四.油断大敵
さて、いつもなら仕事を
「お、ヨーちゃん早いね。親父ぃー、ヨーちゃん来たよー!」
昨日は会えんかったけど、クーさんはダグ小父さんの一人息子で、この工房の跡継ぎだ。兄貴や俺より十歳くらい上だから、実は子供の頃は見たこともなくて、顔を合わせるようになったのはクーさんが修行から戻って
「親父から聞いてるよ、
「ありがとうございます」
「さ、入っていいよ」
お言葉に甘えて
「へぇ、これがその回り灯籠なの。結構古そうだね」
木戸を開け終えたクーさんが横から覗き込む。
「これ土台が虫に食われて駄目になってるから替えにゃなんすけど、同じ板だとまた虫に食われるだろうから、材料変えようと思ってんすよ。学校で似たような教材を使ってたんで、探して持ってきましたけど。ただお客さんの予算もあるだろうし、詳しい話は全然決まっとらんし、決まったらそんときにゃお願いしますね」
「それなら裏の倉庫に補修用の資材もあるから、後で見せてあげるよ。虫に食われにくい素材がいいんなら、金属だと加工が大変だし値段も張るし、
「お、ヨーちゃんいらっしゃい」
ダグ小父さんが顔を出した。一応この仕事の雇い主ってことになるのかな? だから俺は立ち上がって頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
「いいっていいって。昨日のあの子がいつ来るか分かんないから、今日はゆっくりしてていいから。クー、母ちゃんに言ってヨーちゃんにもお茶とお菓子出したげな」
「あ、
言いかけたけど、ダグ小父さんは人懐っこい笑顔で
「遠慮しなくていいよ。俺もクーも仕事中でも好きなときに飲み食いしてるし、ヨーちゃんだってそうしていいんだよ」
「そうそう、もうだいぶ寒くなってきたし、同じ飲むなら冷たいお茶よりあったかいお茶の方がいいじゃない? 俺らは集中したら飲んだり食べたりするの忘れて何時間でも作業するから、気が付いたらだいたい冷めてるけど」
クーさんも苦笑しながら頷いた。
あー、分かるなぁ。俺、仕事だとそこまで集中したことねえけど、学生時代にゃ図書館で魔技の本を読み漁って、気が付きゃ閉館時間だったり。
今じゃもう何かに没頭する気力なんぞ全然ねえけど、あの頃は好きなことにのめり込んで、時間を忘れる程夢中になれた。まだ自分の部屋がなかったから、家でやると必ずお袋に邪魔されるんで、だいたいは学校で。
そこまで夢中になれることを仕事に出来て、それで食ってけるダグ小父さんもクーさんも幸せだよな。俺は見つけられんかったし、もう二度と手に入れられないモンだから、少し
と、エマ小母さんが奥から顔を出して、ほんわり湯気の立つお茶とお菓子が乗ったお盆をクーさんに手渡した。
「ヨーちゃんの分もあるよ」
俺が来る予定なのは分かってたからだろ、エマ小母さんは言われる前から三人分のお茶とお菓子を用意してたみてえだ。
「そうだヨーちゃん、今日もお弁当持ってきてるんでしょ? お昼に温めてあげるから出しといて
既にお茶とお菓子を出してもらってる身だ、遠慮しすぎるのは
ここまで来たらもう、覚悟を決めて
最初は魔技の基礎について……ああ、
そもそも魔技ってのは、魔力を物理的な作用に変換する方法で、魔力の変換器みてえなモンだ。魔力が川の水なら、魔技は畑へ水を送る用水路とか水の流れを利用して小麦を
そもそも魔力は世界中の何処にでもあって、何にでも含まれてる
ちなみに、魔技を使うっつーと杖を振って呪文を唱えると何もねえトコに炎が
でもそう言う「ちょっとした魔技」は、あまりにも効果が弱すぎて、ほとんど魔技だとは思われとらん。誰かを指さすのは目標や方向を決める魔技の身振りだし、歌を歌うのは聴いた人の心を操る魔技、皆で輪になって踊るのは「踊り」って同じ身振りを大勢で同時に行うことで効果を高める魔技儀式だし、線を引くのは境界を作る魔技っつー具合だ。
ほら、子供が地面に線を引いて「この線からこっちは入っちゃ駄目」って言うと、そこに境目、隔たりが出来た感じがするだろ? その出来た感じが魔技の実際の効果なんだけど、簡単に踏み越えられるくらい効果が弱くて、あんまし魔技って感じはせんよな。
こう言った「誰もが普段使ってるちょっとした魔技」をひとつの部品――魔技手は「
この「ちょっとした魔技を部品として、効果を強く発揮できるように沢山集めて組み立てたモン」のことを総括して、専門用語で「
だから目に見える程の効果を起こしたきゃ、無数に存在する
その組み合わせも無限大で、最終的にゃ同じ効果の
魔技手学校で魔技を学ぶのは、思う
俺は挫折したけど。
もっとも、
だいたい、この歳になって勉強し直したトコで、「あんとき分からんかった魔技が今ならすらすら分かるように!」とか言う奇跡もねえしな……なんだよ、悪いかよ。こっちゃもう、んな有り得ん夢見るような歳じゃねえんだよ。
だから本当は投げ出してえけど、投げ出して放置することも出来ん。俺がどう思おうと周りがそれを許してくれん。今までもずっとそうだった。俺は出来んって分かってて、そう言ってんのに、出来んじゃ済まされん。皆が俺の言葉を無視して、強引にやらされる。言っても無駄ならせめて、今分かるトコを取っ掛かりにしてちょっとでも“分かる”に近づいて、嫌でも分からんでも無理でも何とか修復できる程度にゃ分かるようになるしかねえじゃんか。
さて、
そん中でも特に図形を中心とした
ちなみに、
最初に言ったように「誰もが普段使ってるちょっとした魔技」を
基本的にゃ内包する
今はあんまし詳しい話をしても仕様がねえから、魔技の基礎についてはこの辺までにしておくとして。
続いては魔技幾何学ってか
実は極端な話、頭の中で
要するに頭の中だけで
ほら、人間誰だって、忘れたら困ることとか、後で見返してえこととかあったら、
でも、真円の内側に
真円じゃなくても、線で囲みゃどんな形でも――三角形でも四角形でも五芒星でも楕円形でも、歪んでぐちゃぐちゃだったり
それを踏まえて、真円の内側に描き込む
これは単純に言や、何某かの魔技効果を持つ文字や図形、記号や模様、線や塗り潰しを組み合わせたモンだと思やいい。魔技効果を持つんなら、魔技文字で書かれた呪文は勿論、水玉模様や縞模様、図形や絵、普通の文字ひとつでも
そして、魔技効果を持つ図形や模様の中でも特に重要なのが、教本を探してたときにもちらっと触れた「魔技文字」だ。
魔技文字とはそのまんま「魔技の文字」、つまり魔技効果を持つ言葉「魔技語」を書き表すのに使われる記号のこと。でも魔技語は本質的にゃただの外国語だから、読み書きさえ出来りゃ「魔技語で書かれた普通の文章」がそのまま
だから、例えば外国語を勉強するとき「例文の○○の部分を××に変えりゃいい」とか言う応用が、魔技語でも出来る。決まった図形が決まりきった効果を持つ魔技図形に比べりゃ、柔軟に
そもそも
ただし一口に魔技語って言っても、「魔技効果を持つ言葉」全部をひっくるめて魔技語って呼んでるだけで、魔技語や魔技文字にも細かい種類はいろいろある。
だいたいは地域で分かれてて、中世
ちなみに、魔技語が地域によって種類が分かれるのにゃ、概ね地形が関係してる。地形や建物の配置なんかが、一種の
そのせいで、同じ
使う場所に左右されんように組まれた
たまにそう言うことの出来る、既存の
そしてもうひとつ大事なこと。
でもそれじゃ困ることもあるから、そう言う「必要に応じて必要なときだけ発動してえ」
最初に言った通り、魔技は「
そして「欠けた」部分を補う手段は、わざと描かんかった
ほら、小説とか漫画とかでもあるじゃん。魔物とかを召喚するのに、
そうそう、今朝教本と一緒に見つけた教材の円盤は、この「
この「
ただし、大抵の
更に言や、同じ
それならわざわざ
細かい具体例は置いといて、
そして問題の、回り灯籠の
灯篭の土台に描かれた
組み合わせる円盤が一枚だけなら、正確に元通りの
しかし、回り灯籠と組になってる円盤は正確にゃ十一枚。しかもあの子の話だと、円盤を交換すると違う幻影が見えるらしい。
……え、あれ? ちょっと待って? 否、確かに「
そりゃ見せる幻影を変えるだけだから、難易度としては易しい方かも知れんし、仮に失敗しても死にゃせんだろうけど、それだって思ったのと違う変な幻影が見えんように
だって、土台側の
効果は幻影を見せるだけだし、共通化できる部分が多かったのかも知れんけど、それでも
ってこた、同じ効果を持つ別の
なんつーか、何十万個もの鍵を渡されて、この鍵穴に合う鍵は一つだけって言われるようなモンじゃんか……
……あれ、これってひょっとして、修復の難易度、
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