリアンのような魔族たちにも周知されており、彼らの支配下の人間たちも生産活動が出来る間は酷使されるというほどではない状態で生かされていた。



「ですがそもそも妖魔共を生かしておくことが、私は納得出来ません。妖魔共は人間共と同様この世界にとって有害です」


「人間たちはともかく、妖魔共については我も同意する」


「妖魔共も使いようだ。人間共に対してけしかけるには、下劣な妖魔共の方が都合がいい」



 魔族には下劣な妖魔共の存在を嫌っている者が多い。そんな妖魔共を生かさなければならないことに不満を持つ魔族も多いのである。

 支配下の人間たちに生産させる物資も有限だ。妖魔共が際限なく増えていけば、全てが食い尽くされる。魔王領で生まれる妖魔共については、適当に前線に送って数を減らせばいい。だが彼らにとって頭が痛いのは、人類の領域で妖魔が増えすぎることであった。

 人類側が適度に妖魔共を減らしてくれるならば、それは人類側にも治安維持のためにリソースを使わせて前線に戦力を集中させるのを防ぎ、魔王軍の戦いを優位にするというメリットがある。しかし人類側が無能すぎて妖魔共が増えすぎるとどうなるか。魔王軍がその地に侵攻した時には、土地は妖魔共に食い尽くされて荒廃しているかもしれない。だから魔族たちは妖魔共が増えすぎた人類側の土地では、時折あえて人間たちに妖魔共を討伐させるという活動をしていた。魔族たちからすれば酷く馬鹿馬鹿しい話であったが。必要とあらば魔族たちも自分たちの手で妖魔共を殺すのだが。そうして魔族たちは妖魔共の数が増えすぎないようにコントロールしてきたのである。



けいらの任務は妖魔共の間引まびきだけではない。旧王国領の後方地域の撹乱かくらんも命ずる」


「と言うと?」


「旧王国領前線地域で我ら魔王軍と相対している、フィリップ・ヴィクトリアス率いる帝国軍は精強だ。だが旧王国領の後方地域で混乱が起きれば、兵力をいくらか後方に下げざるを得まい。奴は旧王国領の全体の統治をしなければならないのだからな」


「帝国領から増援が来て、前線の兵は動かない可能性もありますが?」


「それはそれで帝国領に我らが手を出す隙が出来ることを期待してもよかろう」



 軍師ギュンターは一石二鳥を狙っていた。正面の敵が強いならば、弱体化させれば良いと。ゲオルクのように強い敵と正面から戦うことを望む魔族も多いが、ギュンターは勝ちやすい状況を用意するのが軍師たる自分の役目だと心得ていた。

 ゲオルクもアードリアンも将として有能だから、ギュンターの思惑も理解した。その上で彼らも計画に不備はないか問いかけをする。



「ふむ……だが妖魔共だけでそれだけの働きが出来るか? 早期に掃討されれば、後方に下がった兵力も前線に戻るであろう」


「無理であろうな。であるからけいらにはそれぞれ五百ほどの兵を率いて旧王国領後方地域に潜入してもらう。妖魔共の直接指揮をする者は別に付ける。帝国軍に察知されぬように小集団に別れて、現地で合流せよ。この任務は卿らならそれが出来る統率力があると期待してのことである」



 敵地でそんなことをするのは恐ろしく困難だ。だがギュンターはこの二体ならそれも出来ると確信していた。それに旧王国領東方地域のフィリップ・ヴィクトリアスの統治が行き届いている地域はともかく、西方地域は妖魔共の討伐をおこたっている治安に問題がある地域だ。東方地域さえ通過すれば障害はないも同然だろう。



「物資はどうします? 敵地に奥深くまで侵入するとなれば、輜重隊しちょうたいを編成するわけにはいきません」


「現地の妖魔共から徴収ちょうしゅうせよ」


「妖魔共の不満がたまる前に、妖魔共を使い潰せと?」


「いかにも」



 敵地に潜入して物資は現地で調達せよと言われるのも乱暴な話だった。潜入させる多数の魔族たちを食わせるための物資を徴収するとなると、妖魔共も不満を抱くであろう。敵地の妖魔共は略奪をしたり効率が悪いなりに自分たちで生産活動をするなりして物資を調達しているのであるが、急速に数を増やす妖魔共を養うためには物資の余裕はないのだから。



「妖魔共をある程度間引まびきしたら、けいらは率いている戦力でもって妖魔共の討伐に出た騎士団を攻撃せよ。無理に完全なる勝利を狙う必要はない。人間共に我ら魔族が敵地奥深くまで兵を派遣できることを思い知らせれば良いのだ。そうすれば人間共も前線のみに戦力を集中することは出来なくなる」


「後方地域で兵が増強され、人間たちの戦力の強大化を招く恐れはありませんか?」


「兵を維持するためには膨大な金と物資が必要だ。無理な兵力を維持しようとすれば、人間共の社会は負担に耐えかねて活力を失うであろう。経済力を伴わず軍事力のみ強い社会は一見強くとももろい」


「なるほど。深慮遠謀しんりょえんぼう、感服しました」


世辞せじはいい。卿らは任務の完全成功を無理に狙う必要はない。妖魔共を使い潰すだけでも今回の任務は成功なのだ。それ以上の活動は危険すぎるならば、その時点で卿らは帰還しても良い。妖魔の間引き以外は余禄よろくなのだ」



 ギュンターは完璧主義者ではなかった。達成しなければならない目標を達成することは求めるが、それ以上のことは無理には求めない。無論高い功を上げれば魔王はそれを賞するが。

 だがゲオルクには承服できないことがあった。



「……我に逃げよと?」


「魔王領に帰還せずに敵地で活動し続ければ、けいらはいずれ討ち取られるであろう。死にたいと言うならば止めはせぬ」



 ギュンターの言葉は、普通の者が聞けば冷然と突き放されたと思うであろう。だがゲオルクは我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべる。

 ギュンターもゲオルクの本当の望みを知っている。ゲオルクはそれを公言し、魔王軍でも有名なのだから。これはギュンターなりにゲオルクにチャンスを与えてやろうとも考えていたのである。

 ゲオルクはさらに問いかける。



「敵後方地域の騎士団を攻撃した後、旧王国領を東に向かい、フィリップ・ヴィクトリアスの軍勢に戦いを挑んでも良いと?」


けいがそうしたいならばそうするが良い。任務を果たした後ならばな。そうなればフィリップ・ヴィクトリアスも後方にも気を配らなければならなくなり、魔王軍は有利になる」


「承知」



 ゲオルクはその顔に喜色を浮かべる。

 ゲオルクの本当の望み。それは戦いの中で死ぬことだった。彼は老衰で死にたくなどなかった。最上は強敵と戦い討ち取られることだが、次善は敵の大軍を前に力尽きることでも良かった。

 ゲオルクは百五十年前の大戦にも参陣していた。人間の寿命は最大限に長くても百年程度だが、魔族には数百年の寿命を持つ種族は珍しくない。当時の彼は今ほど達観していなかった。彼は当時から剛勇でならし、自信に満ちていた。だが後の英雄帝アラン・ヴィクトリアスと戦い敗北、信頼していた部下たちを犠牲にして逃亡した。

 戦いにあって逃亡することは恥ではない。勝てない敵からは逃げ、勝てる敵と戦うのが戦いの常道だ。だが剛勇でならしたゲオルクが逃亡したことにより、彼は魔王軍でもあざけられるようになり、百五十年たった今でも陰口をたたかれている。

 だが彼のことを一番無様だと思っているのが、他ならぬ彼自身だった。だから彼は決めた。次は死のうと。無論無意味に死ぬのは本意ではない。全力をもって戦い、その上で討ち取られるのが彼の本当の望みだった。彼は良い死を迎えるために、それまで以上に鍛錬に力を入れた。軍略も学んだ。そうしてさらに強くなった彼を討ち取れる者はこれまでに現れなかった。大戦は程なくして終わり、大規模な戦いはあれ以来なかった。十数年ほど前から魔王軍は活動を活発化させつつあるが、それもまだ本腰は入れていない段階だ。

 この機会は逃せない。さすがに勇猛をもって知られるフィリップ・ヴィクトリアスとの一騎打ちは望めないだろうが、かの皇子率いる軍勢も精強だ。自分は今度こそ本当の望みを遂げられるであろう。その期待に彼は覇気をみなぎらせていた。

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