五.ウサギとキツネ
やだなぁ……教材の円盤と似てるからと思って、正直油断してたわ。思ってたよか全然難しいじゃんか。んな面倒くせえ仕事、誰か代わりにやってくれんかなぁ。
卒業以来、魔技にゃほとんど関わらんかった俺が修復するよか、作った人探して新しいの作った方が早くて安いまであるぞ。そもそも修復するって言いだしたの俺じゃねえし……とは言え、修復の取っ掛かりを持ってんのは、たぶんこの辺じゃ俺だけだろうしなぁ。兄貴がいりゃ、また話は違えんだけど。
俺が修復するにしろ、修復できる誰かを見つけるにしろ、やっぱ俺がある程度の段取りを付けんと駄目か……面倒だなぁ。修復できる誰かが見つかりゃ万々歳だけど、見つからん可能性の方が高いし、見つかったとしてもこんだけ複雑な
……あれ、そう言や妙だな?
実は俺が知らんだけで昔はこう言う回り灯籠が普通に売ってた、とか一瞬思ったけど、それだと
回り灯籠そのものは木製の素朴な
それに売り物にしちゃ随分と安っぽいし、その割にゃ
誰かが趣味で作った代物なら納得の出来だけど、だとすりゃ何故、んな複雑な
そうだとしても、
そう言や昨日は似た
……
……
……うーん、駄目だ見つからん。物が古そうだし、やっぱ情報庫に登録されとらんのかな。なら昔の魔技の技術書を調べるっきゃなさそうだな。同じ物か似たような物が、資料でもいいから見つかりゃいいんだけど。
もし手掛かりが見つからんかったら、俺が白紙から自力で
てことは、ひょっとして俺、この
うわぁ、勘弁してくれよ。だって俺、もう
魔技の素質がねえって分かったから、魔技のことは諦めようと思って、今までずっと関わるのを避けてきたのに。
切実にどっかで資料が見つかってほしい。資料があったトコで、俺の頭で何処まで理解できるか分からんけど、それでも白紙から修復するよかずっとマシだ。
あの女の子が親か誰か連れてきて、この回り灯籠の出所が分かりゃ、修復できる人が見つかるか、そうじゃなくても修復に役立つ資料が見つかるかも知れん。見つかりゃいいなぁ……
あれ、そう言やあの子、まだ来とらんよな? 昨日は朝から来てたのに……あれ、そう言や昨日は平日だし学校は……休みじゃなかったよな? あれ、どう言うことよ?
「ああ、あの回り灯籠を持ち込んだって女の子でしょ? そうだね、それっぽい子は来てないよ。ま、今日は平日だし、まだ学校じゃない?」
今日の店番はクーさんだ。ダグ小父さんは今日は
「そう言やあの子、なんで昨日は午前中に来てたんでしょうね?」
「うーん、俺は本人見てないから何とも言えないけど、その子実は、もう初等学校卒業してるとか」
確かに今は、ほとんどの子が中等学校に進学するけど、義務教育自体は初等学校までだモンな。だから昔は親父みてえに、初卒で働き始める人も多かった。でもどう見積もってもあの子は十歳くらいだったから初等生だろ。
「じゃなきゃ、もしかしたら」
「?」
「学校より、これを修理してもらう方が大事だったんじゃない?」
「うへぇ……それだと責任重大じゃん……」
そこまで大切に思ってる品物が修復できんかったら、あの子がどう思うか。あの子に軽々しく任せてって言ったダグ小父さんがちょっと?恨めしい。だってそれで修復できんかったら俺の責任だぞ? ……理不尽だ、実に理不尽だ。
「クー、ヨーちゃん、そろそろお昼にするよ」
と、エマ小母さんが工房脇の上り口から声をかけてきた。
「ほいよ」
「え、あ、はい、行きます!」
え、もうんな時間? そう言や腹減ってるし、台所の方からいい匂いが漂ってる。時計を確認しようと光画板を出したとき、
つー訳でクーさんと一緒に食卓に着いたら、今日も席がひとつ空いてる。
「あれ、ダグ小父さんは?」
「この時間に戻ってないってことは、どっかでお客さんに捕まってそうだね」
そう、昨日クーさんが俺のいる間に戻れんかったのも、お客さんに捕まってたかららしい。
「小父さんもいい歳なのに外回り大変そうだなぁ」
「親父も仕事してる方が調子いいみたいだしね。どうせ隠居してもやることないし」
もっとも孫がいたとして、毎日隣町から初孫を見せびらかしに来てた伯母さんの旦那みてえなのも、どうかと思うけど。
「父ちゃん帰ってくるまで、もうちょっと待ってみようか。ごめんねヨーちゃん、待たせちゃって」
「いえ、大丈夫すよ。小父さん帰って
エマ小母さんが済まなそうに言ったけど、俺は全然平気だ。重い荷物を抱えんでもいいし、接客もしなくていい、ちゃんと昼飯の時間に昼飯が食えて、仕事とは言え魔技の本を思いっきり読みふけることが出来る。んな快適な職場なら、ダグ小父さんが戻るまで昼飯を待つくらいどうってことはねえよ。
昔やった仕事にゃ、日が昇る前に飯食って家を出て、昼飯が夕方になることがほぼ毎日、っつーのもあったからな……んな仕事、よく五年も続けたよ俺。
「昨日のクーさんもだし、お客さんに捕まって遅くなるって結構あるんすか?」
「行先次第かな。おしゃべりなお客さんもいれば、必要最低限の話しかしないお客さんもいるからね。年取ったお客さんの方が、世間話とかで話が長くなることは多いけど」
ああ……俺も接客の仕事やらされたことあるから分かるわ。
「そうだね、今日回る予定のところも年取ったお客さんが多いけど……」
と、そこへ
「ただいまー」
店の方から荷車を
するとクーさんが即座に立ち上がり、「手伝ってくるから待ってて」と店の方へ出て行った。そして、荷車や預かり品を片付けてるらしいガチャガチャ音がひとしきり続き、静かになったと思ったらすぐ、ダグ小父さんが上がってきた。
「いやーごめんごめん、遅くなっちゃって。
言いながらダグ小父さんと続いてクーさんも席に着き、四人揃ったトコで昼食となった。ダグ小父さんは遅くなったって言うけど、普通にまだ昼休みの時間内だから全然許容範囲だよ。それに「寺前地区のピーターさん」のこと俺に聞かれたかなかったっぽいし。そこは察して聞かんかった振りをするのが大人ってモンだ。
俺の前に並ぶのは昨日と同じく、温められて皿に盛られたお袋の弁当の中身と、既に洗い終わった空の弁当箱、そしてエマ小母さんのおかずの小鉢。昨日はキノコ入りの野菜炒めだったけど、今日は鶏肉と根菜の煮物だ。どっちもお袋のより遥かに美味い。
毎日これならダグ小父さんに弟子入りしたくなるけど、そうなったらたぶん、こうはいかんよなぁ。昨日今日はまだお客さん扱いされてるけど、ここで働くのが当たり前になりゃ、もっと扱いはぞんざいになるだろうし。
「そう言やクー、例の女の子は来たか?」
やっぱダグ小父さんも気になってたんだろう、食べながら訊いてきた。
「んにゃ、それでさっきヨーちゃんと話してたんだよ。その子、なんで昨日は午前中に来てたんだろうって。その子、初等生くらいなんでしょ?」
「……クーもヨーちゃんも、その子の事情なんてどうでもいいじゃないか。俺らの仕事は壊れたものを修理することだ。必要なら、事情はお客さんの方から話してくれるさ」
言われてみりゃその通りだ。他人の事情なんぞ知ったこっちゃねえ。流石ダグ小父さん、長年客商売してるだけあるな。俺もどっちかっつーとお節介な
そんなこんなで昼飯を食い終わると、午後からはエマ小母さんが店番に入り、ダグ小父さんとクーさんは預かった壊れ物の修理にかかった。俺は何処にいても邪魔だろうから、そのまま無人の食卓を借りて、回り灯籠の
「うーん、やっぱ二種類以上の幻影を見せる回り灯籠とか検索しても出てこんな……回り灯籠本体じゃなくて、円盤の方なら何か分かるかな……にしてもなんだろな、この数字?」
昨日は
『ウサギの海渡り』は六、『オグナの王子』は八、『ウサギとハリネズミ』は三。題名は子供の字だけど、数字の方は
そして気付いたことが二つ。ひとつは、円盤は全部で十一枚だけど、題名に「ウサギ」と付く御伽噺が七話もあるのだ。この
もう一つは、例えば『ニンジンころりん』、聞いたことねえけどよく似た題名の有名な御伽噺あるよな? 昼飯のおにぎりがネズミの穴に落ちて、それを追いかけたお爺さんがネズミからお礼に金銀財宝をもらう奴。こっちの『めらめらヶ原』も聞いたことねえけど、響きが何となく、タヌキの背負った薪に火を付けたり泥船に乗せて沈めたりするあの御伽噺の題名っぽい。そっちはウサギが出てくる滅茶苦茶有名な御伽噺なのに円盤の中にゃなくて、ウサギ好きの割に、どう言う基準で御伽噺を選んでるのかが謎すぎる。
『油断大敵』っつー、題名だけじゃ
それにしても、あの子遅いな。もう夕方にもなろうってのに。と、
「おじちゃーん、来たよーー!!」
あの子の声だ。店を
「いらっしゃいませ」
仮にも今日は店員なので挨拶すると、昨日の女の子が元気に応えた。
「おじちゃん、ママ連れてきたよ!」
「クロエ! おじちゃんなんて言っちゃ駄目よ、お店の人に失礼でしょ」
「いらっしゃい。お嬢ちゃん、約束通りお母さん連れてきてくれたんだね? 偉いな」
ダグ小父さん奥の工房から出てきて、例の子の頭を撫で、母親に頭を下げた。
「工房主の、ダグラス・ターナーと申します」
「娘がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません、私はクーガ町のリゼ・ベルモントと申します。こちらは娘のクロエ」
クーガ町……って、この子わざわざ隣町からここまで来てたの? 一人で?
「そちらの娘さんから昨日、この回り灯籠を修理してほしいとご依頼いただいたんですが」
「はい、私も昨日娘から
「あー……詳しい話は担当の者からお話いたします。ヨーちゃん」
話を振られちまった……ま、ダグ小父さんに
「こちらの回り灯籠、昨日お預かりしてから少し調べてみたんすけど、非常に高度で専門的な魔技が使われてまして。専門の魔技手がいる工房でも、修復は難しいかも知れんす。俺も浅学ながら魔技を学びましたが、正直申し上げて、設計図なしで修復するのは無理っす」
「そうですか……やっぱり」
目に見えて落ち込んでるトコを見るに、母親も出来りゃ修復して欲しそうだな。壊れて捨てようとしてたのを、子供が勝手に持ち出したって訳じゃなさそうだ。
「俺が修復すんのは難しいすけど、俺なんかよかよっぽど凄い魔技手が知り合いにいますし、いざとなりゃ恩師の
「それじゃ、直せるかも知れないんですか?」
母親が顔を上げて目を輝かせた。やっぱ母娘だな、あの子が回り灯籠直るって聞いたときの表情とそっくりだ。でも期待に応えられるかは分からん。それを正直に伝えるのも大事な仕事だ。
「お約束は出来んす。もしかしたら修復できる魔技手が見つからんかも知れんし、見つかっても先方に断られる可能性もあるっす。何しろこれを修復できる程の高度な魔技手なら、かなりの地位に就いている可能性があるっすから」
分かりやすく母親の表情が
「
俺は落ち着くために一度、言葉を切って深呼吸した。
「もしご存じなら、こちらがいつ、誰が作った物か教えていただけないすか。ご存じなきゃ、こちらを何処でどのようにして手に入れたか、だけでも教えていただけりゃ、後はこっちで調べますんで」
「はい、私の知っている限りでよかったら。この回り灯籠は、お
うわぁ……
「何処で買ったとか、誰から買ったとかは?」
案の定、母親は首を横に振った。
「それじゃ、そのお祖母ちゃんに詳しいお話をお伺いすることは?」
「たぶん無理だと思います……」
「たぶん?」
「はい……先日の話なんですが、買い物中に倒れたと兄から連絡がありまして。それで子供たちを連れて駆け付けましたら、命は助かったんですが、娘の私の顔も分からないような状態でして……この子もだいぶ
あら、お気の毒。
「そしたらこの子突然、この回り灯籠が動くところを、お祖母ちゃんに見せたいって言いだしまして」
なんでそうなる? ま、ここは本人に直接聞くのが手っ取り早いか。俺はしゃがんで、女の子に視線を合わせた。
「クロエちゃん……だっけ、どうしてお祖母ちゃんに、回り灯籠が動くトコ見せたいん?」
「だって……せっかくお祖母ちゃんが大事にしてたのをもらったのに、アタシが大事にしなかったから……」
大事にせんかったから何だ?と思ってると、頭上から母親の補足が入った。
「この子を連れて実家に帰るたび、母はあの回り灯籠を動かしてくれたんです。実家の甥っ子や姪っ子は飽きてたみたいなんですけど、この子はずっとこれを気に入ってて、それで今年の正月に母がこの子にって、譲ってくれて……でも、いつでも見られるようになったからでしょうか、そのうち飽きてしまったみたいでして」
「飽きてないもん! リンちゃんのは、お話ひとつしか見れないもん! お祖母ちゃんのみたいに、いろんなお話見れないもん!」
女の子は半泣きだった。ああ……たぶん友達に、もっと新しくて綺麗でちゃんと作られた回り灯籠を見せられて、それが羨ましくて、でもお祖母ちゃんにもらった回り灯籠も粗末に出来なくて、
「お祖母ちゃんにもらった、大事な回り灯籠だもん! それなのにアタシが動かさなくなっちゃったから、お祖母ちゃんが……お祖母ちゃんが……うあああああああああああ」
そう言うことか。この子、お祖母ちゃんが倒れたのは、自分が回り灯籠を放置したせいだと思ってんだ。それで久々に回り灯籠を動かしてみたら、動かなくなってた、と。
この子にとって、お祖母ちゃんが倒れたのと回り灯籠が動かんのは
しゃくりあげる女の子を母親があやし、収まってきたトコで、俺は念のため母親に確認した。
「そう言う事情なら、買い替えも出来んかったでしょうね……
そうなのだ。山奥の村で海の魚が食べられるように、
「ただ修復するとして、現状、時間も費用もどのくらいかかるか見当も付きません。魔技に関する部分の修復もすけど、灯篭自体、こことか少し
俺が指さした部分をダグ小父さんと母親が覗き込んだ。魔晶石を外すのに影絵の枠を外したとき、枠を支える針金の一部が赤茶色くなってたのが見えてたんよ。
「ああ、これなら魔技は関係ないし、ヨーちゃんとは別に、うちで普通に修理しますよ。この針金もちょっと弱くなってるみたいですし、良かったらもっと丈夫なものに取り換えましょう」
「ありがとうございます」
「んじゃ、魔技関係ねえ部分の修理は小父さんに任せるとして」
思いがけずダグ小父さんにも仕事が出来ちまった。おかげでダグ小父さんが俺に仕事を仲介するだけじゃなくなったから、俺も遠慮なくダグ小父さんに頼れるな。
「魔技の部分に関しては、何か進展があったり、お客様の判断が必要になった場合に、ご連絡させていただきたいと思いますが、よろしいすか?」
「はい……私も子供の頃、この回り灯籠を見ながら母に絵本を読んでもらってました。だから、この子がもう一度母と一緒に回り灯籠が動くところを見たいと言う気持ちも分かるんです……だから、もし修理できるようであれば、幾らかかっても構いませんので、よろしくお願いします」
親子三代にわたる思い出の品か。お祖母ちゃんの病気の程度が分からんし、なるたけ早く修復してえけど、実際修復できるかどうかは別だしな。とりあえず手は尽くしてみるけど。
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