八.オグナの王子

 魔技手学校ってのは何処もだいたい同じ構造で、中等部や高等部、ありゃ大学部も共用する施設を集めた区域が設けられてる。でも前にも言った通り、魔技にゃ素人が扱うにゃ危険なのや、熟練の魔技手だって下手すりゃ死に兼ねんのもあるから、魔技手学校の共用区域は、資料とかも含めてそう言う危険な魔技の隔離区域でもある。


 アリエも例外じゃなく、だから共用棟にゃ原則としてアリエの生徒か正規の魔技手しか入れん。ただし、正規の魔技手が実験や研究の補助員として一般人や他所の魔技手学校の生徒を入れることも出来て、一時利用申請書ってのはそう言う補助員を共用棟に入れるための書類だ。

 下手な一般人を入れる訳にゃいかんから、当然、正規の魔技手が身元保証人にならにゃいかんし、万一入れた一般人が何某かの失態トラブルを起こしたら、身元保証人が責任を負わにゃいかん。だから、よく知らん相手のために一時利用申請書を書いてくれる魔技手とか、まずおらんのよな。

 どうすっかな……事務室で書類を貰ったら、とりあえず職員室に行ってみるか。身元保証人に心当たりゃねえけど、中等部時代の先生がまだいる可能性はゼロじゃねえ。知った顔が教員になってる可能性もあるけど、なるたけ顔を合わせたかねえし……


 っつー感じで悩んでたから、共用棟の方から誰かが近づいてるのは分かってたけど、門番さんに用事かと思って無視スルーしてた。

 だから、まさか声を掛けられるとか、思ってもなかった。


「あれ、もしかしてジョーか?」


 ! すげえ聞き覚えのある声に、俺は振り返った。


「やっぱり、ジョーじゃないか! 久しぶりだな、こんなところで何してるんだ?」

「ウッズ先生!?」


 うーわ、分かっちゃいるけど老けたなぁ。ヒース・ウッズ先生、中等部時代の俺の担任だ。そして俺を「ヨー」じゃなくて、正しく「ジョー」と呼ぶ、数少ねえ一人。

 なら俺がなんで「ヨー」って呼ばれてるかって? お袋いわく、俺が小さい頃、「ジョー」って言えず、自分のことずっと「ヨー」って言ってたかららしい。未だに幼児扱いされてるみてえで「ヨー」って呼ばれるの本当は好きじゃねえけど、西方に「ジョセフ」や「ジョシュア」を「ヨセフ」や「ヨシュア」みてえに発音する言語もあるって知ってからは、まいっかって思えるようにゃなったよ。そう言う意味じゃ魔技手学校に通ったのは無駄じゃなかった。


「ウッズさん、こちらの方とお知り合いで?」


 先生、名前を覚えてもらえる程度にゃ門番さんと顔馴染みっぽいな。


「ええ、三十年程前の教え子ですよ。せっかく魔技手学校に入ったのに魔拿マナが使えない体質で……え、利用許可証がない?」


 と、先生があれ?って表情でこっちを振り返った。


「俺、卒業式でお前に卒業証書と一緒に襟章ピンバッジ渡しただろ? 失くしてないよな? あれ校内施設の利用許可証だから、失くしたら大変だぞ」


 え、マジで。そう言や魔技幾何学の教材の入ってた袋にいろいろ入ってたけど、卒業記念品の入った箱あったな……あれか。ろくに魔技も使えんのに魔技手学校の卒業記念品とか持ってても恥ずかしいから、箱すら開けたことねえぞ。


「全く……仕方ないな、なら一時利用申請書、書いてやるから待ってろ」


 言って先生がさっさと事務室の方へ歩きだしたんで、慌てて付いてった。だって俺が頼んで書いてもらう立場なのに、これじゃ俺が先生を使い走パシらせてるみてえじゃん。

 それに俺、門番さんと話してただけで、先生にゃまだ何も言っとらんぞ。しかも門番さんにもまだ、図書館を使いたいとしか言っとらん。なのに即申請書を書いてやろうとか、面倒見がいいっつーか何つーか。幸運ラッキーっちゃ幸運だけど、先生用心深さセキュリティガバくね?

 にしても足早えな先生、もう六十も半ば近いはずなのに。この分だと今でも山登ってそうだな。


「先生、待ってよ早いよ」

「ん? 付いてきたのかジョー、待っててよかったのに」

「そうはいかんっしょ、本当なら俺が先生に頼む立場なんだから」

「……


 ウッズ先生はタメ口でもあんましうるさく言わん人だけど、これだけはいつも言われんだよな。じゃねえ、私だろって。でも俺は敢えて直さんかった。子供の頃から礼儀正しくしてると舐められるんだ。接客のときとか、どんだけ酷い客に当たったことか。


「でも先生、本当にいいの? 俺……私まだ何しに来たとも言っとらんのに」

「お前が何やりたいかは分からないけど、お前なら大丈夫だろ。お前だけじゃない、俺もここで四十年教えたけど、教えた生徒なら誰だって、そいつのやりたいことが良いことか悪いことかくらいちゃーんと分かるぞ」


 凄えな。四十年も教員やってりゃ、教えた生徒も何千人だろうに、誰が来てもそいつの善悪がちゃーんと分かるって断言できるとかさ。教えた生徒のこと、全員覚えてるから出来ることよな。実際、三十年近く会わんかった俺を一目で分かって声かけてきたんだから、俺が見た目ほとんど変わっとらんにしても、大した記憶力だ。


「それよりジョー、元気そうで良かった。お前同窓会にも全然顔出さないし、ずっと心配してたんだぞ。今仕事は何してるんだ?」

「先生こそ、なんでまだ学校にいんの? もう六十過ぎたっしょ、退職してんじゃねえの?」

「ああ、教師は退職したけど、研究員として今でも在籍中だぞ。お前も知ってるだろ? 俺の研究」


 あ、そうか。ウッズ先生の担当教科は魔技元素学。世界中に存在するあらゆる物体や現象を、魔技的な性質から分類した「属性」の基礎となる「元素」に関する学問だ。ほら、東方魔技なら木火土金水、西方魔技なら地水火風って奴。

 でも同じ物体や現象なのに、属性が東方と西方で違うのって不思議だろ? その違いを先生は、俺の学生時代から、否、その前からずっと研究してた。単純な「東方と西方の文化の違い」なのはちょっと勉強した俺でも分かるけど、先生はその文化的背景やら何やらを深掘りしてたんだ。


「三年前、退職記念に研究成果をまとめて発表したら、あちこちで評価されてな、それで研究員として大学部に残ることになったんだ。概要だけだけど、西方の学術書でも紹介されたんだぞ」


 うお、凄えな先生。


「そう言えばお前、図書館を使いたいんだよな? だったら蔵書にあるはずだから、後で見せてやるよ」


 いや、流石にそこまで興味はねえんだけど……先生ひょっとして自慢してえだけ?


「それより、図書館で何を調べるつもりだ? 仕事か?」

「うん、まあ……仕事みてえなモンかな」


 っつー感じで話してるうちに事務室に到着した。


「すいません、図書館使うのに一時利用申請書が欲しいんですけど」

「ウッズ先生? 今日はそちらの方?」

「うちの卒業生なんですけど、襟章を忘れたそうでして」

「ああ、それで」


 ってことは、ひょっとして先生、一時利用申請書、割と書きまくってる? それに事務員さんの口振りだと、卒業生が襟章を忘れるのも珍しくなさそうだ。事務員さんが迷わず引き出しを開けて書類を取り出す辺り、対応に凄え慣れてる感がある。


「ジョー、襟章はあるんだよな?」

「はい、こないだ昔の荷物探してたらそれっぽい箱があったから、多分」

「そうか。でももし失くしたんなら、俺が手続きしてやるからいつでも言えよ」


 それにしても、持つべきモンは面倒見のいい元担任だ。ウッズ先生に会わんかったら、卒業生襟章で図書館利用できるとか分からんかったし、分かっても家まで取りに戻りゃ半日潰れてたからな。

 あそこで先生が通りかかったのは運が良かったとしか言いようがねえけど、俺の運んなトコで使っちゃって大丈夫? 図書館に入った途端、本棚が倒れてきて下敷きになったりせんか?


「ほらジョー」


 書き終わった先生から書類を受け取って、必要事項を書き込む。名前、性別、生年月日に年齢、現住所、最終学歴……この辺はまぁ履歴書と大差ねえから書き慣れたモンだ。申請理由は既に先生が書き込んでるけど、文献調査のための図書館利用。間違っとらんけど、先生、何も聞いとらんのによくんな理由すぐ思いついたな。利用期間の項は空いてるから、俺が好きに書いていいってことなんだろうけど、とりあえずは今日だけでいいや。


「ん? ジョー、使うの今日だけでいいのか? 別に一ヶ月とかでもいいんだぞ?」

「だって襟章あったら申請書要らんのでしょ? それにどのくらい期間かかるか分からんし」


 必要事項を全部書き終わった後、記述漏れがねえか先生にも確認してもらって、後は門番さんに渡すだけ……なんだけど、なんで先生まだ付いてくんの。


「一応、監督責任があるからな」

「時間いいん?」

「ああ、今日は忘れ物を取りに来ただけで、本当は休みだったからな」


 とか言ってる割にゃ手ぶらに見えるけど……あ、さっきから左手触ってると思ったら結婚指輪か。結婚指輪もある種の魔治具だからって、先生実習のときはいつも外してたモンな。

 つか休みの日にわざわざ忘れた結婚指輪取りに来るくらいなら、早く家帰って奥さん孝行してやれよ……いい歳なんだからさ。俺はいてもらった方がいろいろ助かるから言わんけど。


「それにしても、卒業して三十年近く音沙汰なかったお前が、魔技の文献を調べに来るとはね。仕事みたいなものって言ってたけど、別に魔拿が扱えるようになった訳でもないんだろ?」

「先生、なんで俺……私が魔技の文献調べに来たって分かったん?」

「だって行事イベントもないのに専門書しか置いてない図書館に来る理由なんて、他にないだろ」


 そりゃそうか。一般人向けの図書館みてえに、幼児や子供向けの本なんぞ置いとらんし、読書に親しむ行事っつーのもねえし。あ、でも盤上遊戯ボードゲームの大会は時々開かれるな。今日は平日だからその可能性もねえけど。


「文献を調べるってことは、何か魔技について分からないことがあるんだろ? お前座学の成績は悪くなかったのに、実技が駄目だからって魔技を諦めたじゃないか。お前がその気なら、魔拿が扱えなくても魔技の知識を活かせるような仕事も選べただろうに……ずっと勿体ないと思ってたんだ」

「……」

「だからジョー、お前がまた魔技について学びたいって言うんなら、先生いくらでも手伝ってやるぞ」


 監督責任云々言ってたけど、先生の本音はか。

 でも先生にゃ申し訳ねえけど、正直俺は、もう魔技なんかどうでもいい。回り灯籠を修復するのも、ダグ小父さんに押し付けられたのと、親父やお袋にうるさく言われるのが嫌で、何でもいいから仕事をやってるように見せたいだけだ。それだって、俺がいつか死ぬときまでの、退屈な暇潰しに過ぎん。

 金も貰えるなら貰うけど、別にそこまで欲しい訳でもねえし。なんなら今すぐ校舎の屋上からでも飛び降りて死んだって俺は構わんのだ。んな勇気ねえからやらんだけで。

 だから付け入るようで悪いけど、今回は先生のその親切心に甘えさせてもらおう。


 再びやってきた共用棟の出入口で、門番さんに書類を渡して通行が許可された後、図書館へ向かいつつ、俺は先生に玩具に使われてる術式陣モジュールの修復を頼まれた、とざっくり伝えた。


成程なるほど術式陣モジュールならお前でも扱えるからな」

「でも先生も知ってるっしょ、俺……私、魔技語学も魔技幾何学もあんま得意じゃねえし」

「そうか? お前絵は得意だったじゃないか。ユーフォリア先生もいつも褒めてたぞ、お前の術式陣モジュール術式プログラム綺麗きれいまとめてるし、描かれた術式印メソッド術式紋クラスも丁寧だって」


 確かに絵や図形を描くのは好きだったし、魔技幾何学も一年生の頃、最初の簡単な術式印メソッド術式紋クラスを描いてた頃はユーフォリア先生にも良く褒められてたさ。でも術式プログラムが複雑になるにつれ、俺の頭が付いてけなくなったのは前に言った通りだ。


「でも先生も知ってるっしょ。段々成績悪くなって、卒業するときにゃ私、上位五十位から転落したって。結局私にゃ、魔技は向いとらんかったんすよ。母も元々私を別の学校に行かせたがってましたし」

「そんなことないぞ、ジョー。親はいつだって子供に幸せになって欲しいもんだ。保護者面談のときだってお母さん、お前が家を出て一人で暮らしていけるか凄く心配してたぞ」


 先生がそう思うのも無理はねえ。俺だって、あの頃はそう思ってた。でも今は違う。


 小さい頃から俺は、俺は何をやろうとしてもお袋に止められた。兄貴がやってることを真似しようとするたび、まだ小さいから駄目って言われた。だから三年後、あのときの兄貴の齢になったから、今度こそやろうとしたけど、やっぱ止められた。今度は何で駄目なんだよ。三年前の兄貴は良くて、同じ齢の俺が駄目な理由は何だよ。

 答えは簡単だ。良くて、駄目なんだ。年齢とか出来る出来んとか関係ねえんだ。お袋は小さい頃からいつも兄貴に甘くて、俺にゃ厳しかった。


 確かに俺は、あんまお袋の言うことを聞かん子供だったよ。でもそれは、お袋の言うことが全部俺のやりたいことと正反対だったからだ。俺のやりたいことは全部駄目で、逆にいつもを強引に押し付けてきた。幼児向けの音楽塾とかくらいだ。でも、好きでもねえし興味もねえし俺の性格に合わんかったから、どれも長続きせんかった。音楽塾で習ったことだきゃ魔技音楽学のときにちょっと役に立ったけど、まーその程度だ。

 お袋にとっての「理想の俺」は、「俺らしさ」や「本当の俺」とは正反対だった。だからお袋の言う通りにするのは俺自身を歪めるのと同義だった。そして俺は、自分を歪めてまでお袋に従うような“いい子”じゃなかった、それだけの話だ。

 だからお袋が本当にしてたのは「俺の心配」じゃねえ。お袋の俺はお袋が管理のに、その俺がるのが嫌とか不安だったとかだろ。

 んなこと先生に言っても「そんなことないぞ」とか返されそうだから言わんけど。でも嫌味の一つくらいは言わせてくれ。


「だったら、母は私が魔技手にならんかったこと、喜んでるでしょうね。兄貴みてえに王都に行かせずに済んだんだから」

「ジョー……」


 俺は捻くれ者だって自覚してるけど、その原因は間違いなくお袋だ。全部が全部お袋のせいじゃねえにしろ、少なかねえ割合でお袋が占めてんのは確かだぞ。


 そうこうしてるうちに図書館に到着し、司書さんたちへの挨拶はウッズ先生のお陰でスムーズに行った。


「あらウッズ先生、今日はそちらの方ですか?」


 反応が事務員さんと同じだ。


「ええ、昔の教え子でして、何か調べたいことがあるそうなので」

「今日はお世話になります。お口に合うか分かりませんが、よろしかったら」


 土産の『オグナの王子の東征饅頭まんじゅう』を渡すと、


「わ、東征饅頭じゃないですか! 私白あん苦手なんですけど、これ餡子に卵の黄身が入ってるから、普通の白餡より優しい感じで美味しいんですよね!」


 ここまで喜んでもらえるとは思っとらんかったけど、よかった。


「それにこの、カラスの焼き印可愛いですよね。知ってますか、この焼き印、たまーに白カラスとかウサギとかネコとかだったりするんですよ、ほら」


 マジで? 司書さんが静画フォトを見せてくれたけど、本当だ黒い鳥の焼き印の中に一個だけウサギの焼き印があるわ。いつから? 知らんかった。地元民より他所の人の方が地元に詳しい、あるある。

 それにしても妙にウサギに縁があるな。司書さんのウサギの焼き印は偶然だろうけど。否、そう言う偶然がいくつも重なることを「縁がある」っつーんだ。まだ回り灯籠と饅頭の焼き印の二つだけだから、ただの偶然で終わるかも知れんけど。


 とにかく司書さんにも話を通したし、後はあの術式陣モジュールに関係ありそうな本を探して調べるだけ。

 適当な席に背嚢リュックを置いて、とりあえず、術式陣モジュールに描かれてた例の読めん魔技文字を調べようと思って、『世界の文字一覧』って分厚い本を引っ張り出した。文字通り、文字を言語単位で一覧表にしただけの本だ。

 戦前に作られた、光画板タブレットに表示できる文字の一覧表にも似た本だけど、世界中の魔技文字どころか古い遺跡に残された未解読の文字まで網羅してるっつー、「それが文字ならこの本のどっかに必ず掲載されてる」っつー感じの、作った人の執念が恐ろしい本。戦後に使用が禁止された旧国語文字まで網羅して、尚且なおかつ今でも発禁になっとらん貴重な本でもある。

 そして物理の本なので、光画板みてえに「調べたい文字を静画に撮って検索」っつーお手軽検索は、当然出来んのだ。


「お前また珍しい本引っ張り出して来たな」


 席に戻ると、向かいにウッズ先生が座ってた。何やら分厚い本広げてるトコ見ると、先生の研究成果が載ったとか言う例の西方の学術誌かな。


「例の術式陣モジュールの中に知らん魔技文字があったんで、とりあえずそれを調べようかと思って」


 背嚢から術式陣モジュールの板と円盤を取り出して、席に広げた。先生は一枚手に取って


「ん? 旧国語文字ならお前も習っただr……ああ、こっちか。成程、確かに見ない文字だな」


 そう、円盤に書かれた魔技文字のうち、俺が読めた三種類ってのは、三種の文字が混在して文章を構成する旧国語文字だ。人によっては旧字だの戦前字だの神王字だの愚字だの呼んだりするけど、悪い意味合いを含むことが多いから、魔技文字としては三種をまとめて旧国語文字と呼ぶよう統一されてる。

 魔技文字は本来、一種類だけ使うのが定石セオリーだって言ったけど、旧国語文字はその数少ねえ例外だ。旧国語文字三種の中でも特に海の向こうから伝わった大陸文字は、ひとつひとつの文字が意味を持ってて、文字そのものが一種の術式印メソッドでもある。少ねえ文字数に多くの情報が詰め込めて、凄え効率的なんだけど、この文字だけを使う大陸語は、文字は複雑でも文法は新国語と同じで、部分的な書き換えにゃ弱く柔軟性に乏しい。

 でも、旧国語はそこに音いんを示す二種類の文字を加えて、大陸文字を補完する。更に文法も語も組み換え自由で、加えて単語単位でなら他の魔技語を混ぜても術式プログラムが破綻せんっつー信じられん特性を持つ。

 術式陣モジュールは大抵文字を書く空白スペースが限られるから、これは相当な強みだ。その分文法も複雑だし、大陸文字も種類が何千何万あって、覚えるの無茶苦茶大変だけどな。


 んな覚えるのも書くのも面倒くさい言語や文字を、戦前は魔技手でもねえ一般人が日常的に使ってた訳で、戦前の人たちって相当頭良かったんじゃね? それでも戦争じゃ物量で押し切られて負けたけど。

 ただ、旧国語文字にがあるとか聞いたことねえ。だから恐らく、他の魔技文字が混ざってんだろ。さっきも言った通り、旧国語は他言語の単語を混ぜても破綻せん術式プログラムが組めるからな。

 ただ、研究の性質上、専門家程じゃねえにしろ有名メジャーな魔技文字にゃ詳しいはずのウッズ先生が見たことねえってんだ、ド素人の俺なんかにいつ頃、誰が使ってた魔技文字なのかとか見当付く訳ゃねえよ。


「そう言うことならジョー、先生に良い心当たりがあるぞ」


 え、マジ?


「ほら、先生の研究がいろんな人に評価されたって言ったろ? それでいろんな凄い研究者方とも知り合いになってな、何人かの方とは連絡先も交換したんだ。そう言う方にこれ見て戴いたら、何か分かるかも知れないぞ。連絡取ってみるから、この術式プログラム、何枚か複写コピーしてもいいか?」


 まさかウッズ先生の方からそう言ってくれるとは。無茶苦茶幸運ラッキーじゃん、願ったり叶ったりとは正にこのことだ。


「ありがと先生、分からんかったら俺の方から頼もうと思ってたんすよ! あ、複写代は全部俺が出します、たぶん経費で落とせるから」


 つー訳で、ウッズ先生と連絡先を交換し、何か分かったら連絡をくれるってことになった。先生が兄貴の連絡先も知りたいってんで、兄貴に先生の連絡先を送る。兄貴もすぐに気づいたらしく、先生の光画板にゃすぐ返答があったみてえだ。

 その後は、似たような玩具や術式陣モジュールがねえか文献を漁って、いくつかの資料を複写して、先生に昼飯をおごってもらった後、先生が帰るのに合わせて予定よりも早く帰路に就いた。だって俺がずっと残ってたら、先生も一緒に残りそうじゃん? 先生はともかく、それだと先生の奥さんに悪いし。


 でも俺、ここまで幸運で本当にいいのか? 帰りの駅馬車で事故って死んだりせんか?


 つー訳で帰りの駅馬車でうとうとしながら、俺は今日の幸運を思い返してた。定年を迎えた元担任が研究員として今でも学校に籍を置いてたこと。その元担任ウッズ先生と、偶々たまたま校内で再会できたこと。そして先生が、研究で知り合った(恐らく凄え)人たちにあの術式陣モジュールについて訊ねてくれること。


 学校に行きゃ何とかなるとは思っとらんかったけど、何かしらの目途が立ちゃいいなと思ってた。でも結果として、かなり何とかなっちまった。正直ここまでとんとん拍子に話が進むとは思わんかったぞ。

 ただ俺は、自分が本来んな幸運に恵まれた人間じゃねえことをよーく知ってる。だから望外の幸運に恵まれた分、何処かでしっぺ返しあるんじゃねえか、とずっとビクついてた。例えば今乗ってる駅馬車が事故ったり……って馭者ドライバーさんや他の乗客が俺の不運に巻き込まれるってこと!? 俺そこまで酷いしっぺ返し喰らう程幸運だったか!?

 とりあえず懸念けねん杞憂きゆうに終わり、駅馬車は事故に遭うこともなく無事地元に到着して、俺は目出度く五体満足で帰宅できた。そしていつも通り親父がうるさい晩飯の後、


『ヨー、お前ウッズ先生と会って何してたん?』


 当然っちゃ当然だけど、兄貴から早速かれちまった。


「用事があって学校に行ったら、偶々ウッズ先生と会っただけだよ。もう退職したけど研究員として学校に残ってんだってさ」

『ああ、やっぱ研究続けてるんだ。あの論文凄い評判だったもんな』

「兄貴知ってんの?」

『そりゃな。東方と西方の魔技の比較自体は、そこまで珍しくないけどさ。他の研究の傍証と、いろんな研究の穴とか矛盾点とかを突合せて、そこから新しい魔技法則を発見したりとか……俺も詳しくは知らないけど』

「へぇ、それでか。いろんな偉い人と知り合ったってたけど」

『だろうな。俺もあのときはあっちこっちで聞かれたよ、ウッズ先生の教え子だったんだろ、どんな人?って』


 あのウッズ先生がそんなに有名になるとか、あの頃は想像もしとらんかったけど、知ってる人が有名になると、なんか嬉しいよね。

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