四.油断大敵

 さて、いつもなら仕事を斡旋あっせんしてもらうのに港近くの口入屋へ行くトコだけど、今日の仕事先は既に決まってる。ダグ小父さんの修理工房だ。我が家からなら、商店街側から回るより裏道を通った方がずっと近い。地元の人間じゃねえと迷うだろう、似たような景色の続く裏路地を通って小父さんの工房に着くと、ちょうどクーさんが店の木戸を開けてるトコだった。


「お、ヨーちゃん早いね。親父ぃー、ヨーちゃん来たよー!」


 昨日は会えんかったけど、クーさんはダグ小父さんの一人息子で、この工房の跡継ぎだ。兄貴や俺より十歳くらい上だから、実は子供の頃は見たこともなくて、顔を合わせるようになったのはクーさんが修行から戻って実家ここを手伝い始めて以降だ。


「親父から聞いてるよ、魔技機械アーティファクトの修理を手伝ってくれるんだって? 俺に出来ることあったら手伝うから、何でも言ってよ」

「ありがとうございます」

「さ、入っていいよ」


 お言葉に甘えて会計台カウンターの向こう側、奥の工房へ入ると、修理途中の品が並ぶ棚の中に、例の回り灯籠も円盤と一緒に置かれていた。手に取って、改めて眺めてると


「へぇ、これがその回り灯籠なの。結構古そうだね」


 木戸を開け終えたクーさんが横から覗き込む。


「これ土台が虫に食われて駄目になってるから替えにゃなんすけど、同じ板だとまた虫に食われるだろうから、材料変えようと思ってんすよ。学校で似たような教材を使ってたんで、探して持ってきましたけど。ただお客さんの予算もあるだろうし、詳しい話は全然決まっとらんし、決まったらそんときにゃお願いしますね」

「それなら裏の倉庫に補修用の資材もあるから、後で見せてあげるよ。虫に食われにくい素材がいいんなら、金属だと加工が大変だし値段も張るし、ヒノキとかクスノキとか、ちょっと高いけどキリとかかなぁ」

「お、ヨーちゃんいらっしゃい」


 ダグ小父さんが顔を出した。一応この仕事の雇い主ってことになるのかな? だから俺は立ち上がって頭を下げた。


「今日はよろしくお願いします」

「いいっていいって。昨日のあの子がいつ来るか分かんないから、今日はゆっくりしてていいから。クー、母ちゃんに言ってヨーちゃんにもお茶とお菓子出したげな」

「あ、いや、俺今日はここの日雇いだし、水筒もあるから……」


 言いかけたけど、ダグ小父さんは人懐っこい笑顔で


「遠慮しなくていいよ。俺もクーも仕事中でも好きなときに飲み食いしてるし、ヨーちゃんだってそうしていいんだよ」

「そうそう、もうだいぶ寒くなってきたし、同じ飲むなら冷たいお茶よりあったかいお茶の方がいいじゃない? 俺らは集中したら飲んだり食べたりするの忘れて何時間でも作業するから、気が付いたらだいたい冷めてるけど」


 クーさんも苦笑しながら頷いた。


 あー、分かるなぁ。俺、仕事だとそこまで集中したことねえけど、学生時代にゃ図書館で魔技の本を読み漁って、気が付きゃ閉館時間だったり。盤上遊戯ボードゲームを始めたばかりの頃、戦術を研究するのに一人で〈幽霊の将〉とか〈現代美術商〉とかの仮想対戦して徹夜したりしてたな。

 今じゃもう何かに没頭する気力なんぞ全然ねえけど、あの頃は好きなことにのめり込んで、時間を忘れる程夢中になれた。まだ自分の部屋がなかったから、家でやると必ずお袋に邪魔されるんで、だいたいは学校で。

 そこまで夢中になれることを仕事に出来て、それで食ってけるダグ小父さんもクーさんも幸せだよな。俺は見つけられんかったし、もう二度と手に入れられないモンだから、少しうらやましくもある。


 と、エマ小母さんが奥から顔を出して、ほんわり湯気の立つお茶とお菓子が乗ったお盆をクーさんに手渡した。


「ヨーちゃんの分もあるよ」


 俺が来る予定なのは分かってたからだろ、エマ小母さんは言われる前から三人分のお茶とお菓子を用意してたみてえだ。


「そうだヨーちゃん、今日もお弁当持ってきてるんでしょ? お昼に温めてあげるから出しといて頂戴ちょうだい


 既にお茶とお菓子を出してもらってる身だ、遠慮しすぎるのはかえって失礼だろ。俺はお言葉に甘えることにして、エマ小母さんに弁当を預けて、あったかいお茶とお菓子をいただきながら、あの子と保護者が来るまで、魔技幾何学の教本を読み直すことにした。

 ここまで来たらもう、覚悟を決めて術式陣モジュールを修復するしかねえけど、そのために必要な知識を大雑把にしか思い出せんのだから、まずは細かい部分を思い出すトコからだよな。


 最初は魔技の基礎について……ああ、術式陣モジュールの前に、魔技そのものの基礎からか。だいたい分かってるから飛ばしてもいいけど、念のため読んどくか。術式陣モジュールは魔技的な部品パーツをいろいろ組み合わせて初めて成立するモンだから、部品となるそれぞれの魔技についてきちんと理解しとらんといかんしな。



 そもそも魔技ってのは、魔力を物理的な作用に変換する方法で、魔力の変換器みてえなモンだ。魔力が川の水なら、魔技は畑へ水を送る用水路とか水の流れを利用して小麦をく水車とか言う感じかな。勿論、汲んで沸かして飲んでもいいし、火にぶっかけて消火してもいいし、船を浮かべて川を下ってもいい。使い道は本当にいろいろだ。

 そもそも魔力は世界中の何処にでもあって、何にでも含まれてる動力源エネルギーだけど、目にゃ見えんし味も匂いもねえし、何処にでもあるお陰で皆感覚が麻痺まひしてて、よく注意せんと存在を感じることも出来ん代物だ。ほら空気にだって重さがあるけど、俺たちゃその重さを感じんだろ? それと同じこった。でも世の中にゃ魔力に敏感な人もいて、そう言う人たちがこの動力源の存在に気付いて、これを使わず遊ばせておくのは勿体もったいねえってことで、操る術を編み出した訳だ。


 ちなみに、魔技を使うっつーと杖を振って呪文を唱えると何もねえトコに炎がおこる……みてえな印象イメージあるけど、普段そうと気付かずに俺たちゃちょっとした魔技を使ってたりする。例えば誰かを指さす。歌を歌う。お祭りで皆で輪になって踊る。ただ線を引くことだって実は魔技だったりするんだ。

 でもそう言う「ちょっとした魔技」は、あまりにも効果が弱すぎて、ほとんど魔技だとは思われとらん。誰かを指さすのは目標や方向を決める魔技の身振りだし、歌を歌うのは聴いた人の心を操る魔技、皆で輪になって踊るのは「踊り」って同じ身振りを大勢で同時に行うことで効果を高める魔技儀式だし、線を引くのは境界を作る魔技っつー具合だ。

 ほら、子供が地面に線を引いて「この線からこっちは入っちゃ駄目」って言うと、そこに境目、隔たりががするだろ? そのが魔技の実際の効果なんだけど、簡単に踏み越えられるくらい効果が弱くて、あんまし魔技って感じはせんよな。

 こう言った「誰もが普段使ってるちょっとした魔技」をひとつの部品――魔技手は「術片コマンド」って呼ぶ――として、似たような効果の術片コマンドを沢山寄せ集めてより強い特定の効果を発揮するよう組み立てたり、より効率よく効果を発揮するよう無駄な部分を改良したりする。そうやって出来上がったのが「呪文」だったり「魔技儀式」だったり「術式印メソッド」や「術式紋クラス」や「術式陣モジュール」だったりする訳だ。


 この「ちょっとした魔技を部品として、効果を強く発揮できるように沢山集めて組み立てたモン」のことを総括して、専門用語で「術式プログラム」と呼ぶ。呪文も魔技儀式も術式陣モジュールも、全部術式プログラムの一種だ。


 術式プログラムは実は、わざわざ声に出したり身振り手振りを使ったりしなくても、頭の中で強く思い浮かべるだけで組めるモンなんだけど――誰かを思い浮かべて「呪われろ呪われろ」って念じるのも立派な魔技なのだ――、頭の中だけで術式プログラムを組むのは相当難しかったりもする。否、普通に「こうしてえ」って考えるだけでも本来は術式プログラムになってんだけど、魔技の力が弱まった現代じゃ、目に見える程の効果は起きんと思っていい。

 だから目に見える程の効果を起こしたきゃ、無数に存在する術片コマンドの効果を覚えて、それを組み合わせるとどんな効果が起きるかを覚えて、そこから欲しい結果に合わせた術式プログラムにぴったりな術片コマンドを選びだして効率良く組み合わせにゃいかんのだ。

 その組み合わせも無限大で、最終的にゃ同じ効果の術式プログラムでも、組んだ魔技手によっては恐ろしく効率的だったり、逆にこんなんド素人でももっとマシなの組むぞってくらい無駄だらけの術式プログラムがあったりする。だから慣れんうちは、先人が作った術式プログラムを覚えて使うのが無難なのだ。効果は安定してるし、大抵は魔力効率もいいしな。

 魔技手学校で魔技を学ぶのは、思う術式プログラムを組むのに必要な知識と理論を学んで経験を積むため、と言ってもいいんじゃねえかな。


 俺は挫折したけど。


 もっとも、術式プログラムが組めさえすりゃ、魔力がなくても使える魔技はある。今こうやって復習してる魔技幾何学もそのひとつだ。ただ中身が複雑すぎて、そっち方面にゃ俺の頭がついてけんかったんよな……修復に気が進まんのにゃ、そう言う理由もある。

 だいたい、この歳になって勉強し直したトコで、「あんとき分からんかった魔技が今ならすらすら分かるように!」とか言う奇跡もねえしな……なんだよ、悪いかよ。こっちゃもう、んな有り得ん夢見るような歳じゃねえんだよ。

 だから本当は投げ出してえけど、投げ出して放置することも出来ん。俺がどう思おうと周りがそれを許してくれん。今までもずっとそうだった。俺は出来んって分かってて、そう言ってんのに、出来んじゃ済まされん。皆が俺の言葉を無視して、強引にやらされる。言っても無駄ならせめて、今分かるトコを取っ掛かりにしてちょっとでも“分かる”に近づいて、嫌でも分からんでも無理でも何とか修復できる程度にゃ分かるようになるしかねえじゃんか。


 さて、術式プログラムを組む手段にゃいくつかあって、頭の中で考える他に、声や音、文字や図や記号、色、物の形や身振り手振り、素材そのものが持つ性質、後はそう言ったモンの「時間経過による変化」、とかが代表的なモンかな。

 そん中でも特に図形を中心とした術式プログラムを研究する学問が魔技幾何学で、その基礎となるのが術式印メソッドとか術式紋クラスとか術式陣モジュールとか呼ばれる図形だ。

 ちなみに、術式印メソッド術式紋クラス術式陣モジュールは、呼び方が違っても本質的にゃ同じモンだ。何が違うかっつーと、細かい違いはいろいろあるけど、大凡おおよそは入れ子の深さだと思っていい。

 最初に言ったように「誰もが普段使ってるちょっとした魔技」を術片コマンドと呼ぶけど、この術片コマンドを集めて纏めた図形が術式印メソッド術式印メソッドを纏めた図形が術式紋クラス術式紋クラスを纏めた図形が術式陣モジュールだ。更に術式陣モジュールを纏めた術式書ライブラリなんつーモンもある。ただし単純な入れ子の深さだけで呼び分けるんじゃなく、全く同じ術式プログラムでも扱うときの都合で呼び分ける場合もあるから、呼び方にゃそこまでこだわんなくて良いかも。

 基本的にゃ内包する術片コマンドが多い程効果は強力になるけど、その分複雑だし、中身がスッカスカな術式プログラムや、さっきも言った通り術片コマンドを沢山集めても無駄が多くて効率悪い術式プログラムもあるから、単純に術式書ライブラリが一番強力と言えんトコも難しい。

 今はあんまし詳しい話をしても仕様がねえから、魔技の基礎についてはこの辺までにしておくとして。


 続いては魔技幾何学ってか術式陣モジュールの基礎。


 術式陣モジュールのはじめの一歩、全ての術式陣モジュールの基本形となるのは、真円。魔技のための力場、結界を作り、魔力を循環させるのに最適な魔技図形だ。

 実は極端な話、頭の中で術式プログラムを組むことが出来りゃ、内側に何も描かれとらん円だけでも術式陣モジュールとして使うことは可能だ。可能だけど、さっきも言った通り頭の中だけで術式プログラムを組むのは簡単じゃねえんで、大抵は補助として円の内側に術式印メソッド術式紋クラスを描き込むことになる。

 要するに頭の中だけで術式プログラムを組むと訳分からんことになるから、術式プログラムの一部とか全部とかを「目に見える不変の図形」である術式印メソッド術式紋クラスにすりゃ、脳内の術式プログラムを整理できるし、一部分だけでも術式プログラムを覚えんで済む分、脳味噌の負担が軽減できるって訳だ。

 ほら、人間誰だって、忘れたら困ることとか、後で見返してえこととかあったら、覚書メモを取るじゃん。それは術式プログラムでも同じで、術式陣モジュールの場合、円の内側が覚書用紙で、描き込む術式印メソッド術式紋クラスが、その書き付けメモった内容ってこと。慣れて覚えちまや覚書が要らんくなるトコも似てるかな。


 でも、真円の内側に術式印メソッド術式紋クラスを書き込むことにゃ、脳味噌の負担を軽減する以外にも意味がある。何の関連性もねえ複数の術式紋クラスでも、線で囲みゃ「ひとつの術式プログラム」として扱えるようになるのだ。これが術式印メソッド術式紋クラスを「纏める」ってこと。

 真円じゃなくても、線で囲みゃどんな形でも――三角形でも四角形でも五芒星でも楕円形でも、歪んでぐちゃぐちゃだったり墨液インクがこぼれた縁取りみてえのだって――「纏める」効果はあるんだけど、真円が一番効果が均一で安定する。真円が術式陣モジュールの基本たる所以ゆえんだ。


 それを踏まえて、真円の内側に描き込む術式印メソッド術式紋クラスのことをもーちょっと具体的に説明すると。

 これは単純に言や、何某かの魔技効果を持つ文字や図形、記号や模様、線や塗り潰しを組み合わせたモンだと思やいい。魔技効果を持つんなら、魔技文字で書かれた呪文は勿論、水玉模様や縞模様、図形や絵、普通の文字ひとつでも術式印メソッド術式紋クラスになるし、それがある程度の魔技効果を持つ術式印メソッド術式紋クラスなら、他の術式印メソッド術式紋クラスと合わせて相乗効果シナジーが得られることもある。

 術式陣モジュールが入れ子構造になってんのは、ひとえにこうした相乗効果を得るためでもある。下手な組み合わせだと相殺されたりもするから、そこら辺の組み合わせの知識は必要になるけどな。


 そして、魔技効果を持つ図形や模様の中でも特に重要なのが、教本を探してたときにもちらっと触れた「魔技文字」だ。

 魔技文字とはそのまんま「魔技の文字」、つまり魔技効果を持つ言葉「魔技語」を書き表すのに使われる記号のこと。でも魔技語は本質的にゃただの外国語だから、読み書きさえ出来りゃ「魔技語で書かれた普通の文章」がそのまま術式プログラムになる。これがいわゆる「呪文」だ。

 だから、例えば外国語を勉強するとき「例文の○○の部分を××に変えりゃいい」とか言う応用が、魔技語でも出来る。決まった図形が決まりきった効果を持つ魔技図形に比べりゃ、柔軟に術式プログラムを組むことが出来るって訳。

 そもそも術式プログラムそのものが言葉と似たような性質だしな。術片コマンドは単語、術式印メソッドはいくつかの文、術式紋は《クラス》はある程度の量がある文章、術式陣モジュールは沢山の文章をまとめた一冊の本みてえな感じだ。魔技と言って素人が真っ先に想像イメージすんのが「呪文」なのも、魔技の根本である術式プログラムが言葉と似た性質を持ってて、素人にも分かりやすいってのがあんじゃねえかな。


 ただし一口に魔技語って言っても、「魔技効果を持つ言葉」全部をひっくるめて魔技語って呼んでるだけで、魔技語や魔技文字にも細かい種類はいろいろある。

 だいたいは地域で分かれてて、中世北狄ほくてき語の系譜に連なるルーン語とか古代西戎せいじゅう語とかが有名かな。他にも、文字はねえけど犬系獣人にしか使えん遠吠語とかみてえな、特定の種族しか使えん魔技語もあったりするけど、これは種族の肉体構造や特性なんかが関係してるから、そう言う性質の魔技語もありますよって知っとく程度のモンだ。

 ちなみに、魔技語が地域によって種類が分かれるのにゃ、概ね地形が関係してる。地形や建物の配置なんかが、一種の術式プログラムとして魔技の効果に影響するのだ。だから同じ場所でも地形が大きく変わりゃ効果も変わる。これは中等部じゃ詳しくは習わん、魔技幾何学の中の三次元図形と同じで、かなり複雑な分野だ。

 そのせいで、同じ術式プログラムでも使う場所によって効果がなかったり、効果が変わったりすることも珍しかねえ。だから大抵の魔技は、その地域に古くからある伝統的な術式プログラムをそっくりそのまま使うのが定石セオリーだ。だって効果が確実に発動するし、その結果何が起きるかもきちんと分かってるかんな。


 使う場所に左右されんように組まれた術式プログラムも、勿論存在すんだけど、基本的に新しい術式プログラムを組むのはすげえ難しいしややこしい。だから、わざわざ手間暇かけて「既に存在する術式プログラムと同じ結果の別の術式プログラム」を組む酔狂な魔技手は少数派だ。少なくとも「術式プログラムを適当に組んだら偶然こんな効果が!」みてえなことは、まず起こらん。

 たまにそう言うことの出来る、既存の術式プログラムに変わる新しい効率いい術式プログラムを組む天才もいるけどな。んな稀少例レアケース、いても大して参考にゃならん。組んだ術式プログラムを分析した結果、新しい法則か何かが発見されることはあるかも知れんけど。


 そしてもうひとつ大事なこと。術式陣モジュールは、端的に言や「術式プログラムを図にしたモン」なんだけど、動力源魔力さえありゃ魔技の効果は常に発動しっ放しになる。

 でもそれじゃ困ることもあるから、そう言う「必要に応じて必要なときだけ発動してえ」術式陣モジュールは、わざと「欠けた」状態で描かれるのだ。

 最初に言った通り、魔技は「術片コマンド、すなわち効果の弱いちょっとした魔技部品の組み合わせ」で出来てて、それは術式陣モジュールも例外じゃねえ。だから必要な術片コマンドを欠けさせることも出来る訳だ。ちょうど凹凸の付いた直方体ブロック玩具おもちゃみてえなモンかな。

 そして「欠けた」部分を補う手段は、わざと描かんかった術片コマンドでもいいし、それ用の術式プログラムを頭の中や身振り手振りや呪文で組んでも構わん。勿論もちろん、必要な線や模様を描き足して術式陣モジュールを「完成」させてもいい。


 ほら、小説とか漫画とかでもあるじゃん。魔物とかを召喚するのに、術式陣モジュールの前で呪文を唱えるって奴。あれを実際の魔技に沿って説明すりゃ、欠けた不完全な術式陣モジュールに向かって、「欠けた部分を補う」呪文を唱えてるって訳だ。

 術式陣モジュールに限らず、この「欠けた」術式プログラムのことは「保護術式プロテクト」または「錠前術式ロック」、それを補う術式プログラムのことは「補完術式サプリメント」または「鍵術式キー」と呼ばれる。使うのが呪文なら「鍵呪文」、呪歌なら「鍵呪歌」とか呼ばれたりもするかな。

 そうそう、今朝教本と一緒に見つけた教材の円盤は、この「保護術式プロテクト」の学習に使うモンだ。


 この「保護術式プロテクト」を応用すりゃ、ある術式陣モジュールの一部分を描き換えて別の効果を発動させる、つーことも不可能じゃなかったりする。二つの術式プロテクトの共通部分を保護術式プロテクトにして、共通じゃねえ部分を別々の補完術式サプリメントとして用意すりゃいいだけだ。

 ただし、大抵の術式陣モジュールは物凄くいろんな術片コマンドを沢山組み合わせてあるから、どの術片コマンドが共通してて、どの術片コマンドが共通じゃねえかを、術片コマンド単位で厳密に区別する必要がある。例えば、ある術式陣モジュールに組み込まれた「火」を「水」に描き換えるなら、同じく組み込まれた「燃やす」を「湧く」とか「流れる」とかに換えにゃいかんかったりね。

 更に言や、同じ術式プログラムを沢山組み合わせるよか、似た効果を持つ違う術式プログラムを幾つも組み合わせた方が、相乗効果で強力になりやすいんで、ひとつの術式陣モジュールにゃ違う術式プログラムをいろいろ描き込むんだけど、AとB、BとCは相乗効果があるけどAとCは効果を相殺し合う、とか言う組み合わせもあったりするんで、術式プログラムの構造が分からん素人が下手に術式陣モジュール描き換えると、正直何が起こるか分からん。相殺して効果が無くなるならまだマシな方で、例えば「火」と「水」が合わさって熱湯が湧くとかね。下手すりゃ傍にいる魔技手が死ぬことだってあり得る。

 それならわざわざ術式プログラムの一部分を描き換えるよか、別の術式プログラムを最初から組んだ方が早いまである。最初から一部分を描き換える想定で術式プログラムを組んでありゃ、まだ何とかなるけど、それだって術式プログラムの構造を理解してなきゃ話にならん。


 細かい具体例は置いといて、術式陣モジュールに関する復習はざっとんなモンかな。



 そして問題の、回り灯籠の術式陣モジュールだけど。

 灯篭の土台に描かれた術式陣モジュールと、付属の円盤に描かれた術式陣モジュールを組み合わせて、幻影魔技を発動させる。これ自体は、さっき説明した「保護術式プロテクト」のやり方そのままだ。一つの術式陣モジュールを二枚の板に分けて描いて、それを重ねて一つの術式陣モジュールに「戻す」ことで幻影魔技を発動させる仕組みで、その程度なら俺でも理解できる。

 組み合わせる円盤が一枚だけなら、正確に元通りの術式陣モジュールじゃなくても、同じ効果の術式陣モジュールを描いて、同じ幻影魔技が発動すりゃ、修復は終わりだ。結果として同じ幻影魔技を発動できりゃ、同じ術式プログラムにする必要はねえかんな。そもそも、同じ結果になる術式プログラムってだけでも無数の組み合わせがあるし、効率の良し悪しはあっても、どの組み合わせが「正解」っつーのもねえし。


 しかし、回り灯籠と組になってる円盤は正確にゃ十一枚。しかもあの子の話だと、円盤を交換すると違う幻影が見えるらしい。


 ……え、あれ? ちょっと待って? 否、確かに「保護術式プロテクト」のやり方を応用すりゃ、術式陣モジュールの一部分を描き換えて別の効果――この場合は別の幻影――を見せることも可能だけどさ。二種類とか三種類とかなら、まだ俺の頭でも組めなかねえけどさ。でも、それを十一種類!?

 そりゃ見せる幻影を変えるだけだから、難易度としては易しい方かも知れんし、仮に失敗しても死にゃせんだろうけど、それだって思ったのと違う変な幻影が見えんように術式プログラム組まにゃいかんのだろ? 理屈じゃ可能でも、それを十一種類とか、そう簡単に出来るこっちゃねえぞ?


 だって、土台側の術式陣モジュールは全ての術式プログラムで共通で使う保護術式プロテクトだぞ? 本来なら全部別々にして十一種類の術式プログラムを組んだ方が早いくらいの手間だぞ?

 効果は幻影を見せるだけだし、共通化できる部分が多かったのかも知れんけど、それでも術式プログラムの種類が増える程、全部の術式プログラムに共通で使える術片コマンドは減ってくから、内容が微妙に異なる十一種類の補完術式サプリメント全てに共通して使える保護術式プロテクトとか、ごく限られてくる訳で。

 ってこた、同じ効果を持つ別の術式紋モジュールで代用するって手は、たぶん使えん。それをやると、どれかの円盤で術式プログラムが破綻するはずだ。


 なんつーか、何十万個もの鍵を渡されて、この鍵穴に合う鍵は一つだけって言われるようなモンじゃんか……術式陣モジュールはところどころ残ってるから、手掛かりが丸っきりねえ訳じゃねえけどさ。無限の可能性の中から、たったひとつの「正解」を見つけにゃいかん訳だ。


 ……あれ、これってひょっとして、修復の難易度、究極難易度アルティメットハードだったりしません?

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