六.ウサギの海渡り
よし、とりあえずこれで依頼の話は終わr……あ、忘れるトコだった。
「すいません、もうひとつお訊きしてえんでけど、こちらの円盤に書いてある御伽噺の、あらすじ分かります?」
「ええ、全部分かりますよ」
「じゃあ、まずはこの『一 ニンジンころりん』なんすけど」
「アタシも分かるよ! お爺さんが畑でニンジンを抜いてたらね、ニンジンが転がってウサギの穴に入っちゃうの!」
女の子が代わりに答えた。って、題名から薄々察してたけど、やっぱニンジンがウサギの穴に転がり落ちる話か……
「でね、お爺さんの畑に泥棒が入ったとき、お礼にウサギが助けてくれるの! 泥棒を捕まえちゃうんだよ」
お、結末は金銀財宝じゃなくて
「じゃ、『二 編み笠ウサギ』は?」
「とっても寒い日にお婆さんが編み笠を作ってね、お爺さんが町に売りに行くんだけど売れなくて、帰り道で迷子の子ウサギに
つー調子で、十一の御伽噺の内容を確認したトコ、結局全部にウサギが登場してた……
それも『ニンジンころりん』みてえに、元々ウサギの登場せん話にウサギを登場させるよう改変したのが他にもあって、例えば『オグナの王子』は冒頭の、神様が王子の道案内として鳥を使わす場面だけなんだけど、この鳥をウサギに変更してると来たモンだ。この鳥、普通はカラスなんだけど、それをウサギにすんのは強引じゃね?
にしても元の御伽噺を改変してまで全部の話にウサギを登場させるとか、どう言う
それに、ただのウサギ好きにしちゃ妙だ。『ウサギとハリネズミ』や『ウサギとキツネ』みてえにウサギが酷い目に合う御伽噺も入ってるし、最後の『ウサギの献身』なんざ、お腹を空かせた旅人のためウサギが自分から火に焼かれて死んじまって、どう聞いても子供向けじゃねえ。ウサギが出る御伽噺なら何でもいいん? でも、それだと『かちかち山』が入らん理由が分からん。似た題名の『めらめらヶ原』は、火に囲まれた人間をウサギが助けるっつー話だったし。
あ、それと『油断大敵』って御伽噺らしかねえ題名だと思ったけど、内容を聞いたらただの『ウサギとカメ』だった。俺もその題名じゃ聞いたことなかったけど、そうと分かりゃ『油断大敵』って題名も納得だわ。
結局話を一通り聞き終わったときにゃ、外はすっかり暗くなってた。ちなみに俺が女の子の説明を聞いてる間、ダグ小父さんは母親と修理について話をしてたみてえだから、まー無駄な時間じゃなかったはずだ。
つー感じで最後に連絡先を交換した後、母娘は
「それではよろしくお願いします」
「おじちゃん、絶対直してね」
「こらクロエ、お願いします、でしょ」
「お願いします、おじちゃん」
絶対直してね、か……そうやって無条件に大人を信じられるのは、少し羨ましい。
こうして例の母娘が帰った後、ダグ小父さんの工房も閉店時間を過ぎてたんで、俺も真っ暗な中、家路を急いだ。この時間だと親父がもう家に帰ってるだろうし、何か言われるかなと思いつつ玄関をくぐると、案の定親父が
「ヨー、こんな時間まで何処行ってた」
ほら来た。日が暮れるのが早くなったとは言え、まだ酒場が開くか開かんかの時間だぞ? でも親父は、家族はいつも一緒って考えが極端すぎて「俺が家にいる間は外出禁止」まで来てるから
「ダグ小父さんの店の手伝いだよ。お客さんとの話が長くなってさ、それで遅くなっただけ」
「そうか」
わぁ、親父めちゃくちゃ機嫌悪いな。いつもなら遅い遅いってしつこく
親父が「家族はいつも一緒にいるべき」って思うのは仕様がねえ。初等生の頃に父親、すなわち俺の
だから今の親父にとって“家族”はお袋と兄貴と俺だけなのだ。俺にとっちゃ、成人した子供を二十年以上束縛し続ける
つか、俺が魔技手学校に行ったことダグ小父さんが知ってんの、あの頃親父がちやほやされたいがためだけにあちこち吹聴し
と、黙った親父の代わりかお袋が口を挟んできた。
「お父さん心配してたんだから、ちゃんと謝んなさい」
「なんで仕事で遅くなったのを謝らにゃいかんのよ。そんなんだから仕事見つけられんのよ」
「……」
流石のお袋もこれにゃ反論できんかったようだ。実際、親父の帰宅時間より前に帰れる仕事、となりゃ選択肢はかなり限られてくるかんな。
「それと、明日はその仕事のことでアリエに行くから、たぶん遅くなる」
「わざわざアリエ市まで? なんで? あんたでも出来る程度の修理なんでしょ、何しに行くのよ?」
「言ったろ、ダグ小父さんとこの仕事。その品物、魔技を使ってて、ちょっと分からんことがあるから学校の図書館で調べんだよ」
それに魔技手学校は魔技の専門家の養成機関。当然、魔技に関する研究資料もいろいろ沢山揃ってる。大学部で本格的に研究してるような研究者は知り合いにゃおらんけど、定期刊行されてる学術誌なんかも置いてあるし、時間かけて調べりゃ、何か見つかる可能性は
「あんたが? 在校生でもないのに学校行って大丈夫? 不審者扱いされない?」
「母さん、自分の子供をなんだと思ってんだよ……ちゃんとした魔技の研究書なんかは魔技手学校にしか置いとらんから、魔技手学校の卒業生だったら誰でも図書館利用できんだよ」
「本当かしら」
「本当だって。んなことで素人相手に嘘付いても意味ねえよ」
「それと、明日はいつもの時間に出るから」
アリエ市までは駅馬車で片道一時間半。とは言え、授業を受ける訳じゃねえから、別に早朝に出発する必要もねえしな。
魔技手学校は魔技を専門とする職業学校の一種だから、商業や工業、農業みてえな専門学科の職業学校と同じく、ある程度の地域ごとに一校は設立されてる。割合としちゃ、普通科の学校なら一市に一校のトコが、魔技手学校は三市か四市に一校っつー感じかな。
我が家から一番近いのは、隣のマナカラ市にあるマナカラ魔技手学校だけど、戦後に出来た学校だし、中高等部だけだから、確か六十年くらいの歴史があるとは言え、ちょい格が落ちる。
その点、我が母校アリエ魔技手学校は戦前にアリエ市に設立された、創立百二十年以上――もうそろそろ百三十周年を迎えるはず――の伝統ある魔技手学校で、マナカラと違って大学部もあるし、何より我が県の統括校だ。
あ、統括校って言われても分からんか。魔技手学校は、魔技手の支援施設としてその地域で魔技手を統括管理する役割も持ってて、いわば魔技手の協会の支部みてえなモンだ。その中でも県の中枢を担う学校は「統括校」と呼ばれる。
だから魔技について古い資料を調べるなら、蔵書も研究資料も我が県で一番豊富なアリエが最善だろ。
中等部だけとは言え三年通ってたから、少しは勝手が分かるしな。当時の先生たちがまだ残ってりゃ、修復できそうな魔技手も探してもらえるかも知れん。でも当時三十代だった俺の担任も、年齢差を考えりゃもう六十代。定年を迎えてるはずだから、それより若い先生じゃねえと……知ってる先生、
「あ、弁当は要らんよ。学食で何か食ってくる」
「はいはい」
それっきり、食卓に響くのは食器のカチャカチャ言う音と親父とお袋と俺の立てる
まずは円盤の御伽噺の内容も確認できたし、土台の虫食い
「ウィンちゃーん、ヨーちゃんいるぅ?」
ダグ小父さんの大声が響いた。俺は慌てて居間に向かった……我が家の勝手が分かってるダグ小父さんが、もう家の中まで上がり込んでるし。
居間で一人で無言で
「ダグ兄、こんな時間に珍しいな、どうした?」
元々が親父の兄の友人とは言え、その伯父さんも地元を離れて長く、今じゃ親父の方がダグ小父さんとの付き合いは長い。子供の頃から知ってることもあって、親父とダグ小父さんとは今でも「ダグ兄」「ウィンちゃん」と呼び合う仲だ。
「今日はヨーちゃんのことで、ちょっとな」
「小父さん、いらっしゃい」
いつもならダグ小父さんが
「ヨーちゃん、たぶんこれ要るだろうと思って持ってきたよ」
ダグ小父さんが差し出したのは、縁が歯車みてえに
「あと、これも」
ついでなのか御伽噺の円盤十一枚もまとめて渡された。
「ほら、あのお母さんに回り灯籠の
そうか、俺があんとき、虫に食われんよう作り変えたいって言ったから……ありがとうクーさん。
「ダグ兄、用事は済んだか? なら時間あるんだろ、一杯やってけよ」
「そうそう、ウィンちゃんにも話しときたいことがあるんだけど……その前に一杯だけいただこうか」
「俺に?」
ダグ小父さんは、親父に応えつつ俺をチラ見して
そう言やダグ小父さん、昨日言ってたな。俺が一昨日の失敗のせいで、半年ばかり口入屋に出入り禁止になった件で、親父とお袋に話してくれるって。まさか今日来るとは思わんかったけど。
俺がおらん方がダグ小父さんも遠慮なく話せるだろうし、ダグ小父さんが何か話すたびに親父がいちいち「どうなんだ?」と圧をかけてきそうなのも嫌だし、俺は親父に引き止められる前にさっさと部屋へ引っ込んだ。
さて、
この光画板、買ってだいぶ経つし、今じゃ解像度がちょっと低いんだよな。せっかく現物が手元にあるんだし、明日学校に持ってって、
と、いきなり居間の方から三人分の大爆笑が聞こえてきた。親父とダグ小父さんだけならともかく、お袋も爆笑するような話って何だろ……わざわざ聞きにゃ行かんけどさ。
下手に顔出したせいで話のネタにされて、親父が壊れた
そうそう、昨日からもしかして……とは思ってたけど、静画の解像度が低いのもあって、
でも土台の板に描かれた
ただ、
ただ、文字は読めなくても、幻影の内容が分かってるから、書かれた単語を推測することは不可能じゃねえ……はず。俺、言語学者でも何でもねえド素人だから、全くの的外れかも知れんけど、全部の
……なんか、文字しか分からん未知の言語を解読してるな、俺? なんで俺んなことやってんだ? だいたい、んな解読が出来んなら俺、どっかの魔技手学校の大学部で研究員とかやれんだろ。
うん、時間の無駄だ、諦めよう。明日、学校の図書館で調べりゃいいことだ。
居間の方は、まだ騒がしい。ダグ小父さんのよく響く声で「いやいやいや」って聞こえてくるし、親父がもっと飲めって勧めてそうだな。台所からは洗い物の音がするから、お袋も親父の子守をダグ小父さんに任せてるっぽい。
それからもしばらく親父とダグ小父さんの話し声が聞こえてたけど、そのうちダグ小父さんの声が廊下に響いた。
「じゃ、今日はもうこの辺で」
「まら早いよラグ兄、もう一杯飲んれけよ」
声色からして、ダグ小父さんもそこそこ飲まされたけど、まだ意識はしっかりしてそうだ。一方の親父は
初等生の頃、親父が酔っ払ってくだ巻いて真夜中まで家族全員で愚痴に付き合わされた挙句、翌日眠いの我慢して学校に行かされたけど、親父だけ宿酔いで仕事休んだ恨み、今でも忘れとらんかんな。それも一度や二度じゃねえんだぞ。
「いや本当、ウィンちゃん、明日は朝からお客さんとこ行かなきゃなんだよ。だからまた今度、な」
んな話俺は初耳だけど、もし親父に聞かれたらそう言うことにしておこう。否、俺がダグ小父さんの予定を把握しとらんだけで、本当にお客さんのとこに行くのかも知れんし。
廊下でドタドタした後、玄関で少し親父とダグ小父さんの話す声がして、扉の開閉する音が聞こえた。どうやらダグ小父さんは無事に解放されたようだ。親父はそのまま
ところで、謎の魔技文字、何とか読めんかなーと思ってあちこち向きを変えて眺めてたら、全部じゃねえけど、読める魔技文字がいくつかあった! 魔技文字にゃ種類がいくつかあるけど、ひとつの
そうと気が付きゃ、向きを変えると読める魔技文字が結構混ざってた。えらく複雑な
地域によっていろんな魔技語があるって話はしたけど、魔技語に密接に関連する魔技文字も同様。つまり使う地域によって魔技文字の効果や強さも変わるのだ。そもそも魔技文字のひとつひとつが、
つまり、魔技文字で書きゃ単語一つでも魔技の相乗効果があり、単語の組み合わせや文章によっては、更なる相乗効果や相殺効果もあるのだ。
この相乗効果や相殺効果の組み合わせは、魔技文字の種類が増える程複雑になって、
この回り灯籠の
そのうえ、俺が読めん魔技文字を入れると、最低でも四種類の魔技文字を使ってる訳で。それで破綻なく
んもう、静かにしろよ親父、気が散んじゃん。てか、あれからまだ飲んでんのか。ダグ小父さんが来たのが嬉しかったのは分かるけど、どんだけ
昨日は昨日で、兄貴の部屋の荷物のことで愚痴愚痴言いながら飲んでただろ。んな続けて深酒して大丈夫かよ。
とりあえず両手で耳栓しながら、読める魔技文字だけでも読んでみたけど、どうやら内容は御伽噺の中身らしく、あの女の子が説明してたよりずっと細かいトコまで幻影化してるっぽい。そもそもあの子の説明、かなり細かいトコを
最初の『ニンジンころりん』からして、あの子は「お爺さんの畑に泥棒が入ったとき、ウサギの助けで泥棒を捕まえた」としか言っとらんかったけど、その『ニンジンころりん』の魔技文字を読んでたら、お守りって単語があったんだよ。そのお守りが何のお守りで、泥棒を捕まえるのにどう役に立ったかが大事なのに!
もっとも、あんとき分かってたとしても、あの子の説明を
ん? なんか親父が静かになってガーガー音が聞こえてくるけど、こりゃ親父の
んな時間まで本当、よく同じことを何度も繰り返して喋れるモンだ。いつだったか、晩飯の最中に深酒しすぎて、初等学校も行かずに働いて豪華な絵の具セットを買ったら担任に盗品だって疑われた話と、その担任の愚痴と、それと比べて出席日数足りん親父を卒業させてくれた恩師の話だけを延々繰り返して、気付いたら夜が明けてました、っつーこともあったかんな。あんときゃ半端なトコでお袋が飲ませるのを止めて、寝るまで行かんかったのが悪かったとも思うけど。
そのお袋も親父から解放されて、台所から食器を洗うガチャガチャ音が聞k……止まった。すぐ洗い終わったみてえだし、ダグ小父さんがいた間に他の洗い物は終わって、今洗ってたのは親父の晩酌の分だけかな。
とにかく両手が自由になったんで、とりあえず
こうやって書きだすと、部分的な
ただ、文章そのものは読めんでも、何が書かれてるか中身が
今日だけで分かったことも多いけど、まだ
こんなんで本当に修復できんのかなぁ……否、組まれてきちんと動いてた(らしい)
よし、お袋も寝たみてえだし、俺も今日はもう寝よう。何がどうなるか分からんけど、今は明日の学校に希望を託すしかねえ。
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